恋の予感
二十歳の私には分からないものがある。
誰にだって分からないものはもちろんあるだろう。
UMAの正体も、日本の行く末も、今日の死人の数も何一つとして分からない。わかる人など多分いない。でも言いたいのはそういうことじゃない。
私には、大抵の人が知っている当たり前のことが分からない。
それはきっと小学生でも知っていて、ほとんどの人が酸素のように何気なく、欲することなどないほどさりげなく享受しているもの。
多分チョコレートと同じくらい世の中にありふれていて、だけどコンビニでは売ってなくて、お金で購入することは決して叶わない。
「恋心」
漢字で二文字、ひらがなで五文字、マークシートで六文字分の単語が私には分からない。
意味はわかる。
話を聞けば理解できる。
想像できるし、創造できる。少なくとも趣味で恋愛小説を書いている私には、言葉の上でのその単語は他の人よりずっと扱える。
でも、届かない。
心は誰にもときめかない。悲しいまでに脈拍は正常。
普通の女子大生にとって、訪れない初恋はコンプレックスといって差し支えないものだろう。少なくとも私にとってはそうだ。
布団にくるまりながら私は今日もそっと祈る。
ああ、願わくば神さまよ。
処女をこじらせた哀れな女に、ご都合主義の奇跡、恋人を与えたまえ。
・・・出来れば強く優しく格好いい長身の超人がいいな・・・
十二月になるといよいよ冬本番だ。今年は比較的暖かかったが、それでもさすがに風が吹くと鳥肌がたつ。私は羽織ったダウンを身に引きつけ、その寒さを堪える。耐えられなくはないがやはり寒い。寒いので出来る限りで早歩きをした。目的地までつけば暖房がついているはずなので大丈夫だろう。
私が現在目指している場所は家から程近く、徒歩七分足らずで着く小型の書店だ。小型とはいえ侮るなかれ。参考書から一般文芸、漫画、週刊誌と置いている本の種類はかなり豊富だ。私みたいな大学生にとっては移動費がかからないだけでもありがたいのに、欲しい本は大まか揃っているあの書店はかなり助かる場所だ。大学内の本屋は知り合いと鉢合わせる可能性があるので個人的にはあまりよろしくない。
今回は大学の講義で使う参考書を見にいく予定だ。前に来たときにチラッと見かけたようなは気はしたのだが、本当にあったかはよく覚えていない。確認ついでに行って、置いているのならばそのまま買ってしまいたい。可能な限りこんな寒い日に外出はしたくない。
歩きながら息をこぼすと白くなった。始めてみたとき、それこそ子供の頃はこんな些細なことの一つ一つに神秘やら不思議やらを感じて興奮したものだが、二十歳にもなるとそういう感動や感慨は薄れてしまう。まるで味覚を司る細胞のように、年を重ねるにつれて少しずつ死んでいくのだ、身の回りの出来事への関心を司る心が。そしてその出来事に胸を踊らせる感情が。
いつの間にか、ずいぶん既知が増えて、未知が減った気がする。ついでに思考の道も減った気がする。寄り道しなくなって、考え方が答えを導くものに特化した。二十歳になって変わったことなんて何もないと思っていたが振り返るといろいろある。
雨が降る理由を知った。昔はそれこそ神様が泣いているのかと思ってた。
多くの英単語を覚えた。昔はエイリアンをアリエンとよんでいたものだ。
嘘偽りの笑顔を学んだ。昔は心のままに表情筋を使っていたというのに。
考え直してみると本当に多くのことを学んでいた。
綺麗なことも、楽しいことも、嬉しいことも数えきれないほど学んでいた。でも、同じくらい汚いことも、悲しいことも、腹立たしいことも学んでいた。
こんな風に昔を回顧するなんて、年はとりたくないものだな、なんて他人事じみた感想を覚える。こんな風な考え方もいつの間にか身に付けていたようだ。我知らぬ成長に苦笑する。
思い返していくうちに、自分がまだ味わったことのないあるモノに気がついて少し胸がざわついた。ずいぶんいろんなことを知ったと言っても、まだまだ知らないことはたくさんある。その一つが私の心を少しだけ揺らした。
