第5話_各国の知恵

 ジオヴァナ姫は一度こちらに戻ってからはずっと王都に滞在を続けているようで、私達が王都に戻ってすぐにお会いすることが出来た。

「しばらくこっちに居るの?」

 第一王女が長く他国に出たままと言うのは問題ないのだろうかと、私が疑問に思ったことを代弁するようにヴィオランテが問い掛ける。するとジオヴァナ姫は殊更にっこりと笑った。

「ええ、自国やシンディ=ウェルは書簡でも話が通じるからね」

「ああ……」

 そういえば、フォードガンド国王に対して「書簡だけじゃ埒が明かない」と業を煮やしてやって来たのが始まりだった。思い出して、苦笑いが零れる。

「だけど、あなた達、何かしたの? 此処のところやけに協力的なの」

 良いことなんだけどね。と付け足しながら首を傾けたジオヴァナ姫に対し、満足な答えは返せそうにない。同じ印象を、私達も持っている。私が協力を仰いだことがそこまで彼に影響を与えたとは考えにくい為、彼の方でも何かあったのだろうと推測は出来るが、『何が』あったかを予想できるほど、私は国王陛下を知らない。

 何とも答えることが出来ず首を傾けるだけの私達を見て、ジオヴァナ姫は「まあいいわ」と話題を切り上げる。気になるところではあるが、良い方に進んでいる間は後回しでも構わないだろう。問題が付随するようならば、それはその時、直面してから対処しよう。

「ヴィオラ達の話は分かったわ。むしろ決戦地を作ることは、私達にとっても都合がいい」

「どういうこと?」

「文献から、あいつの封印方法が明確になってきたの」

 彼女のその言葉に、私とヴィオランテは同時に息を呑んだ。私達が得てきた情報どころの成果ではない。フォードガンド内には『神』に関する情報などおとぎ話以外には何も残っていなかったのに、この情報量の違いは何なのだろうか。

 しかし詳しく話を聞けば、納得だった。どうやら、三千年前にあれを封印したのは今のカムエルトの王族の祖先と思われるらしい。

 カムエルト内だけで語り継がれているおとぎ話の中で、魔を封じた英雄の話があるという。その英雄が王となり、その後、カムエルト国を治めた物語。まるでカムエルトの王族は英雄であり、選ばれた人間なのだと言わんばかりの内容である為、語り継ぐ者達もただ権威を主張する意図なのだろうと解釈していた。

「だけど、封印の手法や儀式が、わざわざ専用の機関を作ってまで克明に語り継がれているの。元々私の国は儀式を重んじる国だから、ただの伝統だと思ってたんだけど」

「そういえば、カムエルトでは魔物を倒すのに『術』を使うんだよね」

「ええ」

 フォードガンドは、魔物を倒す為には武器や兵器を使う。『術』というものは存在すらしない。だが世界でただ一つ、『術』を扱える国がある。それがカムエルトだ。けれどあまり強力な術であるという話は聞かない。何より、そんな強力な切り札があるなら火山へ向かった際にも見せているはずだが、同行中、一度も術は見なかった。出来る限り柔らかな表現でその疑問を呈すると、ジオヴァナ姫は気を悪くした様子無く頷く。

「何の媒体も無く使うと大した効果にならない、っていうのもあるんだけど、何より、きっと元々は攻撃の術じゃないの。あくまでも『封じる』術なのよ」

 つまり本来は『封印』――もっと砕けた言い方をすれば『閉じ込める』術なのだ。簡易術は、カムエルトに出る程度の小さいものには直接使えるものの、フォードガンドの魔物を相手にしようとしたらある程度は弱らせないと効かない。当然、あんな規格外の存在には何の効果も無いだろうとジオヴァナ姫は語った。

「そういえば、捕らえた魔物は消滅するんでしたね」

「なるほど、そうだったな」

 以前にヴィオランテとも話していたが、魔物の正体を解明するべく研究者らが生け捕りにした魔物らは、拘束後、間もなく消滅している。そのせいで魔物の研究が進まないという話は有名だ。つまり、カムエルトの術で消滅しているのは『倒した』結果ではなく、『拘束した』結果だったのだろう。

