第5話 二度あることは三度ある

 ミーツェとアイシャの誕生日パーティーから数週間が経った今日。

 空は一面の曇り空。今にも雨が降り出しそうだ。

 そんな中僕は一人で街に買い出しに出ていた。使用人寮の料理を担当する人から今夜の夕食の食材が足りないらしく、たまたま近くにいた僕に買い出しを頼まれた次第である。


 誕生日パーティーの日の買い出し以降、僕は何度か買い出しに同行するようになった。

 だから今回の買わなければならない食材の店への道順は迷うはずもない。


 今にも雨が降り出しそうだからか大通りの人通りは少ない。

 僕は珍しいなと思いながら店へ向かう。

 そういえば、と僕は先日の新聞を思い出す。

 それは『冒険者シオン、ソロで迷宮都市イヒンズの大迷宮を完全攻略!』というものだった。世界を見てもかなりの偉業らしく、新聞の一面を使って大々的に報道されていた。

 問題はそこではない。偉業を成した人の名前だ。


 シオン――。

 シオンといえば僕の妹の紫苑。しかし本人かどうかは分からない。紫苑という名前は少なからずいるだろう。だから紫苑という証拠にはならない。そもそも本当に僕の妹の紫苑だったならば紫苑は死んだ、ということになる。それは僕は認めたくない。


 そのシオンは王都を目指しているという。だからここを通るときに会えたら会ってみるのがいいだろう。

 ルナ様も一度会う予定だそうだ。冷や汗を流していたが大丈夫だろうか。

 そんな時、一台の黒い馬車が大通りを走っていく。公爵家が所有している馬車だ。


「……」


 一瞬、馬車の中にいる女の人と目が合う。ほんの一瞬だったが怪訝な顔をされ目を逸らされる。

 僕が奴隷だと思われたからだろうか、それとも獣人族だったからだろうか。

 それでもどちらにせよ僕には関係のないことなのでそのまま店に向かう。

 僕は必要な食材を購入し(おまけももらった)、紙袋を抱えて屋敷へと戻る。

 大通りを抜け小道に入る。


 何か嫌な予感がする。

 ここ妙に静かだ。

 僕は早歩きで屋敷に戻る。


 そんな時――


「むぐっ!?」


 ――僕は後ろから口元をハンカチのような布で抑えられる。睡眠薬か麻痺薬でもあるのか僕はすぐに意識が朦朧とする。

 そういえばと今朝の新聞を思い出す。それは一人の少女が行方不明になったというものだった。最近そういった少年少女の行方不明事件が相次いでおり領兵が行方を探しているが一向に見つけられない。もしかするとその事件の誘拐犯かもしれない。

 僕は抵抗もろくにできないまま意識を闇に落とす。


 ◇◇◇


「ん……んぅ」


 意識が覚醒する。

 僕はすぐに周りの状況を確認する。

 僕は今、手が背中側に布で縛られており解けない。足にも同様に布で縛られており解けない。僕は転がることしかできない状況だ。

 周りはといえば地下なのか明かりが松明一つしかなく薄明るい。壁三面を石壁に囲われており一面は檻なので地下牢だろうか。

 僕は冷静に状況を確認する。


「ぐすっ、うぅ、お母さんお父さん……」

「うわぁーん、誰か助けて」


 声がした方を振り向くと、牢屋の隅の方に僕と同じように手足を縛られた少年少女たちがいた。おそらく連日の行方不明となっている子たちだろう。

 その子たちは手を前側で縛られているだけで足は縛られていなかった。抵抗が弱いので不要とされのだろう。


(これは一体どうすれば……)


 僕はこの状況をどうにかすることができない。手も足も縛られている。魔法の詠唱はできるが僕の使える魔法は火属性。石で囲まれた地下牢で使っても意味がないし、むしろ危険だ。

 僕の打つ手は一つもない。


(でも僕が中々帰ってこなくて誰かが探しに来るだろう。ミーツェが僕を匂いで追えばここにたどり着くはずだ。僕は大人しく待っていよう)


