クリスマスプレゼントは、届かなくていい⑤
天気予報通り晴天青々とした来るクリスマスイブ。
僕は平日のわりには混雑しているロフトで、もう三十分は一人でウロウロと階を上がったり下がったりを繰り返していた。
目的は決まっているようで、決まっていない。
とうとう明日に迫ってしまったクリスマスで、日頃からお世話になっている
中島敦もびっくりするほど七面鳥並みにチキンな自尊心と駅前のクリスマスツリーより立派な羞恥心を持つ僕は、なんと驚くことに、結局今日この日まで鵜住居さんにクリスマスのお誘いをすることができなかった。
つまりは、明日鵜住居さんと会う予定なんて、綺麗さっぱりこれっぽっちもないというにも関わらず、一丁前にクリスマスプレゼントだけ用意しにわざわざ遠くのここまでやって来たということになる。
大事なのは気持ちだ。別に明日その当日に渡せなくてもいいじゃないか。
僕は相も変わらずスルスルと、わんこ蕎麦のおかわりのように澱みなく溢れ出てくる言い訳に、我ながら辟易としながらもそれで心を落ち着かせる。
もしかしたら翡翠さんのご友人も、僕のような気持ちで、クリスマスプレゼントを贈る日にちがずれたのではないかと一瞬思ったけれど、仲の良い友人一人にプレゼントを贈ることにビビり散らかす虎ニンゲンは、僕と李徴くらいしかいないに違いない。
「……お客様、なにかお探しでしょうか?」
「へぇっ!?」
まるで生産性のない、堂々巡りの考え事をこねくり回していると、突如真横から前夜祭の日とは思えないほど気の落ちた声色が聞こえてくる。
僕の後ろに背後霊のような面持ちで立っているのは、服装から判断するにどうやらこの店の店員さんのようで、ハイライトを失った感情のない目線で僕を見つめていた。
「なにか、お探しでしょうか?」
「え、あ、はい。その、何かってわけじゃないんですが、まあ、はい、探してはいます」
あまりに要領の得ない僕の返答に苛立ちを覚えた方がいるかもしれないが、それは決して僕だけのせいではないということはここで明言しておきたい。
なぜなら、この全く同じ台詞を、全く同じトーンで繰り返したこの店員さんが、すこぶる人相が悪いというか、僕のただでさ脆弱な精神ではまともな応対が困難になるような雰囲気を醸し出しているからだ。
「クリスマスプレゼントを、お探しですか?」
「あ、そ、そうです。どれにしようかと、迷っていて」
真っ黒な長髪は、背中の半分ほどまで到達するほどで、前髪も接客業とは思えないほど長く、ぎりぎりその三白眼が見える程度。
どちらかというと、明るいというか、人間としての根っ子が陽気な人が多そうなこの店で、この店員さんは明らかに浮いている。
もちろん、悪い意味で浮いている。
べつに、僕自体もそこまでヒョウキンな性格をしているわけではないので、嫌悪感とかそういった印象はまったく持たないが、少し心配になってしまうくらいだ。
他のまさにキャピウェイヨッキャといった風の同僚の方々と、ちゃんと仲良くやれているだろうか。
「お渡しになるお相手は、ご家族ですか? ご友人ですか? それとも恋人の方ですか?」
「あー、そうですね。一応、友達です」
「ご友人の方ですか。差し支えなければ、ご年齢や女性か男性かお訊きしてもよろしいでしょうか」
「えと、僕と同年代で、女の子です」
「左様ですか」
一応友達の、一応ってなんだろう。
なんて風に、僕が自分自身の言い回しを不思議がっていると、陰気な感じの店員さん、名札を見て見ればヒラハラと書いてある、は数秒ほど考え込む様子を見せていた。
「お客様と同年代の女性の方に人気なものになりますと、スープなどの持ち運びができる保温性に優れたフードポット、また水筒などが最近はよく問い合わせがされます」
「フードポットですか。なるほど。ありですね」
もちろん、僕はフードポットなんてものは知らないし、買ったこともない。
でもどうやらヒラハラさんによれば、それが今若い女性の中でホットらしい。
たしかに説明を聞く限り、そこまで悪くないチョイスな気がする。
もし、僕一人なら、絶対に思い浮かばなかった選択肢だ。
なんなら、本気でフラワーロックでも買おうかと思っていたところだった。
パッと見地縛霊な風貌に反して、もしかしたらヒラハラさんはわりと有能なのかもしれない。
「あとはファッション性に優れたアンブレラ、平たく言えば小洒落た傘も最近は人気が出始めています。中々傘は、自分で一つ買うと、壊れるか失くすまで新しいものを買わなくなるので、プレゼントとしては悪くない選択かと」
「傘ですか。たしかに、なんかオシャレな感じの傘売ってますもんね」
「折り畳み傘でも、デザイン重視のものがありますので、あまりプレゼントとして重くしたくないということであれば、そちらの方を」
傘か。それもけっこういい線いっている。
折り畳み傘なら、そこまで場所にも困らないし、いざという時に、あってよかった想って貰える可能性も高い。
僕はヒラハラさんにごめんなさいをしないといけない。
その陰気な気配に勝手に仲間意識を芽生えさせていたが、僕の数十倍は優秀な人のようだ。
「ちょっと一回、折り畳み傘を見てみようと思います」
「左様ですか。傘の売り場はあちらになります。それではごゆっくりどうぞ。また何かありましたら、声をおかけください」
「あ、はい。ありがとうございました」
そして、ぺこりと一礼すると、ヒラハラさんは風のようにどこかに消え去ってしまった。
まったくもって過不足ない、無駄のない接客。
もしかしたら僕は、ロフトの幽霊ではなく妖精に出会ったのかもしれない。
「折り畳み傘か。鵜住居さん、喜んでくれるかな」
僕はクリスマスプレゼントを渡した時の、鵜住居さんのレモン頭を思い浮かべてみる。
なんだかんだ、優しくて明るい人なので、正直、僕が何を渡しても素直に喜んでくれそうといえば、そんな感じもした。
傘コーナーに辿り着くと、僕は自然と黄色の折り畳み傘を探してしまう。
この店のイメージカラーということもあって、それなりに種類はあるようだ。
それにしても、適当にネット注文にしようかと思ったけれど、実際に店に足を運んでよかった。
折り畳み傘なんて、少し気を遣ったプレゼントは決して僕一人では思いつかなかっただろう。
やっぱり、買い物は直接、足を運ぶに限る。
何を買うか決まっているならまだしも、迷ったままなら、なおさら頭だけでなく足を動かすことが大切だと僕は改めて知った。
「……ああ、そうか。そういうことだったのか」
レモンイエローの色合いの折り畳み傘を一つ、手に取ったその瞬間、僕の頭に閃きが舞い降りる。
ずっと引っかかっていた、違和感がふわふわと宙に舞って、溶けていくのがわかる。
大切なのは、“何”を渡すかじゃない。
だから、翡翠さんの友達は、これを小さな謎にしたんだ。
そしてこれは、やはり解かなくてもいい謎で、翡翠さんは知らなくてもいい推理だった。
むしろ翡翠さんにだけは、“まだ”、伝えてはいけない。
「大切なのは、翡翠さんの下に届くことじゃない。大切だったのは、届けること。届けられないなら、クリスマスプレゼントは、届かなくていい」
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