第2話 湖上都市リェーネット

 夜逃げをした私たちはその後、町からそれなりに離れたところでテントを張り睡眠をとった。

 そしてマスコミに起こされない爽やかな朝、リコの作った朝食をとる。これほどゆっくりした朝の時間は久しい。コーヒーを飲んで目を覚まし、次の街へと目指して歩き出す。


 魔物と遭遇することもなく私たちはフューデンリヒ領とフェーゲルハイト領の境界まで来る。ここは別に国境ではないが砦のような石積みの建物が立っており兵士たちが少しばかり滞在してた。兵士たちは通行者を一人一人直接聞いて身元を確認するのではなく顔だけを見ていた。おそらくここはそこまで警戒しなくてもいいのだろう。

 私たちも呼び止められることなく通る――


「おい! あんた噂のシオンさんか!?」


 ――のだがやはりここにも情報は伝わっていたのか兵士たちに注目される。

 朝早くから起きて街へと向かっている人たちも「なにシオンさんが!?」「シオンってあのシオン!?」などと騒がしくなる。


(あの兵士め、わざわざ厄介ごとを……)

「三人とも少し走りますよ」


 私たちは彼らから追求されたりする前に走って逃亡する。私は一応三人の速さに合わせて入っているが十分な速さである。馬が本気で走れば並走はできるだろうがわざわざそんなことはしないだろう。


「ん? これは――」

「――分かれ道、ですね」


 しばらく走っていると分かれ道に差し掛かった。

 看板が建てられている。


『←領都カッツェ

    湖上都市リェーネット→』


 看板にはそう書かれてあった。


「シオン様、今ちょうどここですね」


 鞄から取り出した地図を指差すリコ。

 そこはフューデンリヒ領からフェーゲルハイト領に入って少ししたところにある分岐点だった。

 このまま左に行けば領都カッツェへと通じ右に進むよりも早く王都につける。

 逆に右に行けば湖上都市リェーネットへと通じる。湖上都市リェーネットはその名の通り湖に浮かぶ島に作られた街で、まさに湖に浮いているように見えることからそう呼ばれている。ここ数十年では人口も増えたために湖の沿岸にも街は広がっている。


「では左にいきましょう」


 私は迷わず即決する。

 湖上都市リェーネットは観光のための街のようなものだ。私は兄さんを探すために旅をしている。一々そんなところで道草を食っているわけにはいかない。

 だが、リコは私に何か言いたげな様子だ。


「どうしました?」

「その右に行きませんか?」


 リコはおずおずと答える。


「リェーネットにですか?」

「はい」

「なぜ?」

「なぜって……えーと……そこに神楽様がいる可能性もあるでしょ?」

「まあそれは一理ありますね。で、本音は?」


 ギクッとしてまたおずおずと答える。


「たまには休暇も必要かなー、と」

「ふざけているのですか?」

「っっ!?」


 少しばかり殺意が漏れ出す。


「ふっ、ふざけてません! シオン様最近頑張ってばっかで、あまり休暇取ってないじゃないですか!」

「仕方ないでしょう、兄さんを探すためなんですから」

「もし神楽様に道中のことを聞かれたらなんて答えるつもりですか!」

「ッッ!!」


 確かに、そんなことを聞かれたら今のままだと「兄さんを探すために遊ばずに来ました」と答えるしか他ない。それはそれでいいのかもしれない。兄さんのために頑張ったとアピールできるから。

 でもそれだとつまらないのではないか?

 もし兄さんがこの世界のことをあまり知らない状態だったら私の冒険の話はとても面白く感じるだろう。

 私は少しばかり熟考する。


「よし、右に行きましょう」


 私は右に向かって歩き出す。

 その後を三人はついてくる。


 二回野営しようやくリェーネットの街が見えてきた。拡張した街の周辺には壁が築かれており魔物の侵入を防ぐ。

 やはり観光都市とあってか門に並んでいる人は多い。私たちは最後尾に並び先頭になるまで待ち続ける。


「次!」


 一時間ほど並び続けようやく先頭に来た。長かった。

 私たちはそれぞれの冒険者カードを門番に掲示する。


「え、あんた、シオ――」

「――静かにしてください」

「……はい、すみません」


 門番が私の名を口にしようとしたので急いで口を閉じさせる。こんなところからバレてしまったら非常に面倒だ。

 ……変装でもするか? いや、後で考えよう。


「湖上都市リェーネットへようこそ」


 私たちは無事リェーネットの街に足を踏み入れる。

 湖上都市リェーネットの拡張した沿岸の街――通称フォーアシュタット街は綺麗に区画整備されたのか道路が広く、同じような外観の建物が立ち並んでいる。さらに門から湖に浮かぶリヒト島へと繋がる道は直線だ。

