第7話
第二章 異能力者の街
異能力開発アプリ『スキル・クラフト』。
エボルトがリリースしたそれは、当初は単なる対戦型育成ゲームアプリだった。
自分が考えたオリジナルの異能力をアバターに覚えさせ、対戦させて遊ぶ。単純ながらユーザーの独創性を刺激するそのアプリは、またたく間に社会現象となった。
その最大の要因は――『異能力』の発現。
ゲーム内でアバターに覚えさせた異能力が、現実世界のユーザー本人にも発現する――という現象が起こり、『異能力者』という存在が生まれた。
「アプリ内で異能力を開発し、それが成功すると特殊な電磁波に変換される。電磁波はユーザーの脳に送信され、適合すればその異能力を得るって仕組みだ。最初の頃は計算能力の向上とか視力回復とか、気のせいレベルの能力しか発現しなかったんだがな」
しかし。
やがてその枠組みを超えた力を持つ者たちが現れるようになる。
「発火、物体浮遊、瞬間移動……自分で言うのもなんだが、ありとあらゆる情報領域にアクセスしてその内容を弄れる俺の『改竄』も、かなりデタラメな部類の能力だ」
そういった能力を身に着けた者たちは現代社会に大きな波紋を呼び、事の元凶――スキル・クラフトの開発元であるエボルトには、多くの批難が飛んだ。言葉だけではなく、様々な他企業、国、団体から、物理的な攻撃行動を受けさえしたのだ。
「今でも怪物量産企業なんて呼ばれてるんだが、このエボルトってのも一筋縄じゃいかない会社でな。あらゆる批判や攻撃を跳ね除けて、社会に異能力者の存在を認めさせた」
その方法は、『最も賢明なる示威運動』と呼ばれている。
全世界に向けて、異能力という超常的な力の詳細を包み隠さず公表し、披露した。
そうすることで攻撃側に起こりうる被害を想像させ、未然に圧力をかけたのである。
「極端な話、核ミサイルを持ってたってそのスイッチを瞬時に奪えるような相手とはどこも戦争しない。日本の一企業が未知の力で全世界に脅しをかけたっていう、馬鹿げた話さ」
それ以来、逆に他国がエボルトを支援する関係になったほどだ。
今やエボルトの資本金は小国の国家予算よりも高額と言われている。
「そうして作り上げたのが、この街だ」
S2シティ。
異能力を身に着け、社会を生きづらくなってしまった者たちを集めた、治外法権地区。
エボルトが管理するこの街は、住人のほとんどが異能力者である。
「街の通称はソーシャルスキルシティ、縮めてS2シティ。『社会生活を営むために必要な正しい異能力開発を学ぶ街』って意味で、異能社会都市なんて呼ぶメディアもある」
本来のソーシャルスキルという言葉とは意味合いが違うが、正式名称である異能力開発専攻領外学園都市が長いため、日常会話などではこちらのほうが使われることが多い。
「この街が建ってる人工島も異能力で作られたものだ。空に浮かべて浮遊島にするって計画もあったが、さすがに維持が難しくてお蔵入りになったそうだぜ」
「……」
「一応は日本の一部だが、外国から来た奴らも多い。おまえも見方によっては――」
「…………」
「……ここまでの話、理解できてるか?」
場所は変わらずS2シティの外れ、犯罪者の逃げ込む果て、フィッシュポット。
魔術師の撃退を終えた在真悠は、異世界からの逃亡者を名乗る少女、サクリファイスに異能力者の詳細やこの街の成り立ちを説明した――のだが。
「アプリ……ゲーム……アバター……?」
サクリファイスは終始口を開けっ放しにして聞いていた。
(ま、当然か)
世界が違うのだから、異文化コミュニケーションがそう簡単に成り立つはずもない。
「あの、とりあえず、ではあるのですが」
「おう」
「この世界の中でも、この街は特殊な立ち位置にある……私は偶然その特殊な街に転移できたので、アリマに助けてもらうことができた。そういう解釈でいいのですか?」
「ああ。おまえがこの街に落ちてきたのは、幸運だったわけだ」
「おそらく、こちらの世界と私たちの世界を繋ぐ門はこの街の空に存在しているのです」
「とは言うが、別に空にはなにも浮かんでねえぞ」
悠はすっかり暗くなった星空を見上げる。
「門といっても物理的なものがあるわけではなく、空間が歪む感じなのです。細かい位置も開くたびに異なると思うので……この街の反対側に出た可能性もあったかもなのです」
「なるほど。市街地でなくフィッシュポットの上だったのは、こちらとしちゃ幸いだ」
悠は煙が立つ現場を一瞥し、手元のスマートフォンを操作する。
レオの放った炎の魔術により、フィッシュポットの建物が何棟か燃えた。
今は『改竄』の能力で街の消防システムにハッキングし、消火用ドローンを動かして消火活動を行っている最中だ。同時に情報操作もしたため、この一件が知れ渡る心配もない。
(異世界――魔術、か)
悠の『改竄』は、本来ならコンピュータにアクセスする能力である。
それが異世界の産物である〈窓〉に通用した理由は、はっきり言って不明。
謎は残るものの、『改竄』が通用するのであれば苦はない――と楽観もできなかった。
(俺の『改竄』は、アクセスさえできるならその内容を書き換えて制御することが可能だ。対異能力者でも対魔術師でも、スマホか〈窓〉を乗っ取っちまえば勝利は確定する)
問題は、それで決着がつかない場合。たとえば相手が異世界らしく剣や鎧で武装でもしていれば、先のように殴り倒すことは難しくなるだろう。
(ここは俺の弱所だ。今後も異世界人を相手にするなら、策を考える必要があるな)
と、悠は今回一撃で沈んでくれた敵魔術師を見やる。
レオは未だ回復しておらず、地面の上に倒れたままだった。
(さて、どうするか。聞きたいことは山ほどある、が――っ!?)