それは・・・アレは一体何なのだろう。どんなものなのだろう。言葉で表現するならば多分甘いものなのだろうけれど、実際に味わったことない以上私の言葉だけでは的確に表しきれない。日頃小説で書くときも他の人の表現やら自身の想像やらで補っているからな、アレ。
未だ手に入れることが叶わないアレへの思考を深めていくうちに、いつの間にか目的地に辿り着いていた。自動ドアが開くときに鳴らす安っぽい機械音と同時に思考を打ち止めにする。他人の前で考えるにはあまりにこっ恥ずかしい内容だ。入店と同時に暖かな空気が身を包んだ。ポカポカして気持ちいい。
私はダウンを脱ぎながら、とりあえず目的の参考書が置いてあるであろうコーナーに足を向ける。さして広くない店内なのですぐに目的の物は見つかった。手にとってきちんと確保しておく。まさか誰かに買われるということはないだろうが、念には念をだ。
このまま帰るのは労力に見合わないので、とりあえず文庫本のコーナーに足を向ける。推している作家の新刊はででいないだろうがまあ、気になる本があるかもしれない。趣味作家とはいえそれでも作品を作り世に発表する人間であることに変わりはない。読書は意欲的に行うべきだし、読むジャンルは必要以上に絞らない方がいい。
移動してから棚に陳列された本の背表紙に目を滑らせる。知っている有名な作品から、聞いたこともないような物までたくさんある。この物語一つ一つのなかに世界が構築されていて幸福と不幸、喜劇と悲劇がないまぜになっている。そんなことを考えるともっと大切に本を読んであげたいなと考える。物語を作る大変さはよくわかる。今なら国語の問題で作者の気持ちを回答する問題で満点とれるのではと思ってしまうほど身に染みて分かる。
あれやこれやと冷やかしながら、たまに気になったものを見つけては抜き出してあらすじを軽く読む。どうも恋愛ものがやはり好きらしい。そりゃわざわさ自分でも書く位恋愛大好きなわけだから当然と言えば当然な気もする。もっともリアルの私はそんなものとは・・・
「何かお探しでしょうか?」
「ひゃいっ!」
不意に隣から声をかけられた。呼ばれて返事をしながらそちらを向く。明らかに異様な反応をしてしまった。ついでに噛んだ。恥ずかしいが噛んだことを相手に悟らせなければまだダメージは減らせる。大丈夫。大丈夫だ私。大丈夫か私?
「えっと・・何かお探しでしょうか?こちらで在庫の確認などもできますが」
落ち着いて相手を見ると、女性の店員さんだった。いや、どちらかというと女子の店員さんというべきだろうか。背格好や顔立ち、声のトーンが若い、というか幼い。少なくとも私よりは二歳以上は年下のように思われる。今日日珍しい丸眼鏡を着用している。どうやら目の前で急に変なリアクションをとった私に少し戸惑っているらしく、二度目の質問は若干笑顔が引きつってたような気がする。気のせいだと信じたいところだ。
「あぁ・・・大丈夫です。すみません。ありがとうございます」
キョドキョドしながら答える。仕方がない。大学内にだって友達そんなに多くない女子がいきなりそんなに上手く返答できるわけがない。事前練習くらいさせてもらえないものだろうか。
「そうでしたか・・・。何かお困りでしたらいつでもお声掛け下さい」
そう言って女子店員さんはレジの方へ戻っていってしまった。何だかすごく申し訳ない。謎の罪悪感に苛まれたからなのか、思わず近くにあった本を手に取った。それは少し前に巷で流行っていた小説だった。たしかある女の子が幼馴染の女の子に思いを打ち明けるまでの葛藤を描いた話だったような気がする。私はアンチ世間様なので有名になった当時は読んでいない。確かにほとぼとりというか、世間からの熱視線が冷めた今なら読んでみるのはありかもしれない。むしろ百合小説もある程度精通しておきたいと最近思い始めた頃だった。現在放送中の某「好きを知らない少女」のアニメを見はじめてから少し百合の可能性に目を向けつつある。小糸どう考えても可愛すぎるんだよなぁ。そして七海先輩が地雷女過ぎるんだよなぁ、超可愛いけど。原作完結したら是非とも全巻買い集めたいところだ。
