第3話 湖上都市リェーネットの街並み
地元民に“内地”と呼ばれる(ちなみに沿岸の街を外地と呼ぶ)湖に浮かぶ島――リヒト島。その島の小高い丘の頂上には石造りの城が聳え立ち、その周りの土地を住居が埋めるようにして立ち並んでいる。その街並みはまるでモン・サン=ミシェルを連想させる。
そんな島に行くには外地のフォーアシュタット街の中央通りから伸びる石橋を渡らなければならない。その石橋ができる前は島には船で行き来していたようで、今も船乗り場が残っているし実際に使われている。
交通の弁をよくするために作られた石橋の幅は広く、馬車が楽々すれ違えるだけでなく歩行者も大勢渡れる程だ。現に今も多くの馬車と人々が橋を行き交いしている。
さて私たちはまず、リヒト島へ向かうことにした。この街の観光の大目玉はなんと言ってもリヒト島。これを見ずしてリェーネットは語れないと言われるほどだ。
しかし私たちの顔はすでに割れているためそのまま行ってしまえば場は大混乱となるだろう。なので変装のため、近くの店で帽子と伊達眼鏡を買いすぐにはバレることがないようにした。
「シオン様、めちゃくちゃ似合ってます」
「リコも似合ってますよ」
私とリコは互いに感想を言い合う。
そしてようやく橋を渡る。見るからに頑丈そうなので叩いて渡らなくてもいいだろう。
「おお、これは凄いですね」
「異世界みたい、異世界だけど」
「ハリーポ◯ターに出てきそうだ」
「これがファンタジーですか」
私たちは橋を渡ったリヒト島の入り口から驚嘆する。
渡ってきた人を迎えるのはまず大広場だ。そこでは馬車の積荷の積み下ろしをしていたり、露店が開かれており市場のようになっていたりと、住民や訪れた人の中心地となっているのだろう、どこを見ても人、人、人という様子だった。
しかし私たちが驚嘆したのはそこではない。街並みに驚嘆したのだ。広場から右側に伸びる道は、出来るだけ多くの住居を建てることを優先したのか馬車一台が通れるだけの道幅しかない。
聞く話によるとこの島は馬車道が島にとぐろを巻くようにしてできているらしく、頂上の城へと繋がっているそうだ。一応歩行者のために真っ直ぐ頂上へ登れる階段があるが中々に急だ。
私たちは狭い通路を挟むようにして建っている住居に圧巻されながらも道を歩いて頂上の城を目指す。
この島の住居はどれもが一階部分が店舗となっており、二階三階が住居スペースとなっているようだ。住民たちの呼び込みが激しく騒がしい。売られているものを見ると湖で獲った魚や魚介類の干物だったり、貝殻の雑貨やアクアリウムなど土地を生かしたものであったりとか、ハンドメイドの衣服やバッグなどが売られている。
人で埋め尽くされている道を通りながら、二百年前に断絶したという王家がこの道を通っていたと思うと感慨深い。当時の人たちは窓から王家の人たちを見送ったり迎えたりしていたのだろうか。
狭い道が人で埋め尽くされているため思うように前に進まなかったりで一時間ほどでようやく道のりの半分まで来た。ここも入り口の広場ほどの大きさはないものの十分に広い広場があった。広場に面する店には飲食店が多いようで良い匂いが私たちの食欲を煽ってくる。
「ここで昼食にしましょうか」
「私あそこが気になる!」
リコが指さしたのは『ギョギョっと驚く美味さ
「いらっしゃいませー!」
店員の元気な声が響く。店内はカウンター席、テーブル席の二つで席数はおよそ30と少なくほぼ埋まっている。
「今ここ開けるんで少々お待ちくださーい」
店員は四人が座れるテーブル席の前の客の皿を片付け、私たちはそこに座る。
「こちらメニューっす」
軽快な女性店員はメニュー表を差し出し厨房に消える。そして今度は他の客の料理を運ぶ……大忙しなようだ。
メニューは店名の通り魚介類が多い。刺身盛り合わせ、海鮮丼、焼き魚定食などなど。はてこの世界では魚の生食は一般的ではなかったはずだが。
「スミレ! 次はこっちだ!」
「はいお父さん!」
先ほどの女性店員はスミレという名だそうだ。もしかすると娘か、または父親かが魚の生食を勧めたのかもしれない。
さて何を頼もうか。私は少し逡巡した後、刺身盛り合わせに決定する。刺身は久しぶりだが日本の魚は湖にはいないだろう。となれば異世界の魚を刺身で味わえるということだ。
「私は刺身の盛り合わせ」
「私は海鮮丼で!」
「俺は焼き魚定食、ライス大盛りで」
「私も焼き魚定食、ライスは並盛りで結構です」
「はい! 刺身の盛り合わせが一つ、海鮮丼が一つ、焼き魚定食が二つ、ライスは大盛りと並盛りですね! 以上でよろしかったでしょうか?」
「はい以上で」
「了解しました!」
店員はまた厨房に消えていく。
そしてしばらく雑談に花を咲かせていると料理が運ばれてきた。
まず私の刺身盛り話せとライス、汁物だ。
「こちらが刺身の盛り合わせですね。こちらから、アルロザーツ、ザーモンデイシュ、シールフール、ヴァイクンヴァイクの刺身です」
