第4話_押し通す望み

 私とヴィオランテ、そしてジオヴァナ姫とカルロ王子は翌日、揃って謁見の間に入った。姫と王子には当然、数名の従者も付き添っている為に大所帯だ。その為――、いや、それだけが理由では無いが、謁見の間には肌に痛いほどの緊張感が漂っていた。

「……凝りもせず、同じ要件ですかな、ジオヴァナ姫に、カルロ王子。しかしオリビアとヴィオランテ嬢については見損なったぞ、友好国といえども他国に与してまで、このような」

 言葉尻が怒りのような感情で震えるのを聞きながらも、私は表情を変えない。アイリーンから話を聞いた時点でこの程度の反応は凡そ予想が出来ていた。此処で下手を打てば私が投獄されるという未来に現実味が増すだろう。私は静かに陛下に向かって首を垂れた。

「誤解を招く行動については反省しております。しかし陛下、此度改めて参りましたのは、書簡をお届けする為なのです」

「書簡?」

「はい。そして内容が、ジオヴァナ姫、カルロ王子にも関わるものでしたので、不敬とは思いましたがお二人に同行頂けるよう、お願いさせて頂きました」

 同行している三名と従者らは沈黙を貫いている。陛下から名指しで問い掛けが無い限りは沈黙するよう、私が頼んだ為だ。頭を下げているので見えないが、おそらく今、陛下は私以外の者が口を開かないことを確認するかのように視線を彷徨わせているに違いない。しばしの間があった。

「それで、何だ、その書簡というのは?」

「アデル・コンティからの書簡にございます」

「な――」

 陛下の椅子が大きな音を立てる。それでも私達は顔を上げない。ただほんの少し見える陛下の足元だけでも、立ち上がっているのが分かる。背後に控えさせているヴィオランテ達の気配は何処か落ち着きが無い。陛下の動揺振りに驚いているのだろう。私にとっては、可笑しいくらいに予想通りであったけれど。

 小さな動きで私は胸元からアデル様の書簡を取り出し、陛下に両手で差し出すような形を取る。遠目に封筒を確認するだけでも、陛下が息を呑んだのが分かった。

「こ、こちらに」

 陛下の指示で、側近が私へと歩み寄ってきた。及び腰であるのは相手が私である為かもしれない。それは流石に予想していなくて、少々申し訳なく思う。それ以上、無用に怯えさせることが無いようにと、出来るだけ小さな動作で、書簡をお渡しした。

「間違いなく、アデル様からの書簡にございます」

 確認した側近が陛下の傍でそう呟けば、更にその表情が強張った。少しの躊躇いを見せつつも、意を決した様子で陛下が書簡に目を通す。数十秒後には、陛下の身体はわなわなと震えていた。

「な、な、何だこの無茶な……!」

 声もはっきりと震えており、それに含まれる感情が何であるかを正確には読み取れなくとも動揺だけは誰の目にも明らかだ。私はやや深く頭を下げ、陛下に見えない形で微かに口元を緩めた。書簡の内容は先日ヴィオランテに説明した通り、『ヴィオランテの成人の儀のルートとしてくだんの火山調査を含めたいので、入山許可を求める』ことだ。しかしそれだけでは姫と王子を巻き込む理由にはならない。中には更に、『護衛の為に国力を求めるのは心苦しい』という理由から、かねてより深い交流のあった『カムエルト』と『シンディ=ウェル』に協力を依頼したこと、そして『協力者として二国の使者も合わせて入山許可を求める』という内容が記載されていた。

「こんなものは出鱈目でたらめだ! 何が協力者だ、其方そなたらの元々の要請とは全く違うではないか! 上手く口車を合わせよって!!」

 王の指摘は尤もなことだ。反論のしようもない。しかし渡したのはアデル様からの書簡であり、私達がしたためたものではない。陛下の目にも、側近の目にもそれは明らかで、状況としては私達にとって都合の良いものであっても、アデル様からの要請について陛下が私達に問い質すのは意味の無いことだ。逆を言えば私達は、アデル様を代弁する権限も持たない。そう示すように、私達は誰も余計な口を利くことなく、頭を上げないまま沈黙を続けた。

