クリスマスプレゼントは、届かなくていい③



『たぶん去年のクリスマスは、雪が降ったんじゃないかな?』



 十二月二十五日にクリスマスプレゼントが届かなかったという小さな謎。

 それをわずか一瞬で解いたという鵜住居さんは、結局最後までその答えを教えてはくれなかった。

 せめてヒントをと、いまだ脳味噌の裏側をモヤモヤのわたあめで埋め尽くしてた僕が頼むと、なぜか彼女は去年の天気予報を調べてみるといいと言った。


「……たしかに雪だなあ。でも、これがどう関係するんだろう?」


 鵜住居さんの予言めいた言葉の裏をとってみれば、たしかに去年の十二月二十五日は大雪だったらしい。

 言われてみればそんな気もする。

 去年の十二月二十五日は、引きこもって、安売りしてたから大量に買い込んだゴボウをひたすら皮むきしていたような記憶がなんとなくある。

 あの日は気分だけでもとクリスマスソングを部屋にかけながら、ゴボウの匂いを部屋に充満させていたことが思い出せた。

 東北を通り越しとりあえず関東では、山下達郎のクリスマスイブを聴くたび深緑ほど遠いゴボウ山脈を思い浮かべるのは僕だけに違いない。


 そもそも、むしろ鵜住居さんの発言で謎は深まってしまっている。


 なぜかやたら答えを渋る鵜住居さんだけれど、どうやらその答え自体にはだいぶ自信があるように見えた。

 それは大きな謎だった。

 どうして鵜住居さんは、ただでさえ少ない情報で答えに、しかもあの短時間でいきつくことができたのだろう。

 僕と鵜住居さんの頭の出来の違いですよ調子に乗るのはよしてください言われたら、たしかにある程度は納得せざるを得ず反省に苦笑いするしかないのだけれど、どうも僕にはそれ以上の理由がある気がしてならないのだ。

 

 個人の能力の違いではないとしたら、後は環境、条件の違いか?


 ぱっと思いつくのは、性別の差だ。

 僕にはわからないけれど、鵜住居さんにはすぐわかったのは、男女の視点の差なのだろうか。

 また少し気になるのは、謎自体ではなく、鵜住居さんの態度に関しても、僕にとっては疑問符がついている。


 解けたというのなら、どうして答えを教えてくれないのだろう?


 僕の信条として、この世には解かなくてもいい謎、知らなくてもいい推理が存在するというものがある。

 でも、これはあくまで僕の信条であって、鵜住居さんのものではない。

 それにどちらかといえば、鵜住居さんは自らの考えを積極的に話し、僕や他の人との意見交換をすることに意欲的な人のはずだ。

 それにも関わらず、去年のクリスマスは雪だと思う、だなんていう中途半端なヒントだけを残して、その本当に正しいのかどうか確証のもてないアイデアを秘密にするのは、彼女の性格から考えるとやや不自然に思える。


 というかまあ、今しがた言った通り、べつにこれは僕が解く必要もない謎なので、どうでもいいと思えばそれはそうなのだけれど。



「どうしたんですか、雛太郎さん。ひよこまめみたいな顔して」

「いや、それどんな顔? 絶対表情関係なく僕の名前から連想して言ってるよね?」

 


 するとある意味で僕を悩ませる大元の張本人である翡翠さんが、薄水色のシャツに紺ブレザーの制服姿で、首に紅と緑のまさかのクリスマスカラーマフラーを巻いて僕の隣りに現れる。

 今はちょうどバイトの帰り際。

 見かけのわりに防寒性の高いサンタ服を脱ぎ捨て、僕は白い息を吐いて自分の指を暖めているところだった。


「スマホの画面見てぽこぽこした顔してたので。誰かに振られたんですか? クリスマスだけに」

「いやどこにクリスマスがかかってるのそれ? どう考えても祝うようなことなにひとつないよね?」

「?」

「え!? なんでクエスチョンマーク!? というかそもそもべつに振られてないからね!?」

「なんだ。そうなんですか。ふざけて損しました」


 この会話の流れで損したのは翡翠さんの方になるのか。女子高生おそるべし。

 前回のバイトの時に、飲み物を奢って貰ったので、お返しとして今日は彼女にスタバを奢る約束をしていた。

 値段的なつり合いはあまり考えず、トールサイズまでは許そう。

 これが大学生の余裕である。


「去年のクリスマスの日の天気予報を見てたんだよ。どうやら大雪だったみたいだよ」

「そういえばそうでしたっけ。でもなんでそんなことを今調べてるんですか? 今年の天気ならまだしも、去年の天気予報なんて。もうそれ予報じゃないですよ」

「ほら、この前翡翠さんが言ってた、去年のクリスマスが二十五日じゃなかったって話」

「え? その話、雛太郎さんにしましたっけ? 通報した方がいいですか?」

「したよ! ついこの前したでしょ! 翡翠さんくらいの年の女の子の通報は憲法よりも強いからやめて!?」

「冗談ですよ。覚えてます、それくらい。雛太郎さんじゃないんだから、三歩歩いたくらいじゃ忘れませんよ」


 さりげなく鳥頭扱いされているけれど、翡翠さんは楽しそうに微笑んでいるのでよしとしよう。

 それより寒いんで早くいきましょ、と僕を急かしながら前を歩くそんな彼女においていかれないように、僕も冷めた鼻頭をひとつ擦るとその横に並ぶ。


「それで、今年のクリスマスは雪降るんですか?」

「え? それは知らないよ。調べてないから」

「ふふっ。なんで去年の天気予報は把握して、今年のは把握してないんですか」


 変な人ですね、雛太郎さんは、と続ける翡翠さんは、珍しく年相応の無邪気な笑い声をあげる。

 たったそれだけで、トールでもグランデでも、たしかそれより大きいベンティサイズでもなんでも、今日は奢ってあげてもいい気分になってしまう僕は、なるほどたしかに頭の軽さは鳥並みかもしれない。

 



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