店員が一つ一つ説明する。
そして次にリコの海鮮丼だ。
「こちらはエントプローとスカイウィーツの卵、ドゥルンケです」
海鮮丼はマグロとサーモン、いくらのようだ。
最後にユーとリョウの焼き魚定食。
「この焼き魚はエントプローです。骨があるのでご注意ください。注文は以上でよろしかったでしょうか」
「はい」
「それではごゆっくりとご堪能ください!」
私たちは各々の料理を口に運ぶ。
「むっ!? これは新しい味です。美味い」
「シオン様このいくらみたいなやつ美味しいよ」
「この焼き魚うめぇな」
「汁物も美味い……」
久しぶりの魚介類の美味さに私たちは舌鼓を打つ。また魚だけでなく醤油も良い味だ。転生者が頑張って作り上げたのだろう。努力を感じる。
そして刺身だけでなく米や汁物も頂く。日本を感じさせる懐かしい味だ。
私たちは綺麗に完食し店を後にする。
それから私たちは再び頂上の城を目指す。
今はお昼時で飲食店が客を集めているのだろう、狭い道は幾分人が少ないように感じた。
そして一時間をかけてようやく城の正門へと辿り着いた。
「これは、立派ですね」
城の守りともいえる門は思っている以上に立派なものだった。中級魔法を放ってももろともしないだろう。しかも誰かが攻めてきたとき住民もろとも籠城するそうで門や壁の一部には小さな隙間があり中から魔法を放って防御できるようになっていた。そう思えばここに来るまでの道が狭いことも敵に簡単に攻められないようにするためという理由もあるかもしれない。
観光客用に全開にされている門を潜り城内を見て回る。
籠城用だったのだろう巨大な食糧庫や二百年前とは思えない精密な魔法の仕掛け、長い年月が経ったのにも関わらず手入れされているのか美しい小規模な庭園。
かつてここに王族が過ごしていたと思わせる食堂や寝室、かつての生活を再現したのか家具が置かれていて実に興味深い。
最後に城の最も高い尖塔の窓から内地と外地を一望する。心地よい風が窓から入り込み私の長い髪を靡かせる。
「ふぅ」
近い将来、兄さんとこの場所に来ようと思う。兄さんはこういう風景は好きだったし、心落ち着いて私といちゃいちゃできるかもしれない。
私は兄さんともうすぐで会えると知り余裕ができていた。
「シオン様、美しい……」
リコがボソッと呟く。
「ん? どうしましたリコ」
「あ、いや、今のシオン様、とっても絵になってて美しくって」
「ありがとうございます」
素直に褒められると恥ずかしいものだが微笑んで感謝を伝える。
するとリコは頬を赤らめそっぽを向く。
「ではそろそろ降りましょうか」
ここの尖塔は人気な場所で入場制限がある。今も列に並んでいる人がいるはずだ。
それから私たちは城を後にして階段を使って入り口の広場に降りていく。階段の段差も微妙に高い上に踏む場所が短い。さらに急なことも相まって今にも転げ落ちてしまいそうでドキドキハラハラ。現にリコは手すりと私の腕を掴んで離さない。
「私の腕は手すりではないのですが」
「お願いシオン様、広場に着くまでっ」
「まあいいでしょう」
それならと私はリコの腕を持つ。
ちなみにユーとリョウはと言うと……
「おっ、押すなよ!?」
「誰も押しませんから」
「本当か!? 絶対に押すなよ!?」
「押して欲しいんですか」
リョウは普通に降りていたがユーはこのような場所は苦手なようで手すりをガッチリと掴み一段一段慎重丁寧に降りていた。
図体に似合わず情けない。リョウも呆れているではないか。
そして無事、広場にたどり着く。リコはなぜか私の腕を離そうとしない。むしろ体を密着させて恋人のように腕を絡めている。百合か?
「べ、別にはぐれないようにするためですから!」
リコはそう言い訳をする。ツンデレか?
一方、ユーは深呼吸を繰り返して心臓のドキドキを抑えようとしている。
そして私たちは石橋から少し外れてリヒト島の砂浜を歩く。ザーッザーッと波は穏やかで海のようだ。だが湖なので塩の匂いはしない。
すぐそこは広場で騒がしいといいのに、この砂浜は人がほとんどおらず静かだ。
私は砂浜に腰を下ろす。三人も私に続けて腰を下ろす。リコは相変わらず私の隣だ。
「サンダーバードも呼びましょうか」
ピーーーーーーーッ!
私は指笛を鳴らす。甲高い音が響き渡り、すぐにサンダーバードが飛んでくる。
三羽はリコ、ユー、リョウの頭に止まる。
「しばらくここで休憩しましょう。三羽も一緒に」
私はリコの頭に止まったファーストの喉を撫でる。ファーストは気持ちよさそうにクルクルと喉を鳴らす。
私は変装用の帽子と眼鏡を外し後ろに倒れ込む。
見上げれば透き通った青色の空。
耳をすませば波の音。
肌を撫でるのは穏やかな風。
兄さんが見つかったことの安心か、はたまた意外と疲れていたのか、私は次第に微睡み始め、少し遅めの昼寝とする。
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