第12話 暗雲

 瑠香が倒れた。

 そんな連絡が唐突に入ってきた。

 病院へ搬送され、すぐに入院を余儀なくされた。

 面会が許された日、僕とユイは病院へ訪れた。

 病院の廊下を歩いている途中、瑠香の部屋から出てきた医師に話を聞くと今回の経緯を懇切丁寧に説明をしてくれた。

 ただ、難しい病名や病因となる抗原により免疫反応が原因という説明は全く理解できなかった。

 石田瑠香。

 ネームプレートを確認し引き戸を開ける。

 そこは真っ白な部屋だった。

 床、壁、天井全てが白く、清潔感のあるようで寂しさすら感じた。

 瑠香は長い黒髪を耳にかけベッドで文庫本を読んでいた。

 水色の患者衣を着用し少しやつれているように見えた。


「瑠香」


 僕が呼び掛けると瑠香は億劫そうに首をこちらに向ける。

 そしてパッと笑顔になって笑って返してきた。


「圭太さん!ユイちゃん!わざわざ来てくれたの!?」


 嬉しそうな声色。

 大げさなくらいはしゃいだ笑顔。

 いつもの瑠香、に見えた。


「体は大丈夫なのか?」


「今は、何も痛みはないよ。大丈夫」


 今は、という言葉が引っかかった。

 呼吸困難と神経麻痺を起こし道端で倒れたとさっきの医師は言っていた。

 あまりにも突然だ。

 

「何ー圭太さん?暗そうな顔して。大丈夫!またすぐ元気になって遊びに行くから!」


 その後お互い病気の話をすることはなかった。

 いや、できなかったのだ。

 彼女が隠している、自分の身に起きていること。

 言及するにはあまりにも酷だった。


「ユイちゃんテスト百点取ったの!?すごい!やっぱり賢いねー!」


「えへへ、お姉ちゃんが、教えてくれたからだよ」


 当たり障りのない会話が展開される。

 数時間続き、僕達は帰ることにした。

 

「それじゃ、大事にね。また来るから」


「うん。ありがとう、圭太さん。無理してこなくても大丈夫だけど、この部屋寂しいから。来てくれたらうれしいな」


 瑠香は笑っていたが、ぎこちなかった。

 風で靡いた髪が彼女の顔にかかり、髪を整える仕草が少し寂しげに見えた。


「僕の部屋にも、また来てね」


「うん。約束」


 僕が小指を差し出すと瑠香も察したように小指を絡ませてくれた。

 ユイも遅れて小指を出し絡まった指の上に置くようにする。

 

「それじゃあ」


「またね、お姉ちゃん」


 僕達は引き戸を開けて外に出る。

 瑠香は僕達が戸を閉め切るまで両手で元気よく手を振ってくれた。

 リノリウムの廊下を歩いているとユイが歩を止めた。


「お兄ちゃん、トイレ行ってきてもいい?」


「うん、ひとりで行ける?」


「・・・行けるよ」


 少しむっとした様子でユイはトイレに向かっていった。

 癇に障ったのかな、子ども扱いするなってことなのか。

 難しい年頃だなと僕は苦笑する。

 ジーンズの右ポケットに手を突っ込むといつもあるものがそこにはなかった。

 あ、病室に携帯忘れてきた。

 すぐに瑠香の病室に引き返す。

 早く気づけて良かった。

 部屋の前に立ち、引戸を三回ノックするが返事はなかった。


「瑠香、入るぞ」


 そっと扉を開き中に入る。

 携帯は机の上に置いてあったが、そんな目的は一瞬にして忘れてしまった。


「瑠香?」


 瑠香は下に俯いていたが、僕の声に驚いた様子で顔を上げる。

 目は赤くなり、涙が頬を伝っていた。

 小刻みに体を震わせ視線が定まっていなかった。

 

「圭太・・・さん?」


 震えた声で僕の名前を呼ぶ。

 恐怖に支配されているように、ひどく怯えていた。

 こんな瑠香見たことない。


「なにが、あったんだ・・・」

 

「圭太さん、私」


 頭の中が錯乱する。

 もしかして・・・彼女は。


「・・・死ぬの」

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