ちょっと暴走した百合トークを一端横に置いといて、参考書と小説を持ってレジへと向かう。ちなみに大分ドキドキしている。何故だろう。百合小説を買うってだけでいつもの三倍ぐらいドキドキしている。男の子がエロ本買うときもこういうドキドキを味わうのだろうか。謎の背徳感を胸に抱きながらいざレジへ。
レジにはさっき声をかけてくれた女子店員さんがいた。客入りが今は少ない、というか私しかいないからなのだろうか、やたら暇そうである。もしかして声をかけてきたのは自分が退屈していたからなのだろうか。だとしたら本当に不要な罪悪感を感じていたな。
「あっ、商品お決まりになりましたか?それとも何かお探しですか?」
こちらを見るや笑顔になり、質問をしてくる女子店員さん。さっきは緊張していたせいであまり見ていなかったが、改めて見ると可愛らしい顔立ちをしている。やはり眼鏡が印象的だが、短めに揃えられた髪とよくマッチしていた。何というか、学年に一人はいる可愛い系本大好きっ子みたいな感じだ。大多数から票を集めるアイドル的美少女ではないが、いくらかの男子からは好意を寄せられていそうな可愛さと言えばいいのだろうか。地味子ちゃんではないが、派手子ちゃんとも少し違う。明るさと静かさを兼ね備えているというと少し大袈裟だが、ニュアンスはこれが近い気がする。
「えぇ。さっきはありがとうございます。お会計お願いします」
心のなかで二桁は反復した文言を口に出す。噛まずに言えたのでとりあえず一安心。年上の余裕を見せつつ、さっきの醜態を上書きしていく必要があるのだ。もしこれに失敗してしまった場合、私が自意識過剰の被害妄想で死んでしまう。いつだって人生には命懸けのトライアルが待っているのだ。
言いつつ私は参考書と小説をカウンターに置く。特に意味はないが参考書の方を上に置いた。・・いや本当にどうせレジ通すのだからカモフラにならないし、全く意味はないんだが。
ピッ、
女子店員さんが参考書のバーコードを読み取り、続いて小説の方のバーコードを読もうと手を動かし、
「あっ!この本!懐かしいですねー。私も二年ぐらい前に読みましたよー」
急に話しかけてきた。両手で小説を持ち、顔には笑顔を携えている。声にずいぶん楽しそうな響きが含まれていた。ただ何だろう。少し違和感のような何かを感じた、ような気がする。
「・・そうなんですか。・・面白かったですか?」
「はい、とっても!こういう本は初めてだったんですが、案外すらすら読めるものなんですね」
儀礼的に質問したら、彼女が前のめりに返してくる。どうやら本当にこの本にはいい思い出があるらしい。明るい声がその感情をご丁寧に伝えてくれるわけだが、やっぱり何か引っ掛かりを覚える。
何だ?何がこの疑問を駆り立てる?分からないが、すごく気にかかることが目の前の女の子には隠されているような気がする。
いや、あるいはもう答えは出ているのだろうか。私には何故か目の前の女の子からほのかに出ている悲しみエッセンスの理由が掴めているのかもしれない。それも恐らくはほぼ百パーセント。自分でも不思議だけど、まるでこの子の過去に直接触れているかのような息苦しさ、痛みを感じている。だから多分私の質問には私が予想しているのとほぼ同じ回答が返ってくるだろう。
・・・ただ、それを尋ねるにはあまりに距離が遠すぎる。そして、彼女にこれを尋ねる理由も私には不足している。気になるからなんて自分本位な理由を押し付けられはしない。
「・・カバーお掛けになりますか?」
「ええ、お願いします」
客と店員のごく短い簡素なやり取りを交わす間も、私の心は疑問符で埋まっていく。自身が急に超能力に目覚めたかのような錯覚が本当か試してみたくなる。
・・・いや、ここまできたら止まれないな、私は。
無礼でも無作法でも不格好でも、気になることは解消しておきたい性格だ。何よりこの不思議な体験にこじらせ処女は運命を感じてしまったのだ。
「・・・あのっ!お客様はっ」
「店員さんは、女の子同士の恋ってどう思いますか?」
出来るだけ簡潔に、可能な限り簡素に訊いた。だらだら話すと私の覚悟が鈍る。それに会話にねじ込むならこの文章量しかない。
多分、目の前の女の子が問いたかったものと大まか同じ内容だと思う。
