第9話 初デート?
「ユイちゃん、学校どんな感じですか!?」
「順調だよ、毎日が楽しそうだ。今日も朝早くに遊びに行っちゃった」
日曜日、僕は朝から瑠香とショッピングモールに遊びに来ていた。
今日の瑠香は白と黒のボーダーが入ったノースリーブニットと藍色のスカートを纏っていた。
華奢な体躯の彼女にすごくフィットしておりとても似合っていた。
モール内のカフェで休憩し、ファブリックのダイニングチェアに腰掛けてお茶をしている。
床板と壁は板張りと木をふんだんに使用した内装に電球色のペンダントライトがかけられ部屋に馴染んでいた。
ログハウスの中にでも入っているようだ。
「よかったねぇユイちゃん!やっぱりいい子だからきっかけさえあればすぐ溶け込めたんでしょうね。でも圭太さんは残念ですね、ユイちゃんとの時間が少なくなって」
「いやいいんだよ。確かに寂しいし、やっぱりどこかユイのことが心配でついていきたくなるけど。どこかで堪えて信じて見送ることも大切かなって、最近はそう思うかな」
「偉いですね。さすがお父さん」
瑠香は目を細めて笑う。
お父さん、あまり言われたことがないので誰の事を言われたのか一瞬分からなかった。
「僕は、ユイの父親になれているのかな・・・」
コーヒーカップに目を落とす。
得体も知れない不安が心の中でざわめく。
僕の雰囲気の変化に察したのか瑠香は落ち着いた口調で語り始める。
「お父さんっていうよりは優しいお兄ちゃんに見えますね。でもむしろ、ユイちゃんにはそういう人が傍にいた方が私はいいと思います。その優しさで包み込んであげて、大丈夫だよって励ましてくれるような」
優しさ。
その言葉に過敏に反応する。
高架橋下で言われた彼女の言葉が反復するように思い返される。
<その性格は優しさなんかじゃない。ただの独りよがりに過ぎないわ>
違う、僕は。
「僕は、優しくなんてないよ」
コーヒーカップの中に入れてある黒い液体を眺めながら呟く。
まるで自分の心の闇を見つめているみたいだ。
「・・・ごめんなさい、何かいけないことでも言いましたか」
え?と彼女の顔と向き直る。
憂虞した様子で僕を見つめていた。
思った以上に不愛想な言い方をしてしまったようだ。
「い、いや!ごめん。なんでもないんだ。うん」
「そう、ですか?何か気に障るようなことがあればいつでも言ってくださいね」
彼女は気まずそうに笑う。
僕は何をやっているんだ。
せっかく彼女が明るく接してくれているのに、台無しじゃないか。
「そろそろ移動する?」
「そうですね、すみません、買い物付き合ってもらって」
「いいって。僕が夜遅くに帰宅しそうな時、ユイを見てくれて助けてもらってるんだから。できることなら何でも言ってよ」
「じゃあ遠慮なく、しっかり荷物持ってもらいますよ!覚悟して下さいね!」
撫子色のハンドバッグを掲げガッツポーズをする。
女子大学生の買い物、それがどれだけ凄じいものなのかこの時察しておくべきだった。
「とにかく服が足らないんですよ。大学って基本私服なので用意しておかないといけないし、だからといって同じ服ばかり着るのもなんだか味気ない気がしますし。だから定期的に買いに行きたいんですけど、中々いい移動手段がなくて。電車で行くのはいいんですけど帰りが荷物だらけで大変なんですよね」
「確かに、最近熱くなってきたし車でもないと出る気になれないよね」
「そうなんです。だから圭太さんがいてくれて本当に良かったです」
一応僕は車を持っている。
黒色の軽自動車、コンパクトカーなので利便性は良かった。
会社へは電車通勤なので基本駐車場で埃を被っているのだが。
ようやく活かせることができた。
エスカレーターで三階に上がり洋服ゾーンに立つ。
数えきれない位のお店が並んであり全て見て歩こうと思えば骨が折れそうだ。
体は一つなのにそんなに服を置く必要はあるのだろうかとファッションに無頓着な僕は思わずにはいられない。
瑠香は慣れた足取りで一つの店に入っていく。
白い柱に黒のアルファベットの文字で店名が書かれてあり白いタイルシートが全体に敷いてあった。
様々な服の中から瑠香が漁りだしたのは赤い文字でSALEと記載された値札が付いている洋服だった。
