クリスマスプレゼントは、届かなくていい④



 クリーム多めで注文したカフェオレを、若干の猫舌なのでちびちびと飲みながら、夜に濡れる街を僕は眺めていた。

 数日後に迫ったクリスマスが終われば、もう今年も終わりだ。

 信じられない時の過ぎる早さに、二十代前半だというのに僕は薄らと老いを感じる。

 僕の髪の毛が本当にサンタクロースになってしまう日も、そう遠くないのかもしれない。


「それで? 去年のクリスマスが雪だったら、なんなんですか?」


 そんな風に、僕が大学の卒業単位すら足りてないくせいに老後のことを夢想していると、まだ十代というクリスマスではプレゼントを貰う側の立場しか考えられない年齢の翡翠かわせみさんが、ダークモカチップクリームフラペチーノから唇を離してこちらに顔を向ける。


「へ?」

「へじゃないですよへじゃ。去年レナからのプレゼントが一日遅れた理由が、わかったんじゃないんですか?」

「あ、ああ、その話の途中だったねそういえば。でも、べつに何かわかったってわけじゃないんだよ」

「どういうことですか? 何かしらの気づきがあったから、わざわざ去年のクリスマスの天気を調べてたんじゃないんですか? それともただの奇行ですか?」


 そんな特に意味もなく奇行をする特異な人物に僕は見られているのだろうか。

 だとしたら心外で仕方がない。

 たしかに衝動的に自分で自分に目隠しをして、裏声でキョンシィ!と叫ぶことは往々にしてあるけれど、それを誰か他人に見せたことはないので、決して僕は変人ではないのだ。


「いやいや、それがね、僕の友達に翡翠さんのそのクリスマスの話をしたら、その謎の答えがわかったって言うんだよ。でも答えは教えてくれなくて、ヒントを頂戴って頼み込んだら、去年のクリスマスの天気を調べるといいって」

「なるほど。それは不思議ですね」

「でしょ? どうして去年のクリスマスの天気がヒントになるんだろうね」

「雛太郎さんに友達なんていないのに、本当に不思議すぎです。というかちょっと怖いです。イマジナリーフレンド持ちの大学生とか、怖痛いです。私、帰っていいですか?」

「そっち!? なんでそっちを不思議がってるの!? ちゃんと現実の生身の友達だよ!?」

「生身の友達って言い方、なんかひどく気持ち悪いですね。やっぱり、私もう帰っていいですか?」

「この流れでこのまま翡翠さんに先に帰られたら、僕は本当に泣いてしまうかもしれない。オシャレなカフェで、翡翠さんの名前を大声で叫びながら、店員さんに注意されるまで泣き続けるよ僕は」

