第6話_復活の音

 決戦地を定める計画については、三国がいずれも同意し、その形で進むことになった。

 文献の情報から読み解く限り、『神』はヴィオランテが言うように火山に戻った上で破壊を行う可能性が一番高いとカムエルトやシンディ=ウェルの両国が判断した為、その提案にフォードガンド国王が応じていた。私達の国は判断できる情報を持たないので、二国に委ねたらしい。「何かあったのか」とジオヴァナ姫が疑問を抱くのも仕方が無いと思える従順さだ。そう思うと同時にふとアデル様のお顔が浮かんだが、今は止めておこう。

 ただ、封印地と思われる『海』は範囲が広く、実際の場所が何処であるかによっては、私達の定めた決戦地はアレが帰還する為に通るルートとは外れることも考えられる。そうなってしまった場合には、海水や兵器による遠距離攻撃を加えることで徐々に誘導していく計画となっているが、あのような規格外の存在が、どの程度、思い通りに動くだろうか。不安を挙げればきりが無かった。

「あの丘を登り切れば見えるはずだ」

「良い場所ですね」

 馬を走らせながら声を張ると、ヴィオランテがそう言った。私もその言葉に同意を示して少し頷く。

 私達は今、決戦地として選ばれた場所へ下見に向かっていた。戦う相手は一つの『脅威』で、此処に立つだろう『人間』は全て味方となる。その状況で、敵を狙える『高台』があるという地形は、あらゆる面で有利だ。

 決戦地で戦う人員として確定している私にとって、この下見が必要なのは勿論のこと、ヴィオランテは、確認した詳細を、アデル様へとご報告する任を与えられていた。こういう役目は彼女が誰よりも適しているだろう。野生児のような視力があり、かつ、見たものをそのまま絵に出来る。言葉だけの報告書では伝わりにくい内容も、仔細が正確に伝わるに違いない。

「あれは……カムエルトですね」

「ふむ。ならば、あちらはシンディ=ウェルかな?」

「そのようです」

 丘を越えて決戦地に近付くと、我が国の旗を上げていない幾つかの集団が見られた。彼らが身に着けているものや傍に置かれている荷物の装飾を見たヴィオランテが、所属を告げる。フォードガンド国だけではなく、協力二国も視察に来ていたようだ。カルロ王子は自国で療養中であり、ジオヴァナ姫は王都にいらっしゃるので姿は無いけれど。

「フォードガンド軍は対応が早いな。既にあれだけの兵器を配置しているとは思わなかった」

 此処の地形は、私達が今立っている丘から前方が急斜面となっており、下った先は開けた平原になっている。少しの木々が並んではいるものの、どれも密集はしておらず、見通しがいい。一部、建設途中の石垣が見られるが、おそらくは決戦の為、砲台や弓兵の配置用に準備しているのだろう。私達の立つ場所から、配置は扇状になっていた。

「ちょっと近過ぎるようにも思いますが……」

「運び込まれている資材の量を見る限り、建設はあの石垣だけではないだろうな。階段状にして、状況によって下を放棄するなどの策を取るのかもしれない」

「なるほど」

「まあ、こと戦についてはフォードガンド軍に任せて問題ないだろう。私の『上位互換』を相手にするつもりで準備するよう、お伝えしてあるからね」

「……なるほど?」

 答えながらヴィオランテが微妙な顔をして首を傾ける。

 私を兵器のように利用する一方で、ずっと私を恐れていたこの国の騎士や兵士にとって、これほど分かりやすい説明は無い。中には私が齎した戦争での惨状を実際に目にした者も居るのだから。ただヴィオランテには、同じ国の者としてその考えで戦うのはどうなのだろうと、ちょっとした不満があるらしい。何とも言えずに口だけを不満気に曲げている彼女の様子に、少し笑った。

「この辺りで一度描くか?」

「はい、そうします。先生はどうされますか?」

「傍に付いている。周りの警戒が必要だろう。お前は絵に集中しなさい」

 一瞬意外そうにヴィオランテが目を瞬くも、今回のこれは任務の一つであるからだと理解したのだろう、黙って頷いていた。彼女が馬を下りるのに応じて、私も下り、彼女の馬を預かって少し離れた。近くに小ぶりな木が立っていたので馬はそこに繋いでおく。ヴィオランテは、下りた場所にそのまましゃがみ込んで、既にスケッチブックへと向かっていた。普段は外で描くにしても周囲をそれなりに警戒している子だが、今回はそれを私が担当している。絵だけに集中することを許された今の彼女は、きっと私が視線を送っていることすらもう分からないに違いない。そんな彼女に何も邪魔が入ることが無いようにと、私は周囲の警戒に注力した。


 決戦地の情報を全て絵と共に文に認め、報告をアデル様へと郵送したのは二日後だった。

 石垣付近の作業者から話を聞く限り、やはりあれは階段状に建設を行い、脅威の接近や攻撃範囲を加味して危ないと思える部分は放棄する作戦を考えているとのこと。その後、私達は海から決戦地まで、あれを引き込むと思われる経路の下見を重ね、更に二週間後に王都へと戻った。