 このままリヒト島に行くなり兄さんを探すなりしたいがまずはギルドへと向かう。ギルドに行けばある程度の情報も集まるだろう。特に支部長とか。


「あ、ギルドはここですか」


 冒険者ギルドは門から直接島へと通じる中央通りに面した門から程近い一際大きな建物だった。

 私たちは多くの人でごった返す大通りからギルドの中へ入る。ギルドの中も多くの人がおりガヤガヤと騒がしい。なのでギルドの扉が開いたところで誰も気にしはしないし気づかない。

 私は長い列を作っている受付の中で誰も並んでいない受付に行く。


「すみません、支部長に取り次いでもらえますか」

「えっ、支部長にですか?」

「はい」


 受付に話しかけると辺りからヒソヒソと声が聞こえる。


「あの、お名前をお伺いしても……」

「シオンです」

「シオンさん、ですか。その、ここは高ランク冒険者専用の列なので新人の方はそちらの方にお願いします」

「「「ぷぷっ」」」


 まさかの返事に後ろの三人は笑いを堪える。


「高ランクの冒険者専用だったんですか? それならここで合ってますね」

「え?」

「おい、そこどいてくれるか、嬢ちゃん」


 後ろから男の太い声がかけられる。見ればそこには身長は二メートルを越し、筋肉の塊とも言える巨体があった。背中には男の身長ほどの大剣を携えておりかなりの実力者と見て取れる。Aランク冒険者だろうか。今の私はSランクである。この前迷宮を完全攻略したことによりSランクに昇格したのだ。


「なんでどかないといけないんですか」

「聞いただろ? ここが高ランク冒険者専用の受付だからだ。俺はガジェンタ、ガジェンタ・ガーランド。Aランク冒険者だ」


 男は冒険者カードを私に見せる。確かにAランク冒険者なようだ。


「へぇ、そうですか。私はシオン・ヴァーゲル。Sランク冒険者です」


 自己紹介されたので私も一応自己紹介をしておく。


「……へぁ?」


 男は情けない声を出す。「へぁ?」って……ぷぷっ。


「あ、あんたが噂シオンだったのかっ!?」


 男は目を見開いて驚愕する。ついでに周りの冒険者も、受付嬢たちも驚愕している。

 そしてたちまち場は音が支配する。


「キャアアアアアアシオン様ーーーー!!」

「シオン様可愛いーーーーーー!!」

「うおおおおおおおシオン様がこの街に来たーーー!!」

「ってことは隣の三人は三人衆か!!」

「うおおおおおおおおおおおリコ様ーーーーー!!」

「ユー様かっこいいーーーーーー!!」

「一人名前知らないけど……うおおおおおおおおすげーーーーーー!!」


 耳を塞がなければ鼓膜が破れそうなほどの大歓声。あまりの大歓声に三人は目を白黒させて驚いている。いやリョウは涙目だ。

 私たち一行が来たことがそれほど嬉しかったのか中には気絶するものまでいる。私はアイドルか何かですか。

 私は手を頭上に掲げると一斉に静かになる。


「目にされたので言っておきますが、プライベートを詮索しない、ストーカーしない、一々湧き上がらない。徹底してください。もし破られるようでしたら夜逃げします。以上」


 私はそう言いくくって釘を刺しておく。


「「「「了解です、シオン様!!」」」」


 彼らはそう叫ぶと先ほど通りに思い思いのことをしだす。昼食を取る者、受付をする者……切り替えが早い。


「それで支部長に取り次いでもらえますか?」

「さ、サーイェスサー!」


 受付嬢はそう言って走って消えていった。彼女、軍人経験でもあるのか?