その中の一つを手に持って上半身に当てている。
「圭太さん、これどう思います?」
キラキラと輝くシャイニー素材が使われ、ゆったりとしたデザインの黒Tシャツだった。
服全体が光るその様子は夜空に光る星々のようだ。
「うん、いいと思うよ」
そう言うと瑠香にジト目で見られた。
え?何かまずいこと言ったかな。
「なんか適当過ぎませんか?もうちょっと何か言ってくださいよ」
なるほど、言葉に合わせた相槌だけでは許されないらしい。
瑠香の買い物なのであまり口出しはしない方がと思ったが、彼女としてはもっと真剣に見てもらいたいのかもしれない。
「んーそうだね・・・あくまで僕の意見なんだけど、ちょっと派手な気がするな。瑠香にはもっと清楚な服の方が似合う気がする」
「そっか・・・なるほど。じゃあこっちはどうですか?」
黒いTシャツはすぐに元ある場所に戻しすぐ別の服を首下に当てる。
次は白色のシフォン仕様のブラウスだった。
シンプルデザインで着る人によって印象がかなり変わりそうだ。
瑠香なら確実に似合うな。
「可愛い、天使みたいだね」
「け、圭太さん冗談ならもっと冗談っぽく言って下さいよ・・・でも、なるほど。圭太さんはこういう清楚系が好きなんですね?」
「どうだろう?自分でも分かんないけど」
「じゃあ、もう買うしかないですね」
瑠香は悪戯に笑い僕を小突いてくる。
でも、この服を着て動き回る瑠香を見てみたいと心底思った。
「それで圭太さん、これどう思う?」
この感想を述べていく流れが無限に続いた。
言うだけなのに意外と神経を消耗し疲れるものだった。
褒めすぎれば嘘っぽく聞こえるし、否定の意見が行き過ぎれば文句になってしまうし、だからといって相槌だけを打ってしまうとさっきみたいにジト目で見られてしまう。
そういうベクトルのテクニックがいるものだな。
洋服のトップスからズボンにスカート、靴なども一緒に選んでいった。
時間が余った時の為に他の遊びも考えてはいたが、これだけで一日が終わりそうだった。
「そうだ、圭太さん!何かお揃いの物を買いませんか!?」
すぐには返事ができず一旦呼吸を整える。
既に両手で荷物がいっぱいの僕は体勢を維持するだけでも大変だった。
「そう、だな。いいね。何がいいかな・・・」
「んー何か軽いものがいいですよね。でも圭太さん装飾品とかつけないイメージだし」
「確かにネックレスとかピアスとかつけないね。そうだな・・・」
辺りを見渡すと靴下の専門店が目に留まった。
あれなら軽い物だけど。
「靴下とかどうかな?」
「可愛い!いいですね!」
早速靴下のお店に入ると無数の棚に掛けてある靴下が目の前一杯に広がった。
同じ靴下で大人用と子供用と用意されており、親子でセット購入を想定にいれてくれたんだろう。
色とりどりの靴下とキャラクターの顔が大きくデザインされたものにツギハギでカラフルな色の靴下。
その数ある中でも目を引いたのは五本指ソックスだった。
指の一本一本に靴下のポケットが分かれており、それぞれのポケットには点と線だけの顔が書かれてあった。
「何かありましたか?」
「これとかどう?五本指ソックス」
「わぁ、顔が書いてあるんですね!昔これの手袋タイプで腹話術して遊んでたなぁ」
あっ!やってた!と昔の記憶が思い返される。
それの靴下版か。
「瑠香もやってたんだ。僕も部屋で遊んでたよ、家族ごっことかして」
「一緒です!ふふっ。なんだか小さい頃を思い出して面白いですね」
「そうだな、今思えば特別な思い出だ」
ちょうどユイぐらいの頃だったかな。
あの時はなんでも好奇心を持って遊んでいた。
いたるものに興味を持ち、全ての物がおもちゃに見えていたくらいだ。
幼少期の記憶は今思い返せば神格化していて、もう戻ることのできないあの日々を胸が締め付けられるくらい懐かしく思えてしまう。
「これを三つ買おう。瑠香とユイと僕の分で」
「ユイちゃん、どんな反応するか楽しみですね」
「確かに」
履いた姿を想像する。
小さい足がすっぽり収まり無邪気に走り回る姿が連想される。
喜んでくれるかな・・・。
靴下を購入後、いったん荷物を車に積み込むことにした。
