君には教えない

 私が思うに、人間という種族は言語を獲得したから今に至るまで発展できたんです。

 ほお。

 たとえどれ程の技術を発見、発明したとしても、それを累積させることができなければ将来的な進化は見込めないですからね。

 ふむふむ。

 つまり、人間にとって言語とは進化におけるキーアイテムなんですよ。だから言語を学ぶことには大きな意義と意味があるんです。

 なーるほどね。

 ・・・先輩、今の話を聞いた感想をどうぞ。

 一生懸命話す君はかわいい!

 バコンッ

 いったーい。何するのさ、私は真面目に感想を述べただけなのに。

 真面目じゃないから叩いたんですよ。私は私の話を聞いた感想を訊いたんです。それが何ですか。何て言いましたか。

 難しいことを真面目に話す君は世界で一番可愛いと。

 バコンッ

 いったーい。いや、今のは本当に私悪くないよね。君からの質問に返しただけだよ。叩かれる理由はどこにも無いよ。

 理由は二つ。一つは根本的にその回答が気にくわないから、そして二つ目はちょっと付け足して回答したからです。なに「世界一」を付け足してんですか。というか何でそもそもまともな感想答えないんですか。

 ふふふー怒ってる顔も可愛いなもう。

 真面目に聞けっ!

 ムギュッ

 いひゃいっ。いひゃいから離してっ。暴力反対。DVで訴えてやる。

 お生憎様、「DV」のDは「domestic」、「家庭の」という意味なので私が先輩に何しようがDVにはなりませんよ。

 むむむ、法の抜け穴を突くなんて卑劣な。でもそんな小悪魔的なところも可愛い!許しちゃう。

 ふざけないでください・・。勉強するんでしょ。

 ええ、でもつまんないもん。

 はあ、勉強しないのなら私は帰りますよ。先輩が勉強教えてほしいって言って、あげく先輩が英語を学ぶ理由が分からないとかごね出すから勉強する意味も話してあげてるんですから。

 そうかもしれないけどさー。つまんないものはつまんないんだよ。君の話を聞いたって、結局私が英語を学ばなければならない理由はないからね。

 全くこの人は・・・。




 私は手でこめかみの辺りを押さえながらやれやれと首を横に振った。そんな私を見て先輩は目の前でニヨニヨしている。ニヤニヤよりも性質が悪い。私が困った姿の何がそんなに面白いのだろうか。さっぱり分からない。

 目の前には二人が頼んだドリンクと依然白紙のノート、そして英語の参考書がある。参考書は手付かずな状態で、日頃先輩が全く英語の勉強をしていないことを告げている。この人来年受験生なんだけど大丈夫だろうか。柄にもなく心配してしまった。

 手元のスマホで時間を確認すると、もうお昼過ぎだった。道理で少しお腹がキュルキュルするわけだ。もう少ししたらハンバーガーでも買おう。・・・いや待て、なんで私は「帰る」という選択肢をごっそり削り落としてるんだ。別にここで昼食をとる理由はないだろう。目の前の先輩を見るとまだニヨニヨしていた。勉強する気ゼロだなこの人。

 微妙な気持ちになったので近くにあるドリンクに手をつける。ストローをガジガジするとさざ波だった心が少し落ち着いていく。子供っぽいがまあいいだろう。あのままの気持ちじゃ先輩とうまく話せないかもしれないし。




 ねえ

 何です?何か分からないところでもありましたか?

 「可愛い」って言われるの・・嫌?

 嫌だとしたら何なんですか?

 ・・もう言わない。

 ・・・じゃあ言われるの嫌です。言われただけで鳥肌が立つし、場合によっては悪寒も走ります。

 「じゃあ」って・・・。お願い、冗談抜きで答えてよ。

 先輩が真面目に勉強したら教えますよ。

 そうやってはぐらかして・・・。分かった。これから七時まで真面目に勉強するから、その後ちゃんと教えてよ。嘘つかないで、誤魔化さないで答えてよ。

 ・・・いいですよ、別に。ちゃんと勉強してくれるなら。




 私がそう言うと先輩はなぜか神妙な顔で首を縦に振り、それから机の上の英語の参考書をさっさと鞄に納めて新たに数学の参考書を取り出し、そして勉強を始めてしまった。いや英語の勉強はしないのかよ。確かに私は教科の指定はしていないが。