「・・・えっ!あのっ、今何て?」
「店員さんは、女の子同士の恋愛ってどう思いますか?この本、そういう内容って昔聞いたんですけど」
本を指しながら、私はもう一度質問文を反復する。婉曲に、遠回りに質問するようにした。そうしないと彼女もきっと答えづらいだろう。
質問にも返答にも理由がいるのだ。個人的ではない、理解と共感を得やすい理由が。今回はそれがこの小説だった。
私の質問の意図を探っているのか、純粋に自分がする予定の質問を先にされて戸惑っているのか彼女はまた少しフリーズし、それでもポツポツと話始めた。
「私は・・、よくわからないです。駄目と否定する理由はないと思うんですけど、一般的ではないですから・・・」
彼女の答えが、より正しくは答える態度が彼女の過去を解き明かしていく。まあ、やっぱりそういうことなんだろう。私はそういう経験は一切ないので、残念ながらうまい返しはしてやれない。訊いといて何だが、まずかったやもしれん。
「・・ただっ!・・・愛と勇気が・・必要なんだと思います。普通の、男女の恋愛に比べて・・ずっと」
それは経験談ですか、なんてふざけたことを訊きたくなった私はさすがに最低だろう。ほぼ答えが確定した質問をあえて投げることはだれも幸せにしない。少なくとも踏み込みすぎた質問を既にした私に許されることではない。
「・・・確かにそうですね。変なことを急に尋ねてすみません」
申し訳ないことをしたなとは本当に思っていたので謝罪は本物だった。彼女の具体的な過去は知らない。でもそこに傷があることは何となくわかっていた。それを踏まえた上で自分の欲望に忠実に動いたことはきちんと謝っておきたい。
「いえ、私も同じこと訊こうとしていましたから・・。さすがにビックリはしましたけど」
彼女は控えめにアハハと笑いながら答える。どうやら不愉快に感じているわけでも、不快に思っているわけでもないらしい。助かる。
もう一歩近づくためにはあと少し勇気と保険が必要だったのだ。彼女が嫌がっていないのなら、今ここで僅かばかりの勇気を振り絞れる。
「・・お客さん、私以外誰もいないんですね」
「ええまあ、平日の夕方ですから。元々客足が多い店でもないので」
よし、情報は整った。さあ頑張れ私。
手にしたいのならまず動け。
「・・・つかぬことをお訊きしますが、店員さんは来週もこの時間いらっしゃいますか」
「はいっ?」
「いや、何というか。私、この近くの大学に通ってるんですが、大学生って意外と暇なんですよ。だからその、あなたとまたお話ししたいなと思って」
後半はやや捲し立てるようになってしまった。かまなかったのでとりあえずよしとしておこう。むしろ彼女にキモい奴と思われてないかを心配すべきではないだろうか。
「はぁ、なるほど。でもどうして私なんかと話したいんですか?自分で言うのもなんですけど、私別に面白味のある人間ではないですよ」
「そんなことはない!って言えるほどあなたと話したことはないんですけど、さっきの質問の回答、愛と勇気が必要ってやつ、私好みの答えだったから。・・だから、あなたともっと話してみたいんです」
最後すこし声が切れそうになったがギリギリセーフ。言ってから羞恥に近い感情で心が染められていく。ついでに顔も朱色に染まっていく、ような気がする。自分のことすらよく分からない。でもまあ熱くなってるのは事実だ。
「えっと、それはいわゆる友達告白というやつですか?」
「少し違いますが、似たようなものです。あなたと話したい。あなたの考えを聞きたい。あなたを知りたいと、そう思ってます」
めっちゃ恥ずかしいな、これ。普通に告白するより恥ずかしいんじゃなかろうか。いや普通に告白したことないから知らないんだけど。
見ると彼女もどうやら戸惑っているようだった。そりゃそうだよな。今日初めて会った客、それも同姓に告白まがいの恥ずかしい台詞バンバン言われて評価されたら困っちゃうだろう。
とにもかくにも、まずは彼女から答えを受けとる必要がある。
「・・・それで、結局来週もこの時間いらっしゃるんでしょうか」
「そうですね・・はい、います。シフトは毎週金曜日と土曜日なので来週も出勤してバリバリ働いています」