後ろのトランクから座席までいっぱいに敷き詰められ、衝動買いの凄さを物語っていた。
「すごいな。女子の買い物はこんなにするのか」
「今日は圭太さんがいたので奮発しちゃいました。それに、ユイちゃんの分もありますからね」
「そうだった。ごめん、気が回らなくて」
「大丈夫ですよ!でも、次からはユイちゃんの服も気にかけてあげてくださいね?女の子なんですから」
買い物の際中、瑠香はユイの服も選んでくれた。
入念に、自分の服を選ぶよりも時間をかけて。
僕は今日まで洋服なんて気にかけておらず、ユイに対する配慮が足りていなかった。
「気を付けるよ。あ、これからアイスでもどう?奢るけど」
「ほんとですか!ではお言葉に甘えて」
上機嫌に鼻歌を歌いながらついてくる。
ショッピングモール一階にある全国チェーンのアイス店に向かう。
僕はバニラ、彼女はチョコミントのそれぞれカップを頼みフードコートの席に座る。
一口、二口と食べている内突然瑠香が頭を押さえ呻き声を上げ始めた。
「キーンと来た?」
僕がそう言うと言葉を返す余裕がないのか首を複数回縦に振る。
夏恒例のアイスクリーム症候群だな。
他人事のように傍観している内僕の頭にも同じ現象が起こった。
「っ!」
おでこに皺を寄せ彼女と同様その場で悶絶する。
頭の側面を手の平で数回叩きなんとか痛みが治まる。
あれ、こんなに苦しかったっけ。
瞑った目を開け顔を上げると涙目の瑠香と目が合った。
彼女も痛みが引いたようだ。
「圭太さんも?」
「うん」
数秒見つめ合ってそれからお互い笑いだした。
人の事は言えないと思うが、瑠香の疲労感溢れる表情はとにかく可笑しかった。
「もう、圭太さんは無事でいて下さいよ!お互い机に突っ伏していたら変な人達だと思われるじゃないですか!」
「確かに、想像するだけで痛いね」
それから食べ進めるが一度ハマったアイスクリーム症候群はその後数回再発した。
一つのアイスを食べるのでも大事だった。
瑠香といるとどこに行っても賑やかになりそうだ。
「ありがとうございました!運転お疲れ様です!」
「いやいや、またいつでも車出すから」
瑠香の借りているアパートの駐車場に駐車する。
後ろの荷物を片っ端から上に持って上がり玄関先に置く。
「後は大丈夫かな?」
「はい!すみません、貴重なお休みを・・・」
「いいって。また足になるし、またユイのお世話を頼むこともあると思うから。せめてどこかで埋め合わせをさせてほしいんだ」
「埋め合わせって、私はユイちゃんに会いたくて行ってるんですから。むしろどんどん頼って欲しいです!」
両手を腰に当て快活に笑う。
僕がお別れの挨拶で締め部屋を後にしようとした時だった。
「圭太さん」
先程の笑顔はなく真剣な表情で僕を見据えていた。
少し言うのを躊躇い、段々と声を発し始めた。
「カフェで話した事なんですけど・・・圭太さんは、優しい人です!絶対優しいです!そして、ユイちゃんの立派なお父さんです!その事を、もっと自信持ってください!」
僕が今日カフェで呟いたこと。
気にしてくれていたのか。
優しいという言葉は僕にとって軽いトラウマのようなものだった。
理由を言ってしまえば呆気ない、ただ元カノに振られる時に言われた言葉が胸に刺さり今でも気にしているだけ。
めんどくさい、女々しい男だと我ながら情けなく思う。
「・・・うん。ありがとう。ずっとモヤモヤしていたけど、瑠香のおかげで元気になれたよ」
心の中の腫物を優しく擦ってくれたような。
そんな癒される気持ちになれた。
僕の様子を見て瑠香は朗らかに笑う。
「さ、ユイちゃんが待ってますよ!お父さん!うーん、でもやっぱりお兄ちゃんのほうが圭太さんはしっくりきますね」
「僕もそう思うよ」
僕は階段を降りて駐車場に立つ。
瑠香は階段の踊り場で以前の様に手を振ってくれた。
僕も手を振り返し、車に乗り込む。
運転して敷地内から出る直前にバックミラーを覗くとまだ彼女は見送ってくれていた。
本当に元気で、彼女と話すと自分も明るい気持ちになれた。
ユイの待っているアパートへ車を走らせていった。
「ただいまー」
部屋に入りユイの姿を探す。
いつもは返事をしてくれるのだが、まだ帰ってきていないのか?