考えている途中、悠は驚きに目を見開いた。
視線を注いでいた先、倒れていたレオの身体が突如として発光し始めたのである。
「あれは……強制帰還の術式なのです!」
同じく異変に気づいたサクリファイスが、悠にとっては胸騒ぎのする言葉を発した。
強制帰還――異世界人の帰るべき場所など、一つしかない。
「――ぉ、オメー、このクソ野郎……」
目が眩むほどの光を放ちながら、レオは掠れた声を絞り出す。
まだ脳が揺れているのか上体も起こせない様子だが、顔だけを上げ悠を睨みつけた。
「名前を聞かせろ……持ち帰ってやる……」
「……在真だ。在真悠」
「アリマ・ユウ……覚えた。いいか。今日のところは引き下がってやる……だが忘れんな。オメーは必ず、このレオ・ニードハルドが殺してやる……っ」
「ハッ。手負いの獅子でももうちょっとマシな吠え方をするぜ」
表面上は嘲笑しつつも、悠はスマホに指を滑らせる。
(〈窓〉は見当たらず、〈イフリート〉も顕現していない。俺の『改竄』はまだ有効だ。となればあの光は奴以外の誰かの魔術、もしくは異世界のルールみたいなものか)
詳細は不明だが、どうやら強制帰還とやらを止めるすべはないらしい。
「それと……サクリファイスゥ!」
レオは声を張り上げ、自身が追っていた逃亡者を威嚇する。
「次は、ガディ……だ。かはっ。覚悟して――」
不敵に笑んだ直後、レオの身体は周囲の光と同化するように、粒子となって消えた。
……ドローンが行っていた消火活動も終わり、フィッシュポットに静寂が訪れる。
敵が完全にいなくなったことへの安堵か。
サクリファイスはぺたんと座り込み、震える肩に両手をやった――いや。
あるいはレオが最後に残した言葉への不安が、そうさせているのかもしれなかった。
「ダセェな。最後まで言い終えずに消えやがった」
そんなサクリファイスの不安を解消しようと、悠は呆れたように言う。
深刻に構える必要はない。そういった空気を纏いながら、サクリファイスに近寄った。
「奴は異世界に帰ったのか?」
「は、はいなのです。肉体が極端に消耗すると、強制的に元の世界に送還されるのです」
「おまえ自身はどうなんだ?」
「私には強制帰還の術式は適用されていないのです。あれはあくまでも、不測の事態が起こった際に生きて帰るためのものなので……」
そこまで説明して、サクリファイスの目尻から涙が溢れ出した。
整った容姿が泣き顔に崩れる。
それは外見年齢相応の――子供らしい恐怖を表していた。
「あ、あれ。ごめんなさいなのです! あの、これはっ」
「……おい。ちょっと身体貸せ」
「えっ、わっ!?」
悠はサクリファイスの身を抱き寄せ、その泣き顔を自分の胸に押し付ける。
「な、なにを!?」
「いいから、黙ってこうされとけ。助けてやった報酬代わりだ」
「報酬って……ハッ! これはもしや隣界流の求愛行動なのですか……!? さっきの戦いの間もずっと私をずっと抱きしめていたのです!」
子供っぽい勘違いをしながら、サクリファイスは少し照れるように身を捩った。
「……それで納得するんならそういうことにしとけ。変な気を回させんな」
「あっ……」
やがて悠の気遣いを察したのか、サクリファイスは彼の胸に顔を埋め、すすり泣く。
泣くことで恐怖を払えるならば泣くべきだ。悠はそれを弱さとは思わない。
(我ながら、柄にもねえ)
自覚はあった。だが駄目なのだ。
このくらいの年齢の少女を前にしてしまうと、どうにも昔の調子に戻ってしまう。
「つまんねえ感傷だな」
その一言は、少女が泣く声によってかき消された。
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