「こんな……こんな書簡は知らん!」

 そう言うと陛下は書簡を乱暴に破り、床に叩き付ける。側近が慌ててその行動を窘めようとしていたようだったが、それはもう紙屑となって王の足元へ転がっていた。私の背後に控えるヴィオランテ達も息を呑んだ気配がしていたが、私は笑みを崩さずに顔を上げた。

「さようでございますか。では、そのごみとなってしまったものを、こちらで回収させて頂いて宜しいでしょうか? 私共の持ち込んだものを国王陛下に処分して頂くようなことは出来るわけがございません。責任を持って、持ち帰らせて頂きます」

 私は清々しくそう言って立ち上がる。突然の動作にはやはり、周りの兵士が緊張していた。だが私は今、武器を持たない。陛下との謁見には当然、そんなものは持ち込めない。謁見の間に入る前に全て預けている。それでも、誰もが私を恐れている。都合の良い場合もあるが、今回は出来る限り、事を荒立てたくはない。ゆっくりとした動作で、彼らを刺激しないように進み出る。けれど陛下は、酷く怯えた様子で手を前に出した。

「ま、待て! 止まれ!!」

 お言葉に従いすぐに立ち止まる。兵士らも声に応じて、携えていた槍を私の方へ向け、その歩みを止める形で前に出た。全員の動きが止まるのを見守ってから、私は再び口を開く。

「では、ごみに触れて頂くのは誠に申し訳ございませんが、どなたか拾って頂けますでしょうか」

 涼しい声でそう告げれば、側近らが動いてくれた。私の言葉に応じれば、私が下がると思うからだろう。しかし陛下はそうはいかない。

「待て、待て! 触るな!」

 陛下は更に大きな声で、近付く側近らも制止した。全てがあまりに思い通りに動いてくれることに笑ってしまわぬようにと、私は静かに呼吸する。陛下は一度玉座に座り直し、苛立った様子で、肘掛けを指先でとんとんと叩いている。その視線は何度も私達と、足元の紙屑を見比べていた。

「……本当に要求は、入山だけなのか」

 殊更にっこりと陛下に笑みを向け、私は迷わず頷いた。

「勿論でございます」

 もう答えは決まっているのだろうが、それでも不満を訴えるように陛下は低く唸る。

「良いだろう、しかし条件を付ける!」

 無事に許可を得たことで少し肩の力が抜ける。陛下が出した条件は、入山者の人数制限、調査結果の提出、そして、火山帯での損害については全て自己負担をすること。

「なお、我が兵も五名、監視の為に同行させる。全て飲めるのであれば、入山を許可する」

 私達は躊躇いなくその条件に同意し、誓約書を残した。無事に目的だった許可証を得て、揃って城を出たところで、ヴィオランテは軽く周りを確認しながら、私にそっと囁く。

「先生、あの、……なぜ陛下は書簡の回収を嫌がったのでしょうか?」

「ははは、いや簡単なことだ、アデル様からの書簡を破り捨てたことを、アデル様ご本人にばれてしまうのが怖いのさ」

 近くに関係者が居ないことは確認できていた為、私はヴィオランテだけではなく、姫や王子にも聞こえるように答える。三人共、目を白黒させていた。ヴィオランテは聞いて良いのか迷うような顔をして数秒固まったものの、恐る恐る問いを返してくる。

「ええと、おばあ様は、国王陛下と一体どういう……?」

 予想通りの問いではあったが、私にその答えは無い。首を振って、軽く肩を竦めた。

「私も知らないね、ただ、陛下はどうしてかとても、アデル様が怖いらしいよ。昔お二人の間に何かあったそうだが、それに触れることも城内では禁忌となっている」

「おばあ様……」

 過去を知らなくともアデル様という人柄を良く知るヴィオランテは頭を抱えており、姫と王子は戸惑いの色だけを濃くしていた。まあしかしこのようなことは他国の者に詳しく語るべきではない。内緒だと告げるように人差し指を唇に押し当てれば、何処か緊張した面持ちで彼女らは頭を上下に動かす。少なくともアデル様というお方の怖さについて幾らか伝わってくれれば、私としては満足だ。これは少し未来の、政治的な意味で。

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