第4話 デリケートな問題
「ユイ。今日も体調悪いのか?」
僕に背を向け布団で眠っているユイに話しかける。
返事は返って来ない。
「ごめん、いってきます」
重苦しい気持ちで玄関ドアを開け、駅まで歩いていく。
最近はずっとあんな感じだった。
いつしか学校に行かなくなり、家に引き籠るようになってしまった。
どうしてこうなってしまったのだろう。
無理やりにでも学校の話を聞き出していればこういった事態は避けることができたのだろうか。
このまま放っておくわけにもいかない。
今日こそ、ユイと話し合ってみよう。
そうして仕事を早めに切り上げ十九時には退社することができた。
「ただいまー!」
僕は活気のいい挨拶で部屋に入る。
ユイは少しびくつき驚いた様子で僕を見た。
「はや、かったんだね」
「うん。今日は早めに帰れてね。あ、それでね」
手に持ったコンビニ袋を机の上に降ろし中から炭酸ジュースとカップアイスを二本ずつ取り出す。
「夕飯の後に食べようか?お楽しみだね」
「ありがとう、お兄ちゃん」
ユイは口元を緩めた後立ち上がり夕飯を温めて準備してくれる。
スーツから部屋着に着替え、ローテーブルに戻ってきたときには白いご飯にお味噌汁、カルビにキャベツが盛り付けられたお皿が置いてあった。
ユイは冷蔵庫に入っている材料を使って上手に作ってくれる。
「今日もおいしそうだね」
席に着き食事にする。
僕はカルビとご飯を一緒に掻き込み、ユイはキャベツを少しずつ食べていた。
同時にいつ学校の話を聞き出すかタイミングを計っていた。
中々勇気が出ず、伺っている内に食べ終わってしまった。
「アイス、食べる?」
僕は洗い物を済ませさっきコンビニで買ったジュースとカップアイスを冷蔵庫から取ってくる。
机に置かれたカップアイスを手に取り僕を見る。
「これがいい」
「うん、いいよ」
笑って返し、ユイは嬉しそうに蓋を開ける。
スプーンで小さく掬って口に含むとパッと表情は明るくなった。
そんな様子を見て僕も愉しげな気持ちになる。
「おいしい?」
「うん、すごくおいしい」
夢中になって次々と手を進めていくユイを見て、今ならこの流れに任せて聞き出せるかもしれないと思った。
「ユイ、その・・・聞きたいことがあるんだけどさ」
僕の深刻そうな声にユイは手を止める。
少し重苦しい雰囲気が部屋の中を包んだ。
「学校で、何かあったの?」
そこでユイは下に俯き口を噤んでしまう。
さっきまでの楽しそうな表情とは一変して無表情になり、その表情はピクリとも変わる様子はなかった。
「僕でよければ教えてほしいんだ。全部とは言わない、少しだけでいいから。話してくれないか?」
ユイは頑なに黙っている。
僕がこの話を切り上げるまでこうしているつもりだろう。
無理に聞き出すべきではない。
そう思っていたのだが、この時の僕は気持ちを抑えることができず踏み込んでいってしまった。
「いじめられているのか?」
その瞬間ユイは驚いたように目を見開いた。
追い詰められたように顔を強張らせる様子を見て僕は間違いないと思った。
ユイの肩を両手で掴む。
「話すんだユイ、誰にいじめられたんだ!?今すぐ学校に報告した方がいい!いじめた子の親にもしっかり言わないと。転校生を追い詰めるなんてどんな神経してるんだ。明日僕と一緒に学校に行こう。大丈夫。なんとかな・・・」
「・・・めてよ」
ユイが聞き取れない声で呟いた。
スカートを握り締め、体を震わせている。
「ユイ、今なんて・・・」
「やめてよ!!」
ユイは僕の手を振り払い怒りの籠った目で睨んできた。
そのまま立ち上がり、走って部屋を出ていった。
階段を足早に駆け下り玄関ドアが乱暴に開かれる音が響く。
「おい!ユイ!」
僕は一瞬の出来事に反応できず遅れて後を追いかける。
玄関ドアを開き辺りを見渡した時にはユイの姿はなかった。