 チラッと目を向けると先輩の目は真剣なものになっていた。瞳には真摯さがはらまれ、さっきまでのおちゃらけた雰囲気は微塵もない。いつもこれぐらいしっかりしてくれていたら、私も尊敬できるし好きになれるんだけどなあ。

 ・・・何だって、私が「可愛い」って言われることをどう思うのか、なんて実に下らないことが気になるのだろうか。そんなもの聞いたからってどうなるものでもないし、何より訊くまでもないことだ。

 可愛いという言葉を喜べる人は、自分が可愛い存在であり、その言葉をかけられるのに相応しい人間であると自覚している人間だ。意識的であれ、無意識的であれ。

 私は嫌みでも皮肉でもなく、可愛いという言葉を素直に受け止められる人間を尊敬する。それは私がなりたかった者であり、そしてなることを諦めた者だから。私には目指せない姿だと、そう切り捨てたものだから。

 可愛いと言われて、笑いながら「そんなことないよ」と謙遜して言える人間は心の底では笑っている、笑えている人間だ。本物はそうすることも出来ずにただ俯くか、無感情に受け入れるかの二つに一つしかない。私は最初は前者で、成長するにつれて後者になっていった。私の胸はブラックホールのように可愛いという言葉を吸い込み、そして何一つとして変わらない。あらゆるモノをただ受け入れるだけの水と同じように可愛いを飲み込んでいく。

 私は自分が嫌いなのだ。だから私に向けられるあらゆる好意やら賛辞やらが嘘偽りの戯言に聴こえる。そしてそういう風に捉えてしまう自分をさらに嫌いになる。悪循環だ。いつからか私はこの厄介な渦のなかに取り込まれてしまった。脱出法は今だ見つからず、私は依然として自己嫌悪症候群に取り憑かれている。

 そんな訳で私は「可愛い」と言われるのは嫌、なのだが。

 何故だかこの先輩に言われる「可愛い」はどうやら少し具合が違うらしかった。いつもなら素通りするはずなのに、私の胸に何かを残していく。不思議と嫌ではない刺激が私の心をくすぐってゆく。

 何故だろう?何故この人のものだけ違うのだろう?

 もう一度チラッと先輩を見ると、さっきと同じように真剣に問題を解いていた。やっぱりこっちの時の方がずっと格好よくて、素敵で、尊敬できる。

 できるはずなんだけどなあ。何でなんだろう。

 いつもの先輩のほうが落ち着くなんて・・・本当に不思議だ。


 結局先輩は本当にあれから七時過ぎまで黙々と勉強していた。途中私が差し入れたハンバーガーもありがとうとだけ言って食べていた。おしゃべりもなく早々に食べ終え、すぐさま勉強に取りかかる。途中で音をあげるだろうなという私の予想を見事に裏切る行為だ。

 オンオフの激しい性格なのだろうか。一旦勉強に集中したらなかなか戻ってこれないみたいな。

 それとも・・・そんなに気になるのだろうか、私の答えが。なんて、流石に自意識過剰だなこれは。自重せねばならない。




 ふうー終わったねー。疲れた疲れた

 お疲れ様です。

 そっちは何やってたの?

 同じく数学ですね。確率の範囲復習してました。

 そっかそっか。あっこれ、ハンバーガー代。ありがとうね。

 ああどうも。どうせ百円だから気にしなくてもいいのに。

 いやいや、後輩に奢らせたなんて聞こえ悪いでしょ。むしろ私が奢るべき立場なんだよ、本来は。

 そうですか。それじゃあまあ、受け取っておきます。

 うん、それがいい。

 ・・・・・・・・・

 ねえ・・・約束守ったし、聞いてもいいよね?

 ええ、どうぞ。

 「可愛い」って言われるの、嫌?

 ・・・答える前に一ついいですか?

 はぐらかさないならいいよ。

 ・・もし私の答えが先輩の望む答えと違っていて、そのことに先輩が納得いかなくて何か私に言ったとしても・・・私は何も変わらないし、何も変えません。だからこの質問からは何も生まれないし、このやり取りには意味なんてないですよ。それでもまだ、知りたいんですか?