「祖母から手紙が来ていました」

「何と?」

「私の報告書についての労いと、あと……コンティ家が、弓兵を率いて決戦地での戦いに参加すると」

「……何だって?」

 思わず口元が引き攣った。ヴィオランテも眉を下げて苦笑している。

 国が関わる戦いにおいてまず出てくるのは国王陛下の指揮下にあるこの国の正式な軍隊だ。だが『コンティ家が率いて』という言葉を使ったということは、率いてくるのは国の軍ではない。おそらくコンティ家の私兵ということになるのだろう。だがコンティ家の領地は決戦地から領地の一つだ。近くの領地であれば支援として出てくるのは理解できるものの、コンティ家が出るというのは何かしら特別な意味が無ければ明らかにおかしい。

「理由は?」

「いえ、うーん、理由になるのかどうか微妙ですけど」

 そう前置きをしてヴィオランテが語ったのは、現在、コンティ家にはシンディ=ウェルから送られた、現在開発中の兵器の試作品があり、それを用いた訓練が既に始まっているということだった。

「つまり兵器は、弓なのか?」

「はい。厳密には、特殊な矢尻を持つ矢だそうです」

 元よりコンティ家はカムエルトともシンディ=ウェルとも交流の深い家だ。シンディ=ウェルも、自国が開発した特殊な武器を委ねる相手として、コンティ家を指名することは頷ける。また、コンティ家は他の領地よりも弓兵の質が良い。特にアデル様の御子息――つまりヴィオランテの父君に当たる方は、戦争でも弓を用いて多くの戦果を齎した武人だったはず。

「半数ほどは既にイネス様のご領地に駐屯地を設営し、訓練もそちらで行っているとか」

 イネス様――私の生まれ故郷の領主様も、そういえばアデル様と仲が良いのだったな。特に、故郷の領地は決戦地から程近い。事が起こってしまった場合に駆け付けるには丁度いい距離と言えるだろう。

「それで、アデル様からはそれだけなのか」

「はい」

「なるほど……出兵の『理由』と言うには確かに弱いな。一体、水面下で何が起こっているのやら」

 国王陛下といい、アデル様といい。今回はイネス様も少し噛んでいるのだろうか。何にせよ、フォードガンド国内には何やら複雑な動きがあるように思える。私達が関わるべきではないと思うからアデル様も情報をお控えなのだろうけれど、頭の片隅に疑問符が飛び交ってしまうのも仕方が無かった。

「ちなみに私はそれよりも自分の配置が気になっています」

「ああ、ハハ、家にでも居れば良いんじゃないか?」

「嫌ですよ!!」

 目を吊り上げている様子に肩を震わせて笑う。勿論、私としても本気で言ったわけではないのだけど。

 ただ、ことは間違いないだろう。彼女は未来の為政者という立場であり、戦いの際、上に立つ人であって本来は前に出る人ではない。何より今は未成年だ。戦争中にはそんなこと構わず駆り出されるのが常ではあるものの、やはり、そんなことは無い方が良い。ジオヴァナ姫や国王陛下、おそらくアデル様も、いざ戦いとなれば決戦地には現れないだろう。ヴィオランテの立場はどうあっても、『そちら側』だ。

「父が弓の名手ですから、私も弓の訓練は一通り受けています。腕も悪くはないです。でも、今回はその程度で必要とされません」

 暗い顔でそう呟く彼女の様子を、繁々と眺める。『神』を名乗るあの存在は、人と同じ大きさをしていた。私達が対面したのは影である為、本体がもっと大きい可能性はあるけれど、今のところカムエルトやシンディ=ウェルの文献にそのような記述があったとは聞いていない。おそらく、あの時に見た影とあまり変わらないのだろう。つまり、その大きさの敵に対して弓は正確に当てなければならない。だ。それは、実戦経験の少ない者では到底務まらない。コンティ家からもかなりの精鋭が送り込まれてくると思われる。何より、今回は新しく開発された特殊な矢を用いる。もしヴィオランテもコンティ家の弓兵に加わるのなら、既にその矢を扱った訓練に参加していなければならないのだが、アデル様がそれを命じられないということは、そのつもりが一切無いという、アデル様なりのメッセージでもあるのだろう。

「やはりお前が戦いに加わるべきではないよ」

「……はい」

 あれだけ煽っておいて『神』の復活が数年後などになるなら話が変わってくるかもしれないけれど、現状はその結論しか出すことは出来ない。ヴィオランテも分かっていないわけではないのだろう、肩を落としつつも、小さく頷いている。