「と言うことは、やはり戦って核を破壊するのは必須なんだな」

 私の言葉にジオヴァナ姫が申し訳なさそうに頷いた。元より、カムエルトは戦う助けになれないだろうと言っていたのだから、期待を抱いてしまう方がお門違いだ。私はただ首を振って応えるだけに留めた。

 結局、カムエルトの封印術は『破壊した核』を封じるものであるらしい。ならば私達がおとぎ話から推測していた『核を壊せばアレは止められる』という内容も真実味を帯びてくる。だがこれらの話を繋ぎ合わせると、他の魔物と違い、その本体である『神』は、核を破壊しても消滅するわけではなく、一時的に止められるだけのようだ。だからこそファーストの者達は破壊後にそれを封じ込めることで、その期間を数千年に延ばし、この世界を守ってきた。おそらく今回も、同様の形を取る必要があるだろう。

「封印の情報があちこちにあって手間取ったけれど、九割ほどは情報を復元できていると思う。ただ、これが本当に『神』を封じた術かどうかは、今の封印を少し回収しないと断定できないって言われたわ」

「それは……少し難しいかもしれないな」

 ジオヴァナ姫も同じ意見ではあるのだろう、神妙に頷いていた。

 現在、国王陛下の命令により多くの兵が海を調査しているけれど、途方もない調査だ。範囲は地震の分布などから予測し限定しているものの、陸から離れるほど海底は遠く、調査は困難になっていく。また、封印の一端を発見できたとしても、触れることは危ない。最悪の場合、その場で封印を解いてしまう可能性すらある。ファーストがおとぎ話を利用して人々を海から遠ざけようとしていたことを思えば、封印は触れてはならないものだと考えるのが妥当だ。

 運よく発見できたとしても、カムエルトの専門家らに海底まで赴いてもらう――なんてことは、非現実的すぎる。

「封印が解けた時に、あわよくば残骸でも取れたら、かしら。……まあ、その時点では遅いけれど」

「いや、姫。最悪それでもいいかもしれないよ」

 半ば諦めているような顔だったジオヴァナ姫は、私の言葉に対して不思議そうに目を瞬き、首を傾けた。

「再封印するとして、その方法が有効だと証明できるなら、人類にとってその後の生活の安心感が全く違うよ」

「確かにそうだわ。流石、先生ね」

 両手を合わせてパンと軽い音を立てると、姫は感心した様子で私に笑みを向ける。隣国の王女様にお褒め頂けるのは悪い気分ではないな。何より彼女は世辞の少ない人だから。とは言え、状況的に照れてしまうわけにもいかず、軽く首を傾けて微笑んで流しておく。すると隣でヴィオランテが「私もいつも褒めてるじゃないですか」と小さく言った。だから。そういうのを鋭く察知するのは止めなさい。

「それより、決戦地がある方が都合がいいと言うのは?」

 ジオヴァナ姫に限って話が横に逸れているわけではないのだろうけれど、私は気恥ずかしさから結論を急いでしまった。しかし彼女はそれでも私の無作法を許し、すんなりと頷いて続きを話してくれた。

「さっきも少し触れたけれど、本来の封印術は準備や媒介が必要で、簡単な儀式ではないの。しかも、儀式を行える者も限られているから」

「……そういうことか」

 破壊した核を正しく封印するには、破壊する時点で既に、ある程度は儀式の準備が整っていなければならないのだ。勿論、術者も戦いの犠牲になることなく、五体満足でその場に居てもらわなければならない。核の破壊がどれほどの時間、アレを行動不能に出来るのかは分からないが、別の場所へと輸送している間に復活されたら目も当てられない。あんな存在、一度勝てるかどうかも分からないのに、二度も立て続けに戦うことは人類の敗北必至となる。

