第8話 朗報

 職場での休憩時間中、携帯が震えた。

 誰かからのメッセージを受信し差出人は瑠香だった。


<ユイちゃん学校行ったんですね!頑張ってね、ユイちゃん!いいクラスメイトに恵まれてよかったです。よかったぁー!>


 さっき僕が朝送ったメッセージの返信だった。

 活発で元気のいい彼女らしい文章だと思った。

 

<後はユイ次第だね。心配だけど・・・祈るしかないね>


 メッセージを返すと数秒後すぐに返信が来る。


<きっと大丈夫!ユイちゃんいい子だから、周りの子達もそれに気づいたら人気者になれるかも・・・!もし上手くいかなくても私達で受け止めてあげればいいし、道はいくらでもあるんですから!>


 ポジティブな文章だが、でもその通りだった。

 道はいくらでもある。

 その言葉が今の僕を纏う不安感を少し取り除いてくれた。

 

<ありがとう。またいつでも会いに来てね。ユイも喜ぶから>


<うん!また行く時連絡しますね!>


 そうしてメッセージは終わった。

 本当にいい人だなと感心してしまう。


「なんだぁ?逸木ぃーさっきから携帯見てにやけやがって。彼女でもできたのかぁ?」


 職場の先輩が肩を叩いて僕の顔を覗き込んでくる。

 慌てて携帯をポケットの中に隠した。

 

「ち、違いますよ!そんな人じゃないです」


「お!なんだ珍しく慌てるじゃねぇか!これは図星か!」


「だから違いますって。彼女はその・・・友達です」


「彼女だとぉ、のろけやがってー!」


「津藤さん声でかいですって」


 ガハハと高笑いして僕の肩を揺さぶってくる男の名前は津藤昭。

 スキンヘッドに褐色色の肌。

 眉毛は細くギョロッとした目つきは目が合うと思わずたじろいでしまう。

 一見ビーチでサーフィンでもしていそうなおじさんだが似た目はどうも生まれつきらしい。

 年齢は確か五十代前半だったはずだ。

 良くも悪くも僕が初めて会社に入った時の教育担当でほとんどの仕事は彼から教えてもらったと言っても過言ではない。

 入社当時は新社会人でガチガチに緊張してデスクで蹲っていた。

 そんな時津藤さんの明るい性格にどれだけ救われただろうか。

 ただ、人のプライベートの敷居を簡単に跨いでくるので油断はできない人だ。


「お前女っ気ないし、合コン誘っても来ないから結婚願望ないもんかと思ってたよ。心配してたけど、よかったなぁ。安心したぜ」


「だから違いますって」


 猪突猛進の津藤さんは自分の想像を先行させる。

 彼女がいる事がベースになってしまったようだ。

 こうなれば何を言っても無駄なのでもういいやと諦める。

 津藤さんとの会話を最後に昼休みが終わる。

 今日の業務は比較的落ち着いているため昼休みはのんびりすることができた。

 酷い日は昼休みなんてなければご飯を食べる暇すらない。

 このままいけば早く帰れそうだな。

 ユイから学校の話を聞きたくて聞きたくて仕方がなかった。


「ただいまー」


 家に帰ると部屋にユイはいなかった。

 浴室からシャワーの音がするので恐らく入浴中なんだろう。

 僕はスーツから部屋着に着替え、すぐに夕飯の準備をする。

 仕事疲れもあり、たびたびボーとしながら無心で料理を進めていく。

 鍋を煮込んで混ぜている内に洗面所の扉が開いた。

 上下ピンク色のパジャマにフェイスタオルで頭を拭きながらユイは出てきた。

 頬を染めた顔で僕の姿を見るなりクスッと笑った。


「おかえり、お兄ちゃん」


 これは何かいいことがあったな。

 後でゆっくり聞かしてもらおう。


「ただいま、もう少し待ってねー」


 数十分後、僕はカレーと中皿で分けたサラダ、水とカトラリーを机に運ぶ。

 手を合わせて頂きますと合掌をすると二人で食べ始めた。


「ユイ、さっきは嬉しそうだったけど、何かあったのかい?」


「えへへ」


 照れたように笑う。

 まるで聞かれるのを待っていた様子だ。

 

「今日、学校でいっぱいお友達ができたんだ」


「えっ、ほんとか!」


「うん、芽久ちゃんと千草ちゃんについていって、そこでいろんな人とお話しできた」


 その言葉を聞いた時胸のつかえが取れたように安堵した。

 よかった・・・とにかくよかった・・・。

 それからユイが一日にあった学校での出来事を教えてくれた。


「穂香ちゃんはお花が好きで、いろんなお花を教えてもらったんだ。食べられるお花を教えてもらって、ユイ、お花食べたの初めてだったよ」


「ほんとに?あれって食べられるんだ」


「食べるっていうか、蜜を吸う感じだったよ。甘い香りがお口いっぱいに広がって幸せだった」


「へぇー楽しそうだね」


「うん、楽しかった」


 ユイはいつもより流暢な口調で語る。

 家を出る前はあんなに震えて緊張していたのに、今は嘘みたいに溌剌としていた。


「頑張ったな」 


 頭を撫でるとえへへと可愛らしい顔で笑った。

 気づけば就寝時間になっており、ユイは寝室に敷いてある敷布団に入った。

 電気を消して僕も並んで隣に寝転ぶ。

 

「明日も学校楽しみ・・・」


「うん。よかったな」


「早く明日になればいいのに」


「すぐにまた会えるよ。だから今日はもうお休み」


 僕が微笑むとユイは物欲しげに僕を見た。


「お兄ちゃん、また、そっちにいってもいい?」


「・・・いいよ、おいで」


 布団を片手で上げるとユイはもそもそと移動して入ってきた。

 僕と同じ枕に頭を乗せ、瞼をしょぼつかせている。

 すぐに僕も意識が安定しなくなりそのまま暗闇の中に身を落としていった。

 朝になると芽久ちゃんと千草ちゃんはユイをまた迎えに来てくれた。

 いってきますと笑顔で挨拶をして友達と並んで登校していった。

 そう、あんなユイが見たかったんだ。

 年頃の少女らしい無邪気な笑顔で笑うあの表情。

 それを引き出せるのはやっぱり僕や瑠香じゃなく、年相応の友達なんだ。

 あの時訪ねてくれた二人に感謝しきれない。


「きっと、いい方向に向かっている」


 こうやって困難にぶつかりながらも周囲の力を借りて乗り越え、一つ一つ成長していく。

 少しずつでも確実に前に進めているって。

 この時は信じて疑わなかったんだ。

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