「ただ、お前は今回の関係者全員に、顔が利く。特に協力二国からの信頼が厚い」

 語り掛けるように静かに告げる。ヴィオランテは俯き加減だった顔をゆっくりと上げ、一つ、瞬きをした。

「あくまでも私の個人的な提案だが、決戦中、伝令役や橋渡しとして動くのはどうだ?」

 こんな非常時に、各国で下らない駆け引きが生じるとは思えないけれど、慣れた顔が伝令に来るのと、知らない顔が来るのとでは気分が違うし、伝令側も、他国へ伝令するのは普段と勝手も違って戸惑う可能性がある。一分一秒を争うような戦いであるかもしれない中、そんなほんの少しの戸惑いや躊躇いが、ロスになっては堪らない。そう言う意味で、ヴィオランテは誰よりも適任であるように思えた。彼女の瞳が見る見るうちに輝きを取り戻していく。

「確かに、それなら!」

「ああ。陛下やジオヴァナ姫、アデル様にも提案してみよう」

「はい! 先生ありがとうございます!!」

 そう言って、彼女は満面の笑みを浮かべながら頭を下げる。勢いが良すぎてちょっとテーブルが揺れていた。

 早速、その提案をアデル様宛の手紙に書き込み、急ぎで届けてもらうと言うので私も付き合って宿を出た。

 城下町の様子は、普段と何も変わらない日常のままだ。非常事態が近付いていることを知っているのは、要人や兵士ばかりで、滅亡の危機があることなど、一般人は知らない。だが、あれが復活した時、何も知らせることがないまま彼らの日常を守り通してやれるのだろうか。

 始まりは、そんな私の考えをあざ笑うかのようだった。

「これ、何の音ですか?」

「ん?」

 ヴィオランテが何かに気付き、音に集中しようとしたのか、耳に手を当てて少し視線を落とした。その瞬間、地面が大きく揺れ動く。

「くっ……ヴィオランテ!!」

 立っていることも儘ならないような大きな揺れ。こんなに酷い地震は私も経験が無い。何とか手を伸ばし、ヴィオランテを腕の中に引き入れ、そのまま二人で地に伏せる。ヴィオランテは声も出さずに身を固めている。大勢の人を前に悲鳴を飲み込んでいるだけ頑張っている方だ。天災が苦手な彼女だ。恐ろしくて堪らないのだろう。抱く力を強めてみても、今の彼女の気を紛らわせてやれそうにない。周囲の人々も、経験の無い事態にただ身体を固めて、何処かにしがみ付くようなことしか出来ていない。

 激しい揺れが止んだのはそれから二十秒ほど後のこと。まだ色んなものがぎしぎしと音を立てながら揺れていて、地震が続いているのか、揺れの名残なのかもよく分からない。

「大丈夫か。立てるか?」

「は、はい、す、みません」

 ヴィオランテを立ち上がらせてやろうと手を貸すが、その手もまだ小刻みに震えている。顔色も真っ青だ。

 先程、彼女が聞き取っていたのは予兆としての地鳴りだろうか。周囲の状況を確認しようと辺りを見回した瞬間、私の手をまだ握っていたヴィオランテが、その力を強めた。

「ッ先生――」

 悲鳴のような声で彼女が私を呼んだ。その続きを、轟音が掻き消した。再び足元が揺れ、ヴィオランテと共に軽く体勢を崩す。その視界の端で、赤が空に上がった。

 王都の北にある火山が、噴火していた。それはヴォールカ火山帯とはやや東に外れた別の火山だった。

「先生、あれ!!」

 北の火山を凝視していたところに、ヴィオランテが西側を指差した。それが示す方角を見つめて、息を呑む。ヴォールカ火山帯も、同じく噴火をしている。更に辺りを見回せば、幾つもの山々が、赤を吐き出し、または煙を吐き出していた。

「火山が、同時に……」

 ヴィオランテはまだ私の腕にしがみついたまま、小さく震えている。ただ、震えは噴火の直前に比べれば落ち着き始めていた。おそらくヴィオランテの耳には、噴火が始まる前の異様な地鳴りが聞こえていたのだろう。そして今、恐怖に打ち震えているのは、私の方だった。気付いたヴィオランテが、腕の中から私を見上げる。

「先生?」

「最悪だ……復活した」

 私の声が震えてしまっていることは誤魔化しようもなかった。ヴィオランテは私の言葉の意味を理解し、息を呑む。

「でも、火山の噴火だけでは」

「いいや、。これも、アレの力の影響なんだろう」

 何よりも、私の身体中から力が湧き上がってくる。今までも「人外」と呼ばれるほどの力を持っていた私が、おそらくは更なる力を得た。これは真に『神』が復活し、あいつの力が解放された影響を受けているのだろう。……つまり私が強くなっている分、もしくはそれ以上に、あちらの力は絶大だ。

「何もかもが付け焼き刃だ、間に合うのか、通用するのかも分からない。だが、……行くしかない」

 ヴィオランテは一度唇を強く噛み締めると、大きく息を吸って背筋を伸ばし、力強く頷いた。不安な色を含んでいても、もう先程までの耐え難い恐怖は胸の奥へと押さえ込んでしまったようだ。お前の方が私よりも余程強いよ。少し目を細めてから、私も頷き返した。

 そして騒ぎの街中を、二人で駆け抜ける。

 行き先は城だ。出兵にも何をするにも、最初に国王陛下の号令が必要になるのだから。

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