「封印に関しては、このまま私の国に任せて。必要な道具や人員の一部を、既にフォードガンドへ送る準備をしているわ。少しでも早く、準備を整えられるように」

「ありがとう。この上ない助力だよ」

「いいえ、まだお礼を言うのは早いわよ、先生様!」

 突然、やけに機嫌よく、姫は歌うようにそう言った。首を傾けて真意を問うと、再びジオヴァナ姫が目を輝かせる。

「シンディ=ウェルからは、朗報があったわ」

 自分の国からの情報よりも自慢げなのは、戦いに関することだからか、それとも、友好国であり、友人カルロの国であるからだろうか。何にせよこの瞬間の姫の表情は、年相応に愛らしいものだった。……等と、やはり、言っている場合ではない。戦いに関する朗報は、喉から手が出るほどに今、私が欲しているものだ。ヴィオランテも、軽く机に身を乗り出すようにして反応していた。

「シンディ=ウェルにしか語り継がれていないおとぎ話からの情報よ。物語の内容はまだ手元に無いのだけど、『低温』が、あれを弱体化させる可能性がある、とのことよ」

「低温……そっか、『海底』であることはそれもあるのかも!」

「ならば、封印地としてフォードガンドの海を選んだ理由もそうかもしれない。シンディ=ウェルの海は温かいのだろう?」

 私の言葉に、姫とヴィオランテは同時に頷く。

 単純な海水ではなく、冷水の状態でぶつける方が効果的かもしれないのか。だが、それはそれで少し難しい話だ。私が眉を寄せると、ジオヴァナ姫が憂いを払おうとするように顔の前で手を振った。

「海水の件はそのままでいいわ、先生様。シンディ=ウェルには、触れればたちまち凍ってしまうほどの超低温の液体があるの」

「そ、そんなものがあるのか?」

 と言うか、これは他国の者が聞いて良かったのか? と一瞬思った。そんなもの、兵器として使われたら私でも堪ったものでは無いが。目を瞬く私を見て、ジオヴァナ姫は何処か可笑しそうに表情を緩める。

「元々、兵器として利用するものではないし、混戦になるような戦場では使えないわ。液体なんだから」

「そうかもしれないが」

 余程限られた状況でない限り、いたずらに投入すれば味方もろとも犠牲になるだろう。しかし、戦争とは非情なもので、敵軍に大きな損害を与える為に幾らかの自国軍を犠牲にする作戦は、無いものではない。ただ、今それを掘り下げて話すべきではないだろう。彼らは今、協力者であり、この国の友好国なのだから。

 何にせよ、本来は医学の分野で、血液や生体の保存、薬剤の冷却などに使用されているらしい。シンディ=ウェルは世界でも群を抜いて医学に長けた国だ。その研究過程で、今回の液体も開発されてきたのだろう。

「ただ、扱いが難しくて、武器としてはまだ完成していないらしいの。今、多くの研究を止めて、最優先でこの開発を進めてくれている」

 あの火山で、国から派遣した多くの兵士が死に、そして第四王子が瀕死の怪我をしたのだ。シンディ=ウェルは威信をかけて、最速でそれを完成させてくれるだろう。復活に間に合うかは、復活時期が未定である為に分からないが、信じるしかない。

 フォードガンドの持つ兵力と軍事力。カムエルトの持つ封印術。そしてシンディ=ウェルは化学を駆使して武器を開発してくれている。これが今、私達人類が持てる最大の戦力だろう。一つが欠けてもきっと勝利は無いが、全てが揃ったとしても、勝算がどれだけあるのかまるで分からない、あまりに無謀な戦いだ。

「だがこれ以上は無いだろう。私達はただ全力を尽くすのみだ。後は――、いや。祈る神は、……もう、居ないんだったな」

 全てを尽くした後に、出来ることは『神に祈る』くらいだと続けたかったけれど。

 その祈る先であったはずの『神』が、今、私達の敵なのだ。十字を切ろうとした指を拳の中に握り込み、小さく息を吐く。隣のヴィオランテはただ、私の横顔を心配そうに見つめていた。

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