 ・・うん、知りたい。私は知っていたいの。今の君を・・ちゃんと理解したい。だから・・教えて。

 ・・・はあ、分かりました。言います、言いますよ。

 うん、言ってちょうだい。

 ・・・嫌です。悪寒と鳥肌は冗談ですけど、私はあまり誉め言葉が好きじゃないんです。

 そっか・・・。うん、そっかそっか。

 ええ、そうです。

 じゃあ、あんまり言わない方がいいの・・・かな?

 ・・・控えてくれると助かりますね。

 分かった。うん、変なこと訊いてごめんね。

 別に・・・大したことじゃないですよ。




 私はそう言って、もう空になったドリンクに口をつけた。淵に残っていた水滴がわずかに吸い込まれ、私の舌をほんの少しだけ潤した。でもその潤いがむしろ乾きを意識させる。結構喉カラカラだな。飲み物買ってこようかな、でもあと少しでお開きだろうし勿体無いな。

 先輩は目の前で何事かを考えているようで、腕を組んでウンウン言っていた。何考えてんだろう、私の答えのことだろうか。だとしたら・・・どうでもいいか。もう答えは出てるのだ。変わらないし変われないし変えない。私なりに考えて出した答えがあるのだから、他人にとやかく言われてねじ曲げる必要もない。たとえそれが、私にとって普通とは少しだけ違う先輩からであったとしてもだ。

 でも、本当に不思議な人だよな。たまたま秋ごろ図書館で会って、その時めちゃめちゃ向こうからアプローチかけてきて以来、押しきられる形でいまだに関係性が持続しているが、この人のことはよく分かっていない。流石に名前とかは知っているが、どの辺りに住んでいるのかとかそういうことは全然知らない。いつも話すのは先輩からだから、大抵話題は下らないものだし。

 こんな私の何にそんなに興味を持ったのだろうか。自慢じゃないが面白い話に自信なんかないし、近くにいるだけで快感物質放出させるような特殊なホルモンも分泌していないぞ。可愛くないのは言うまでもなく、頭は・・・確かにいい方だけどそれなら別に私じゃなくてもいいだろうに。

 知らないことだらけだな、本当に。

 ああ、知らないと言えば私は先輩の




 連絡先!

 へっ!?何です?

 だ、か、ら、連絡先!いい加減交換しようよ。

 えっああ、してません・・よね。そういえば。

 うん!だからしよう。今回みたいに休日会うときとか知ってた方が何かと便利だし。

 確かに今回のはちょっと面倒でしたね。ここ最近ではこんなに不安を覚える待ち合わせもそうなかったですよ。・・いや、そもそも今後も休日に会うんですか。今回は勉強会だから渋々こうして来たわけですけど、大して何も教えあってないし、結局これ一人で勉強した方が効率は良かったですよね。

 えっ、ああまあ・・・そうだね。

 ・・・先輩、最初会ったとき何て言ったか・・覚えてます?

 ・・休日に迷惑はかけない。だから火曜と木曜と金曜は私と一緒に放課後を過ごしてほしい。

 そうですよね。そして私はなんて返しましたか?

 ・・・休日も会っていいですよ。むしろ会いたい。

 ・・・・・・本当は?

 ・・・平日は構わないから、休日は控えてほしい。本当に。

 何で覚えてるんですか・・・。まあ、当たってます。私はバイト禁止の代わりに、土日に家の手伝いしてお小遣い稼いでるんです。だから休日に人と遊ぶと私の収入源が無くなっちゃうんです。そう説明しましたよね。

 ・・・はい。

 今回はたまたま親の機嫌が良かったのですんなり休ませて貰えましたけど、なかなか休みをとるのも大変なんですよ。

 ・・・はい。

 そんな目で見つめないで下さい。濡れた子犬みたいに困っても駄目ですよ。

 ・・・・・・・・・

 むむむ

 ・・・・・・・・・

 ぐぬぬ

 ・・・・・・・・・

 はぁ、分かりました分かりましたから。連絡先教えますよ、もう。だからそんな弱々しい目でこっちを見るのはやめてください。

 やった!本当に、本当にいいの!?わーい!

