クリスマスプレゼントは、届かなくていい②
「ヒナくん。人妻と女子高生に手を出すのは犯罪だよ。そんなことをしたらね、尻子玉引っこ抜かれて、河童の餌にされちゃうんだぞ」
二十一世紀の法治国家とは思えない、あまりに過激でファンタジックな処罰。
そもそも冤罪だし、というか不倫は犯罪に入るのだったかなと思ったけれど、当然そんな野暮なことは口に出せない。
僕は法よりも、目の前に座る檸檬色の髪が特徴的な女の子を優先することで有名だった。
「誤解だよ。僕は手を出すのはおろか、口すら出せないくらいの関係性しか築けてないんだから。妖怪の餌にされるほど僕は罪深くないよ」
「ほんとかなあ? ヒナくんはちょっと可愛い女の子とお喋りすると、すぐ天狗になっちゃう妖怪チャラオナリソコナイヘタレモドキだからね」
「それはなんておぞましい妖怪なんだ。河童とか天狗の方がまだましだよ」
一応お客様をもてなすということで、普段に比べればいくらか整頓された僕の部屋の真ん中で、
暖房も
今年のクリスマスまであと一週間と迫った日の静かな夜。
唐突にタコ焼きパーティーをしたいと言い出した鵜住居さんと一緒に、僕は自分の部屋をソースと青海苔とかつお節の香りで充満させているところだった。
「それで? そのカラスミさんとかいう子は、どんな子なの?」
「翡翠さんね。急に魚卵にしないで。そうだなあ。なんとなく頭が良い感じで、基本的には品の良い子だよ。どちらかといえば大人し目で、あんまりみんなの想像するような女子高生っぽい子ではないかもしれない」
「ふーん。なんかちょっと、私に似てる感じ?」
「え? どこが?」
「は? 蹴っていい?」
「すいませんでした」
「素直でよろしい」
なんで僕は今、最終的に謝ることになったのだろう。
脳内で会話を遡って見ても、まったくどうしてこの会話がこんな結びになったのか見当もつかない。
でも、すぐに殴りたがる翡翠さんと、いきなり蹴りたがる鵜住居さんは、その僕に対して限定的に生じる突発的な暴力衝動という点では似ているかもしれない。
あまりも哀しい共通点だ。
僕の特技は、比較的友好的に接してくれる友人の気に障ることを言うこと。
こんなに人生で役に立たない特技もそうないだろう。
「でもヒナくんもずいぶんといい御身分になったものだねぇ。可愛らしいお気に入りの女の子と、クリスマス前にいちゃいちゃいちゃいちゃ。トナカイの角の刺されてしまえ!」
「ちょっとやめてよ。トナカイの鼻を僕の血で汚さないで」
「ふふっ、それ誰目線で言ってるの?」
「決まってるでしょ。サンタだよ。僕は最近、サンタクロースになったんだ。そう言ったじゃないか」
「生臭サンタ?」
「生臭いのは僕の部屋干ししてるパーカーだけだよ」
「ヒナくんたまには天日干ししてくれ」
罵倒したかと思えば、次の瞬間には面白くてたまらないといった表情で笑っている。
そんな温室育ちの猫もビックリな気まぐれさを見せる鵜住居さんは、ひとしきり笑った後、出来立てホヤホヤのタコ焼きを僕の皿によそってくれた。
「というか本当にいちゃいちゃなんかしてないよ」
「またまたそんなこと言って。実はもう、今年のクリスマスその子誘ったりしてるんじゃない?」
「まさか。翡翠さんは毎年、クリスマスは親友とのプレゼント交換があるから忙しいみたいだよ」
「はあ!? なにちゃっかりその子のクリスマス予定把握しちゃってるの!? 信じられない! これだからヒナくんは! 人生卵黄からやり直した方がいいよ!」
「えぇ!? せめてヒト科でチャンスくれないの!?」
まったくヒナくんはちょっと目を離すとこれだから、とかなんとか言って鵜住居さんは、自身の皿によそったタコ焼きに親の仇とでも云わんばかりにマヨネーズをかけている。
そしてタコ焼きのソースが塗り潰されるくらいまでマヨネーズをかけると、なぜか僕に向かってドヤ顔を見せてつけてきた。
いやべつにマヨネーズに使われた卵黄は僕の一部でもなんでもないぞ。
「サンタクロースの格好をしてバイトしてるんだから、そりゃクリスマスの話になるよ。あ、というかそれで思い出したけど、ちょっとその翡翠さんの去年のクリスマスに少し不思議なことがあったらしいんだ」
「へぇ? イカスミさんの去年のクリスマスに不思議なことねぇ?」