「そうですか。・・・今日はちょっとこれで失礼しますね。来週また来ます。さようなら」
とりあえず求めたものは手に入った。ナンパ擬きによる心労はとっくにキャパオーバー。というわけで早期離脱を謀った。これ以上この空気には耐えられそうもない。早足で出口に向かい、ウィーンという音を置き去りにして冬の空気に触れる。火照った身体に凍てつくような冷気が染みていって心地よい。だけど頭は冷やしたくなかった。さっきまでの自分ではない誰かの行動が思い出されて悶えそうになる。
あっ、
本、受けとるの忘れた。なんならお金もまだ払っていない。
どうやらこれは本当に来週もう一度伺わなければならないらしい。自分でやっといてなんだが、夢か何かの間違いだと思っていたかった。熱に浮かされた一時のノリだと思いたかった。でもさすがに無理だろう。少なくとも本を貰いに行かないといけない。
さて、迷惑を散々かけておいてただ受けとるだけというのも何だか申し訳ない。これは何かお詫びの品でも用意した方がいいのではないだろうか。
そんな建前を元に、私は今パソコンと向かい合っている。理由は当然小説を書くためだ。彼女を見て、書きたいと思った内容があるのだ。キーボードに指を滑らせるも調子はよろしくない。いかんせん百合小説なんて初めてだ。勝手がよく分からない。
それでも少しずつ、一文字ずつ文字を紡ぎ、単語を並べ、文章を仕上げていく。遅々たる歩みだが、積み上がっていく言葉たちが私の努力を表している。
いつからか考えていたことがある。
人工知能、AIが創作活動を行うとき、とりわけ物語なんかを書くとき、彼らはいったい何を元にその世界を構築していくのだろうか、と。
この世の中の大抵の物語はニンゲンの物語だ。絵本とかにはカエルやウサギやらの物語も存在するが、あれにしたってみんな不自然なくらいに二足歩行をしている。つまるところ動物の皮を被ったニンゲンの物語なわけだ。
では、ニンゲンとして生きたことがない人工知能は、いったいどうやってニンゲンの物語を書くのだろう。彼らは何からニンゲンを学び、何をもってニンゲンを表現するのだろう。
今ならすこし、その答えが分かる気がした
きっといつか私が恋を知るように、彼らもまた、何かの形でニンゲンへと変わってゆくのだろう。
恋愛を知らない私が恋愛小説を書く。
ニンゲンを知らない人工知能がニンゲンの物語を書く。
良きライバルであれるといいな。
下らない独白はそろそろ止めにしよう。今日は金曜日。一週間を経て彼女に会いに行く日だ。
原稿をUSBメモリに保存してから家を出る。風が吹いて鳥肌がたった。どうやら今日も熱くなって帰っても大丈夫らしい。
本屋までの道のり、彼女への第一声を考える。これは無難に「こんにちは」にしておこう。次に彼女になんて言って原稿を見せるかを考える。こっちはなかなか決まらなかった。最終的にちょっと強引に「よければこれ読んでください」とか話の中でねじ込むことにした。
最後に、彼女に一番言いたいことを考える。なんだろうな。とりあえず店員と客の関係を脱したい。出来れば名前のついた関係になりたい。それを踏まえた上で、私は彼女の何になりたいのだろう。
言葉にしたら難しくて
観念的で概念的で
上手くまとまってくれないけれど
それでも、きっと伝え方としては・・・
本屋の入り口が見える。向こう側にいる彼女がこっちに気づいて少し目をそらした。恥ずかしがってるだけだと信じたい。
ウィーンという音と共に入店。第一声は決めてた通りに上手く発せた。彼女もうつむきながら挨拶を返してくれる。
言いたいことを言おう。
やりたいようにやろう。
それがきっと、彼女の前の私には合っている。
歩いてる途中で考えた台詞を心の中で一度練習した。
少々芝居がかった言い方ではあるけれど、
「お友だち」から始めませんか
ハロー、ミスター人工知能。多分私が今は一歩リードしているよ。
あなたがそれを望んでいるかは分からないけど
それでもきっといつか、
あなたも
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