寝室へ向かうとユイはそこにいた。
窓際のタンスに寄りかかりスケッチブックで絵を書いていた。
夕方で陽も落ちかかっているというのに電気もつけていなかった。
照明の片切スイッチを押し部屋を明るくする。
するとユイはびっくりしたようにこちらを見てきた。
「あ、お兄ちゃん・・・帰ってたんだ」
「うん。ただいま。ごめんね驚かせちゃって。でも電気付けないと目が悪くなるよ?」
「ごめん、なさい。夢中になってて」
絵か。
以前僕を書いてくれた絵を見せてもらったが、この子は本当に絵が上手い。
微細な線に太さの強弱、ぼかしに光の当たり具合といった明暗。
いろんな要素が計算されたように紙の中に世界を作り出していた。
「今度は何を書いているの?」
「・・・内緒」
「え・・・」
プイッとよそを向きスケッチブックを胸に抱き寄せ、中が見えないようにした。
その一連の動作を見て軽くショックを受ける。
もう反抗期に入ったのか・・・?
まだ心の準備が。
「あ、そうだユイ!お土産があるんだ」
僕は話題を変えるようにショッピングモールで買ってきた袋を掲げてみせる。
「そうなの・・・なんだろう」
目の色を輝かせて近づいてくる。
興味津々な様子で袋を見つめていた。
複数の袋を畳の上に並べていくとユイはその場でしゃがみこんだ
「開けて、いい?」
「どうぞどうぞ」
ユイは一つの袋を開けると歓喜の声を上げた。
「すごい・・・かわいい」
夏ものの服が何着か入っていた。
向日葵の柄が入った若菜色のワンピースを手に取り嬉しそうに眺めている。
「瑠香が選んでくれたんだぞ?次出会った時はお礼を言わないとね」
「お姉ちゃんが、うん。お礼言う」
「えらいえらい。後、この靴下は僕と瑠香とでお揃いなんだよ?」
例の五本指ソックスを見せる。
指の一本一本にそれぞれ個性的な顔が描かれている。
ユイは目を見開き驚いた様子だったが、くすくすと可笑しそうに笑い始めた。
「お揃い、嬉しい。すっごくかわいい、靴下さんだね。多分、お兄ちゃんが選んだんでしょ?」
「え?何で分かったの?」
「なんとなく、分かった。こういうの、好きそうだなって」
「ハハ、正解だよ」
段々僕の趣向や好みを理解してきたんだろうか。
よく見てるんだなと素直に感心する。
ユイは靴下を胸にギュッと抱きしめて楽しそうに笑う。
「ありがとう。大切に使うね」
「うん。よろしくね。いつか三人で一緒に履いて街を歩いてみようか?」
「いいね。楽しそう」
「じゃあ決まりだな」
僕はユイの頭をいつも通り撫でるとユイが抱き着いてきた。
小さな腕が背中に回る。
「お兄ちゃん!」
ユイは楽し気な様子で言った。
何を突然と思ったが、それ以上に胸の中に湧き上がる高揚感が勝った。
可愛い、嬉しい、油断すれば涙が零れそうだった。
お兄ちゃん・・・か。
やっぱりこっちの方がしっくりくる。
「まったく、ユイは甘えん坊だな」
ユイを抱きしめ返すとはしゃいだ様子で首元に顔を埋めてきた。
この瞬間の幸せを僕は噛み締めた。
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