「そのシオンさん、さっきはすまなかった」


 受付嬢を待っていると先ほどの男ガジェンタが謝ってくる。


「いえ、私は別に気にしていませんので」

「すまない。この街で何かあったら俺に聞くといい。もう十年も暮らしてるからな」

「そうなんですか。でしたらその時はぜひ」


 そんな会話をしていると先ほどの受付嬢が戻ってきた。


「お待たせいたしました、シオン様。お連れの方も含めて支部長室にご案内します」


 受付嬢は私たちを支部長室へ案内する。

 八階まで階段で上り支部長室だろう部屋の前に来る。支部長室の部屋の扉を受付嬢は三回ノックする。


「入れ」


 男の声に受付嬢は扉を開ける。

 支部長室にいた男はオールバックの黒髪で四十代あたりの紳士そうな男だった。


「初めまして君たちがシオン一行だね?」

「はい」

「リェーネットによく来たね。そこに掛けてくれ」


 私たちは二人がけのソファに男と女で別れて座る。


「私はアルフィーゴ・クロッツォ。リェーネット支部の支部長をしている」

「シオン・ヴァーゲルです」

「ユー・ヴァイスです」

「リコ・シルフィーです」

「リョウ・アールヴです」


 私たちは軽く一礼する。


「まずはシオンくん、Sランク昇格おめでとう」

「ありがとうございます」


 爽やかな笑顔で褒められる。見るからに優しそうな顔だ。出勤途中に荷物を抱えたお婆さんを助けてそうだ。


「リコくんもユーくんも、リョウくんもAランク昇格おめでとう」

「「「ありがとうございます」」」


 支部長の秘書だろう美女が私たち四人にお茶を出す。うん、美味い茶だ。


「それで用事はシオンくんの兄さんのことだったかな?」

「知っているので?」

「ああ、フェーデルやイヒンズの支部長から『シオン一行が来たらもてなして、彼女の兄の捜索を手伝って』とな」

「そうだったんですか」

「ああ、それで君が来るまでの間『カグラ』という名前の子供を探した」

「どうでしたか?」

「結果を言えば一人いた」

「!!」


 私は勢いよく席を立ち上がる。


「まず私はフェーゲルハイト公爵と親交があってねよく手紙のやり取りもするんだ」


 フェーゲルハイト公爵はここリェーネットやアヴィッツァロ山南あたりを治める領主のことだ。


「この前公爵から手紙があってね、新しく保護した奴隷と結婚したいんだが、云々の恋愛相談が書かれていてね、その元奴隷の名前が『カグラ』だったよ」

「ほぉ、兄さんと結婚……」

「シオン様、殺気殺気!」


 その『カグラ』は十中八九兄さんだろう。よかった。この世界にいることが確認できて私はほっとする。しかし、領主が兄さんと結婚?


「その領主はどんな人なんですか?」

「十五歳という若さで公爵家当主になった天才で君たちより一つぐらい年上だね。彼女はいい人だよ。よく不法奴隷を保護しているんだ。他にも孤児を保護したり、画期的な政策をしている」


 ふむ、人から聞く限りでは良い人そうだ。兄さんに危害を加える可能性は少ないだろう。とりあえずはその領主と会ってみないことには安心できない。


「シオンくんは兄想いなんだね」

「当たり前です。兄さんのためなら世界を敵に回せます」

「おぉ、そうならないように気をつけないとな」


 支部長は苦笑う。


「それで兄さんはどこにいるのですか?」

「領都カッツェのフェーゲルハイト公爵の屋敷で暮らしてるはずだ」

「ありがとうございます」

「力になれたようで何よりだよ。ところでもう出発するのかい?」

「そうしたいのは山々ですが――」


 リコを見る。


「――リコが観光したいそうなので。それに兄さんへの土産話のためにも数日滞在します」

「そうか。宿はこちらで手配しておこう。そうだなこのギルドの向かいにある高級宿ケーニヒライヒを手配しよう。夕方ごろにチェックインしてくれ。それまでこの街を楽しんでくれ」

「ありがとうございます」


 私たちは支部長に礼を言って支部長室を後にする。


「シオン様よかったですね、神楽様が見つかって」

「はい」


 私は今、とても機嫌がいい。

 兄さんのために土産になるようなものはあるだろうか。この街で探してみるとしよう。

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