「店員さんに注意されたら泣き止むところが、さすがですね。仕方ありません。その愉快さに免じて、もう少しだけ一緒にいてあげましょう」


 クスクスと笑いながら翡翠さんは、またダークモカチップクリームフラペチーノのストローに薄桃の唇をあてがう。

 僕のクリーム多めのカフェオレは、まだまだ熱冷めやらぬままで、家に帰るには少しだけ早い気がしていた。


「雛太郎さんの友達に関する、存在証明と主観と客観にまつわる難しい問題は置いておいて、まずはその天気について考えみましょうか」

「あれ? なんで僕に友達がいるかどうかが、そんなややこしい、あんまり触れにくい問題みたいな扱いになってるの?」

「雪、ですか。単純に考えれば、配送の遅れとかが思いつきますけれど、それはほぼありえないですよね」

「僕の声、聴こえてるよね? なんだか無性に映画のシックスセンスを見直したい気持ちになってきたよ」

「私、あの映画けっこう好きですよ」

「お、気が合うね。あれは僕もお気に入り。空気感がいいよね」

「雛太郎さんと気が合うなんて、これぞまさにナンセンスですね」

「ナンセンスの使い方おかしくない!? なにがこれぞまさになの!?」

「ぴぃひゃらぴぃひゃら、ちょっとうるさいですよ。ほんとに雛太郎さんは声が大きいですね。ここがカフェじゃなかったら殴ってます」

「それに関しては、ごめんなさい」

「まったく。困りますね。私だって好きで殴りたがってるわけじゃないんですから」


 やれやれといった様子で、翡翠さんは整った顔を横に振っていた。

 好きで殴りたがるってなんだ。

 翡翠さんは、上手いこと言った風の感じを出しながら、まったく意味の通じてないことを言うことが多いのだった。


「たしか前にも言った通り、レナに直接訊きましたが、配達の日時は26日になっていました。天候の問題で遅れたわけじゃありません」

「まあそれは、僕もそう思うよ」


 悪天候による、配達遅れ。

 もちろん、それは僕も真っ先に疑った。

 だが、その可能性はほとんどゼロだろう。

 実際、送った本人が二十六日に送ったと言っているのだ。

 そこに嘘を吐く必要はあるまい。


「私にはさっぱりですね。雪だからなんなんですか?」

「僕も正直まったくわからない。雪の日は、クリスマスプレゼントを贈ると、どんな不都合があるんだろうね」

「不都合、ですか。なるほど、それはちょっと面白い線ですね。雪の日に贈ると都合の悪いクリスマスプレゼントだった、という考え方ですか」

「まあ、そんな感じ。ちなみに、去年は何を貰ったの?」

「若干高級なバスセットです。でも、大雪の天気を見て、プレゼントの中身は変更できますからね。元々は別のものを贈るつもりだったのかもしれません」

「雪の日に相応しくないプレゼントってこと? そんなもの、あるかな」

「なんですか。元々、雛太郎さんのアイデアじゃないですか。雛太郎さんが考えてくださいよ」

「うーん、いまいち、こう、きゅぽっとこないんだよなあ」

「閃きを表現する擬音が独特ですね」


 大雪の天気予報を見て、慌ててクリスマスプレゼントの変更を行い、その結果、日時が一日遅れた。

 そんな一つの仮説が生まれるけれど、いまいち、これが正解という手応えは得られない。

 べつに、そこまで大きく外れていて、まるで見当違いというような感覚もないけれど、どこか根本的なところを捉えられていない気がしてならなかった。


「たしか、去年のクリスマスプレゼントが一日ずれた理由、今年は教えてもらえるんだよね?」

「はい。レナは去年の時点で、そう言っていましたね」

「それが引っかかるんだよね。もし、大雪の日には不都合なクリスマスプレゼントだったら、もし今年も雪だったらまた渡せないじゃないか」

「たしかに。一理ありますね。さすがに次の年のクリスマスの天気を予想はできない。それにも関わらず、今年は確実に届けられる確証があるのは、どうしてでしょう。何かしら対抗策が思いついたんですかね」

「対抗策か。いったい、何を渡すつもりだったんだろう?」


 雪の日には、贈りたくないけれど、対策を取ることは可能。

 これは難問だ。

 そんなピーキーなプレゼント、まったく思いつかない。

 僕はあらためて、今年のクリスマスの天気予報を見てみる。

 今のところ、快晴の予報だ。

 しかし、この予報を一年前に知ることは、不可能。

 それに、どうして、その翡翠さんの友人も、鵜住居さんも、その答えをやけにもったいぶるんだ。


 そうだ。一番引っかかっているのは、そこだ。

 どうして、これは小さな謎になっているのだろう。


 クリスマスプレゼントが一日遅れた理由が謎になっていることが、一番の謎なのだ。


「やっぱり中々、考えてもわかりませんね。まあ、私も一年間考えていますけれど、いまだにわからないので、仕方ないですかね」

「そうだね。やっぱり諦めるしかないかな。どうせ、もうあと数日で今年のクリスマスくるし、そうしたら答え合わせだもんね」

「ちょっと悔しい気もしますけれど、まあ、それも一興ですね。私は不良なので、負けず嫌いですが、だからといってムキになるほど子供でもありません。大人の不良ですから」


 大人の不良はよくわからないけれど、基本的に翡翠さんも、僕と案外似たようなスタンスらしい。

 謎は謎のままでも、構わない。

 解けるなら、解きたいけれど、無理はしない。

 誰かが謎にしたがっているのには、それなりに理由がある。

 むりやり暴くことに、そこまで意味はない。


「そういえば、雛太郎さんは、今年のクリスマス、どうするんですか? その、ヒントをくれた架空のご友人と過ごすんですか?」

「え?」


 問われて、初めて気づく。

 今年のクリスマス、鵜住居さんは何をして過ごすのだろう。


 クリスマス、誘ってみようかな。


 急に喉が渇いてきて、僕は慌ててクリーム多めのカフェオレを飲む。

 あれほど熱かったカフェオレがぬるく感じるのは、時間経過のせいか、それとも僕自身の熱が上がったのか、それは定かではない。


「どうなんですか」

「あ、ああ、まだ誘いも何もしてないよ」

「ちなみに、その架空のご友人は、女性の方ですか?」

「うん。まあ、そうだよ。架空でなければね」


 なんだかんだで、僕から鵜住居さんを何かに誘うことはあまりしたことがないので、想像しただけでとんでもなく緊張してしまう。

 普段自分から誘わない癖に、いきなり誘ったら変じゃないか?

 そもそも、鵜住居さんのことだし、クリスマスの予定なんて入ってるに決まっているじゃないか。

 僕は、行動しない言い訳ばかり、一瞬で浮かんでくる自らの頭に自嘲する。

 これはもはや、自分への挑戦に近い。

 誘うだけ、誘ってみよう。

 僕は気づけば空になったクリーム多めのカフェオレの、底に残ったクリームを喉に流し込む。



「……そうですか。雛太郎さんにも、クリスマス、来るといいですね」

「クリスマス自体は、誰にでもくるじゃないか」



 僕のちょっとあげあしをとるような返事に対して、反応は何もない。

 隣りで、翡翠さんは窓越しに、冷え込んでいく街を静かに眺めるだけ。

 彼女のダークモカチップクリームフラペチーノは、まだ半分ほど残っていて、そのことに気づいていないかのように、そこからしばらく唇を傾いたストローに触れさせることはなかった。

 


 

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