さらば愛しのセブンティーン

住原葉四

さらば愛しのセブンティーン





「ハッピバースデートゥーミー。ハッピバースデートゥーミー……。」

 蠟燭ろうそくが灯る。薄暗い部屋の中に暖色系の明りが私を包む。

 今日は私の誕生日だ。周りには当然誰も居ない。バイトはしているが収入は良くないのでホールケーキなんて贅沢は出来ない。コンビニで買った私の好きなチーズケーキを買って、私はそれに蠟燭を刺す。独りなら此位このくらいの大きさで充分満足出来る。私は十八になる。法が変わった今の日本ではこの歳で成人となり、つまり私はもう大人なのだ。親のすねかじることも誰かに甘えることも私には出来ない。私の人生は随分と誰かに頼りっぱなしだと、チーズケーキを食べながら思い耽る。目の前の風船が音を立てて割れる。それをぼうと見てこれ迄の人生を思い出す。



 私は代々伝統のある家系に生まれた。県下一の豪家で明治維新を堺に名を馳せた名家だ。そんな名家とは云え私の家は分家で、本家からは相当そうとうしいたげられていた。分家の仕事は主に雑用で、掃除に家事、料理等々。ありとあらゆる事をした。私に出来ないものなどもう何もなかった。私は友達と云う者が出来たことがない。本家の人に付いて行って県内有数の嬢様じょうさま学校へと進学したものの、けがらわしいその風貌は可成りいじめの対象となったのは云うまでもない。勉強はそこそこだったが、所詮はその程度で、何の役にも立たない。勉強なんか出来たって私の将来は決っているようなものだった。小学生の頃は記憶にもない。思い出したくも無い、に近いかも知れない。毎日毎日掃除をして、罵られ、叩かれ、蹴られ、水を掛けられ、料理をし、まずいと食物たべものを捨てられ、片付けに時間がかかり過ぎだと怒られ、夜なんて私には無かった。中学生でもそれは相変わらず、変化のない日々を過して居た。河川敷で夕日を見ながら、毎日死にたいなんて考えていた。考えたってどうしようもないのに、このまま川に這入はいって溺死でも出来たのならどんなに楽だろうか、このまま死んでしまいたい、そう願っても私は死ねずに自殺なんてしようともせず、ただ死にたいと考えるだけで、決して逃げようともせずに毎日毎日家に帰るのだった。

 十五で家を飛び出した。そのまま居座ればエスカレーターで進級出来るのだが、私はそうはしなかった。態々わざわざ外部の学校を受験し、見事合格して私は漸くあの忌々しい家から出て行くことが出来たのだ。それは数十年生きていた中で最も嬉しい出来事だった。私は初めて自由を手にした。家事をしなくても、料理がいくら拙かろうと、水を掛けられることも罵られることも一切無く、ただ自由にネット動画を眺める事が私にとって至福のひとときであった。高校時代は楽しかった。初めて愉しむことを知ったし、初めて恋を知った。私が思うより世界は広かった。知らないことを知るのはそれこそ面白かったし、友達とカラオケやらタピオカやらを原宿で普通の女子高生と同じような事をするのが、私は新鮮な日々だった。初めての恋は、とても良い恋とは云えないが沢山の事を教えて貰った。好きと云う感情がとても甘いこと。その味を知れば知るほど盲目に成ってしまうこと。初めてのキスの味は事前に飲んだミルクティーの味がしたこと。その先は私を幸せにしてしまうこと。その快楽から抜け出せないことも、私は初めて知ったのだ。



 私が初めて付き合った彼は、今流行りのマッシュと云う髪型をしていた。ピアスもしていたし、髪も染めていた。でもその姿は私には出来ない事で、惚れ惚れしてしまった。周りの人からは考え直しなよとか、大丈夫なのとか、訊いてくるけれど、好きになったもの仕方がないし、好きでいるのに理由なんて要らないのだと私は痛感した。彼は私を優しく抱いてくれた。何かから擁護してくれるように、私を抱いてくれる彼を見ていると私は不思議と幸福感に満たされた。その優しくてでも強い手で私を愛撫するのだ。

 初めての恋が良いとは云えない理由に、彼の後ろに沢山の女性が居たことだ。詰まる所、彼には浮気相手が何十人も居た。その内の独りが私だったことに気付かされたのは、彼と別れて数年後だったことに後悔する。有名なハンバーガーチェーン店でポテトを頬張りながら、女友達と少し伸びた髪の毛を弄りながら、笑う。私だけに云ってくれたと思っていた言葉は、他の誰かにも云っているのだと思うと我乍われながら馬鹿らしく思えてくる。



 私は十八になる。若かった少女から一気に大人へと登る私の身体は、精神的にも肉体的にも大人とは云えない程若々しい。こんな私が大人とは到底呼べ無いのに、私は何時迄いつまでも少女では居られない。そもそも幼き頃、純潔を失った私に少女なんて云う資格は無いのだ。無いのに、今になって、涙が出てくる。込み上げて来る。私の涙腺から溢れ出した子供達は、顎の先で集合してやがて垂れる。カーペットの上に落ちるも、虚しく消えてゆく。

 この十七年間辛くもあったが、今の私を形成する大事な想い出だと考えれば、少しは微笑ほほえめる。もしかしたらこの人生は傍から見れば大したこと無いものなのかも知れない。それでも私は大人に成っていく。この先も死ぬまで私は私と云う鎖に縛られつづけて行くのか、鎖を捨て自由に生きていくのかは分からない。結局家を飛び出しても、自由になったと思っても、心は自由ではないことに私は何時実感出来るのだろうか。



「おめでとう、私」

 蠟燭が優しく私を包み込み、オレンジ色の光が眠りに誘う。

 


 さらば、十七。さらば、少女の私。

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さらば愛しのセブンティーン 住原葉四 @Mksi_aoi

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