 調子いいな・・・この人。ええ、構いませんよ。ただし交換したからといって休日遊ぶ訳じゃないですよ。それと、私はあまりマメじゃないですからね。既読無視とかもわりとしますからね。あくまで業務連絡用だと思ってくださいよ。

 大丈夫大丈夫、交換しちゃえばこっちのもんだから!さあ、早く携帯だして!

 はいはい、少し落ち着いてください。はい、どうぞ。

 それじゃあ、いただきます

 ピロリン

 おーこれが君の連絡先かー。何かこう、いいね。うん、うまく言えないけどすごくいいね。

 何ですか、そのテンション・・・。まあ、伝えたいこととか分からないことがあったら連絡ください。真面目な内容ならちゃんと返しますから。

 そっか。ふむふむ、教えてほしいことがあったら連絡すればいいんだね。

 ええ、私に分かる範囲ならちゃんと教えますよ。

 そっかそっか。あっ、ごめんだけど私ちょっと電話しないといけない相手いるから。ちょっといいかな。

 別に構いませんよ。というか、もうお開きにすればいいのでは。

 まあまあ、電話終わるまで待っててよ。



 

 そう言うと、先輩は背中を私に向けて携帯を耳に押し当て始めた。ホント勝手だな、この人。まあ少しぐらいなら別にいいけど。

 ブーブーブー、ブーブーブー

 おっと、私も電話だ。誰だろう。親には一応遅くなるかもと言っているけど、うちの親は過保護だからな。もしかしたら心配になってかけてきたかもしれない。私もう女子高生なんだけどなあ。まあ、むしろ女子高生だからかもしれないが。周りを見ると客は私たちを除くとほとんどいなかった。それぞれが端の席に座っているのもあって、パッと見た感じでは誰もいないように思われる。ここ田舎だからな、この時間になると夜道は少しだけだが確かに危ない。

 少し面倒ではあるが、私みたいな子供を愛してくれているのなら嬉しい限りだ。そう思って私は電話をとった。




 もしもし。

 あっ、私だけど。

 詐欺の方はお引き取りください!

 プチッ!ツーツーツー

 ブーブーブー、ブーブーブー

 はぁ、もしもし。

 あっ、もしもし私だけど。今大丈夫?

 何の用ですか、先輩。何故わざわざ電話を?

 いやぁ、ちょっと分からないことがあってね。教えてほしいの。

 ・・・何ですか?関係代名詞?それとも不定詞ですか?

 違う違う、英語じゃないの。あのね、少し聞いてくれるかな?

 ・・・まあ、いいですよ。それで何ですか、教えてほしい内容は。

 あのね、私の知り合いにとっても可愛い子がいるの。それはそれはたいそう可愛らしい子でね、この間もね、私がチョコをあげたらね、

 惚気話に答えることなんて何もない!

 ブチッ!ツーツーツー

 ブーブーブー、ブーブーブー

 ・・・もしもし。

 あっ、ゴメンゴメン。何か電波途切れちゃったみたいだね、それで話の続きなんだけど。

 はぁ、簡潔にまとめてください。まあ、聞くまでもなく何が言いたいか何となく分かりましたけど。

 あぁ、えっとね、訊きたいことっていうのは要約すると「可愛いって言われるのが嫌な可愛い子にどうやって可愛いって言えばいいのか」ってことなんだけど。分かるかな?どうしたらいいのか。

 ・・・それ、聞いてどうするんですか。

 実践するに決まってるじゃん。私はその子に素直な気持ちを伝えたい。でも、伝えることでその子を傷つけたくない。このジレンマをうまく解消したいの。

 ・・・・・・・・・・・・はぁ。

 どうかな?分からない・・かな?教えられないかな?

 ・・私に出来るのは私の意見を伝えることだけです。直接役に立つかは分かりませんよ。

 それでもいいよ。君の話が聞きたいから。

 ・・・その子はきっと、自分が好きじゃないんだと思います。自分の駄目なところとか嫌なところとか、うんざりするほど知っているんだと思います。だから・・他人から向けられる好意や賛辞や称賛を偽物だと、スカスカの戯言だと思ってしまう。下らないお世辞だと捉えてしまう。

 うん。

 そういう人は多分、どんな言葉も受け入れられない。例え先輩が誠意や愛情を込めたとしても、その気持ちは・・残念だけど伝わらないと思います。

 ・・うん。

 一緒にいてあげるとか話を聞いてあげるとか、そういう言葉以外の関わり方も意味をなさなくて・・・。心を閉ざした人に外側から出来ることなんて悲しいくらい何もないんですよ、きっと。

 ・・・そっか。じゃあ私は、諦めた方がいいのかな?私が変わった方がいいのかな?