「いやいや、ほんとに不思議な話なんだ。たぶん鵜住居さんも気に入ると思うよ。あと翡翠さんね。さっきから名前間違いの塩っ気が濃いよ」
「はいはい。ぴよぴようるさいなぁ。いいからじゃあ話してみてよ。その不思議な話とやらを」
不満そうな態度は崩さないけれど、それでも鵜住居さんの瞳の中に好奇心の光が灯ったことを、僕は見逃さない。
なんだかんだで、彼女と僕は似た者同士だ。
大小関わらず、謎の香りがすれば、自然と鼻先がそちらを向いてしまう。
そういった点で言えば、僕らはトナカイなんかよりもよっぽど鼻が利く。
「なんでも翡翠さんの去年のクリスマスは、十二月二十五日じゃなかったらしい」
「どういう意味? 去年だけ旧暦でお祝いしたの?」
「さすが鵜住居さん。やけに博識な返しだね。でも代わりのクリスマスは一月七日じゃなくて、次の日に届いたらしい」
「ヒナくんに博識って言われても、不思議と褒められてる気がしないね。これは小さな謎だよ」
「えぇ、ちゃんと褒めてるよ。僕は最近、この不思議なことが気になってわざわざ旧暦、クリスマスで検索したから知ってるだけだからね。鵜住居さんは僕に対してだけやけに素直にならないのは大きな謎だよ」
「……まあ、その謎は置いておいて、続きを話してヒナくん」
「え、あ、うん」
僕と喋る時だけ、素直さが足りないのではないと指摘すると、鵜住居さんにしては珍しく、何も言い返してこない。
思案気に目を伏せる鵜住居さんは、どこかミステリアスで、僕はその唐突なチェンジオブペースにあっさり置いてけぼりにされてしまった。
仕方ないので、ここでむしゃむしゃタコ焼きを二口。
あれ、めっちゃ美味しい。
ほどよくカリカリと焼き上がった皮を噛むと、ほんのり甘くとろとろとした感触が口の中に広がる。
しなやかな弾力を歯と舌で確かめれば、海鮮の旨味が溢れ出て、喉を鳴らす。
僕がこれまで食べてきたタコ焼きの中で、ダントツに美味しい。
今度からクリスマスは七面鳥じゃなくて、鵜住居さんのつくったタコ焼きをスタンダードにした方がいいかもしれない。
「うっま! これめちゃくちゃ美味しい鵜住居さん! え!? 僕がずんだシェイク付きのティッシュ配ってる間に、タコ焼き屋で修行でもしてた!?」
「ふふふっ、大袈裟だよヒナくん。タコ焼きなんて誰がつくっても味あんまり変わらないでしょ」
「そんなことないって! これすごい美味しい! うわあ! もう僕今年のクリスマスプレゼントこれで十分かもしれない!」
「サンタさんはタコ焼きなんて焼かないよ。髭にソースとか青海苔がついたら面倒だからね。ほら、ヒナくん、唾飛ぶからあんまり騒がないで。それより話の続きしてよ」
けらけらと笑う鵜住居さんに、またいつもの明るい雰囲気が戻る。
やっぱり彼女は、笑っている時が一番綺麗だ。
僕は唇についた青海苔を拭きながら、急かされるのでずれたクリスマスの話の続きをすることにする。
「続きって言っても、そんなに情報がたくさんあるわけじゃないんだ。さっき言った通り、その翡翠さんは友達とクリスマスプレゼントの交換をしてるみたいなんだけど、友達の方は関西の方に住んでいて、普段は毎年日時指定でプレゼントを贈り合ってるんだ」
「……いつもはちゃんと十二月二十五日に届くプレゼントが、去年だけは一日ずれで届いたってこと?」
「つまりはそういうこと。理解が早くて助かるよ」
「去年もちゃんと日時指定で来たの? 配達遅れとかじゃなくて?」
「それは僕も聞いたけど、翡翠さんの友達はミスとかじゃなくて、あえて日時指定をずらしたみたいだよ。本人に確認を取ったって、翡翠さんも言ってた」
「ふむふむ。なるほどね」
「どう、謎でしょ? 理由が気にならない?」
「あー、そうだねぇ。でも、たぶん、あれだね」
「ん? たぶんあれ? なにがあれなの?」
僕が端的に説明を終えると、鵜住居さんは妙な表情を取る。
それは笑っているような、同情しているような、不可解な表情だった。
そして彼女は、僕の瞳を真っ直ぐと見つめる。
そこで僕は、気づく。
もうその瞳の奥に、好奇心の光が灯っていないことに。
「たぶん私、その謎の答え、わかっちゃった」
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