「ユイ、ユイー!!」
ドアの施錠もせず外に走り出し彼女を探した。
暗い夜道を闇雲に走る。
通学路、駅、広場、知らない路地。
どこを探してもおらず、遂には日の目が出るまで見つかることはなかった。
フラフラの足取りでもしかしたら部屋に戻っているんじゃないかと淡い期待を込めるが、中に入っても誰もいなかった。
食べかけのアイスが床に落ち、溶けて小さな水たまりみたいになっていた。
僕はその場に崩れ落ちた。
やってしまった。
あれだけ乱暴なやり方はしてはいけないと心では思っていたのに。
自分の気持ちばかりを先行させ、ユイを傷つけてしまった。
これじゃ、ユイの父親がやっていたことと同じじゃないか・・・。
自分の無力さを痛感し、どこかにいるユイにひたすら謝り続けた。
ユイがいなくなっても容赦なく今日は始まる。
スーツに着替えて通勤路に立つ。
朝食を取る気にもなれず、更に睡眠不足でフラフラの状態で重苦しい体を動かす。
もうすぐ会社だというのに気持ちは別の所を向いていた。
出社してパソコンを起動させるまではいいが中々身が入らず、結局午前中は仕事にならなかった。
時間が経つとお腹が空き、僕は席を立ちあがって一階にある食堂へ向かおうとしたその時だった。
<ブーブーブー>
ズボンのポケットに入れている携帯が小刻みに震えていた。
画面を見ると心当たりのない知らない番号から電話が掛かっていた。
いつもの僕なら警戒して電話に出ることを躊躇ったと思うが、今は考えることを放棄していた。
「はい、逸木です」
コンスタンスに応答する。
電話越しの相手が息を飲んだように呼吸が荒かった。
「あ、あの石田と言います」
外したような高い女性の声が聞こえた。
たどたどしい言い方だが一音一音がはっきりと聞き取れるクリアな声だ。
石田さん、誰だろう?
「石田様ですか、どうされましたか?」
「その、ですね。ユイという名前にお心当たりがございませんでしょうか?」
その瞬間僕は勢いよく食い付いた。
「ユイを、ユイを知っているんですか!?どこにいるんですか!?」
「ちょ、おち、落ち着いてください」
言われて僕ははっとする。
社内の人達に怪訝な目で見られていた。
まずいと思い視線から逃げるように部屋から出た。
廊下の隅に立って電話を再開する。
「すみません、取り乱してしまいました」
「いえいえ、やっぱり知っているんですね」
一呼吸考えるように置いて彼女は話し続ける。
「実は、昨日の夜近所の路地に座り込んでいるのを見つけまして、夜道で危ないので一旦預かることにしたんです。中々何があったか話してくれないので、状況がつかめないんですけど・・・なのであの子が寝ている間に携帯を覗かせてもらって親御さんに連絡しようと思ったんです。そこでよく使う履歴にお兄ちゃんと書かれた連絡先があったので、私の携帯から掛けさせてもらいました」
僕は窓ガラスに頭をドンと当て安堵する。
よかった、ユイは無事だった・・・。
「申し訳ありません、ご連絡ありがとうございます!実は昨日喧嘩してユイが家を飛び出してしまいまして・・・。保護して頂き本当にありがとうございます!」
「いいえとんでもないですよ!私もどうしたらいいか分からなくて、繋がってよかったです。さっそくどこかで・・・ユイちゃん?」
ユイ?
起きたのか?
何かこそこそと話している音が聞こえた。
少ししてまた女性が話しかけてくる。
「逸木さん、ユイちゃんは少しの間私の所に預けてもらっても構いませんか?」
予想外の言葉に固まってしまう。
僕としてはすぐにでも預かりに行きたいのだが・・・。
彼女は続ける。
「それと、私とどこかでお会いできませんか?今夜、夕食でも」
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