 そうなんじゃ・・ないですかね。

 そっか。

 ええ。・・・でも報われなくていいなら、努力してもいいとは思いますよ。

 えっ?

 報われなくていいのなら、救われなくていいのなら、例え先に幸せがないと分かっててもそれでもなお努力できるなら、挑戦してみればいいと思います。その子の心がいつか内側から変わる日まで、ずっとそばに居続けてもいいと思います。・・・身勝手な私個人の見解ですけど。

 ・・・そっか。うん、そっかそっか。

 はぁ、役にたちましたか?

 うん、ありがとうね。とっても助かった。

 そうですか・・、なら・・良かったです。

 うん、それじゃあ切るね。

 ええ、また何かあったら連絡ください。

 プチッ。ツーツーツー。




 私は電話が切れた音を聞きながら、携帯を耳から離した。電話の途中、ずっと先輩の背中は丸まって亀のようになっていた。声は震えていなかったので泣いていたわけではないのだろう。

 ・・それにしても・・・

 どうしてそんなに執着するのだろう。どうしてここまで固執するのだろう。こんな面倒なことをしてまで、どうして私に伝えたいのだろう。

 分からない。私にはさっぱり分からない。

 目の前の先輩の姿が一瞬ぼやけて、直ぐにハッキリとした輪郭を帯びる。欠伸だ。少し眠くなったのだろう。頭に酸素が届いていないので、思考も少し朦朧とする。答えが出ないのもこのトロンとした脳のせいだろう。




 ブーブーブー、ブーブーブー

 はい、もしもし。

 あっ、私だけど。今時間ちょっといいかな?

 何ですか?眠いので手早くお願いしますよ。

 今ね、私の後ろにとっても可愛い子がいるんだけど、その子が私のことどう思ってるのか、教えてちょうだい?



 

 告げられて脳が一瞬で覚醒する。そしてそのまま答えを一つ、パチンと弾き出した。

 あぁ、なんだ。そういうことか。少し自意識過剰な解答だけど、まあ多分当たってるんだろうな。

 信じられない。信じたくない。理性が否定する。有り得ないことだと、自分好みに他人の気持ちを改変していると。私の中で何かが全力で批判の声を投げつけてくる。

 実際私も、嘘臭いなとはちょっと思っている。

 でもまあ・・・今眠いし。後悔は後からするものだしな。

 私はそう考えて、真っ先に思い付いた言葉を躊躇わずに素直にぶつけた。聞いた瞬間、先輩の丸まっていた背すじがピンとする。そして、ゆっくりと振り返って私を見つめる。それから顔を近づけてくる。

 やっぱり、何か飲み物買っておけば良かったな。

 口をストローで塞いでおけば未然に防げただろうに。


 全くこの人は・・・


 私は苦笑した。

 苦笑いぐらいが、甘酸っぱい気持ちと釣り合いをとるにはちょうどいいと思ったのだった。





 君は自分に自信がないみたいだけど、私は君の魅力をちゃんと知ってる。

 とても優しくて、素直な感性を持っている。

 私のわがままを聞いてくれる。

 私にちゃんと怒ってくれる。

 それに、とっても可愛い笑顔を持っている。

 怒り顔も困り顔も素敵だけど、私は君の笑顔に惹かれた。

 図書館であったときに見せてくれた笑顔をまた見たくて、私は君といる。

 私は可愛いしか知らない。

 その言葉でしか愛を伝えられない。

 君の魅力を余すことなく形容することなんて出来ない。

 だからって素直に伝えても君に全部は届かないから、

 今はまだ、

 君には教えない。

 まだ不器用で、無知で、足りないばかりの私だけど

 でもいつか必ず伝えるから。

 そのときはまた、笑ってね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る