 結論に至り僕は押し黙る。

 でも、子供たちが泣いているので声をかけて慰める。


「大丈夫? 怖いよね。たぶんもうちょっとで助けが来るはずだから」

「……ほんと?」

「うん、本当だよ。だから静かに待ってよう?」

「うん、分かった」


 たまに孤児院の子供たちの世話をしていたことが幸いして子供たちは泣き止んだ。

 僕は子供たちとお喋りをしたりして助けが来るのを待つ。


 ◇◇◇


カツンカツン


 どれほど経ったか。数十分、一時間。分からないが誰かが地下牢に降りてきたようだ。

 一瞬助けかと思ったが匂いが嗅ぎ慣れた匂いでないので誘拐犯だろう。


「よぉ〜、ちゃんといるかぁ〜?」


 染めたのかピンクの色の髪をした派手な格好の男が一人やってきた。

 男は牢の中を確認する。


「よぉし、いるなぁ〜」


 全員いたことを確認した。

 すると男は僕がいる牢の鍵を開けて僕の首根っこを掴む。

 突然のことに僕はむせる。


「ごほっごほっ」

「ついて来いぃ〜」


 男は僕の首根っこを掴んだまま牢屋を出て僕を連れ出す。

 階段を上がりとある一つの部屋に入れられる。


「そこで待ってろぉ〜」


 男はそう言い残して、すぐに部屋の扉の鍵を閉めてどこかへ行った。

 少しすると別の男が鍵を開けてやって来る。


「ひひっ、あいつこんな面白いおもちゃをくれるなんてな〜」


 男は、というより老人は、ハゲ散らかした頭、白い髭を携え、白衣を纏っていた。

 老人は僕をベッドに横たわらせ、僕の手足をベッドに縛り付ける。

 そして部屋の壁のほうに行きカチャカチャと音を鳴らす。


「え……」


 僕はやっと気づく。ここの部屋の壁一面に何かの器具や瓶があることに。

 もしかするとこの部屋はこの老人の研究室のようなものかもしれない。

 真実はすぐに告げられた。


「ここは儂の研究室兼実験室。儂の知識を満たすために作られた部屋じゃ」


 老人はそう言いながらも器具の準備をしている。


「お主は実に面白いスキルを持っておるのぉ。【自動再生】だったか? それがあれば死にかけでもいずれ治るのだろう? まさに儂の実験をするために生まれたスキルだ」


 僕はただ老人の話を聞く。


「今までできなかった実験をするために奴らからお前を買ったのだ。簡単に死んでくれるなよ? ヒヒヒッ」

「…………」


 老人は注射器を手に僕の側にやってくる。


「まずはこれからいこう」

「いや……やめて……いや……」


 僕は手足をベッドに縛られているためろくに抵抗ができない。それでも僕は体を揺らして抵抗しようとする。

 しかし老人は僕の手を押さえつけ注射器を当て――


「あっ――――」


 ――中の液体を注入する。


「――――ッッあ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そしてすぐに全身を激痛が襲う。

 耐えがたい痛み。

 今まで受けた痛みとは一線を画す痛み。

 絶叫を上げる。上からも下からも液体を流す。

 それすら気にしないほどのたうち回る。


「ふぅむ、これは失敗か。落ち着いたら次だ」


 そんな老人の声すら理解できないほど苦しみもがく。


 それからも僕の絶叫が部屋に響いた。


 ◇◇◇


 どれほど経っただろうか。

 一時間?

 それとも一日?

 分からない。分からないけれど永遠と感じるような苦しみを受けた。

 そしてまだ誰も助けにこない。


 僕はとっくに抵抗もできずただ激痛を受け入れるしかなかった。

 どれほどこうしていればいいんだろう。

 ルナ様の元で幸せになれたはずなのに。

 どうしてこうなったんだろう。

 やっぱり僕はこうなる運命なのだろうか。

 まだ僕の償いは足りないのだろうか。


「さて次はこれだ」


 老人はそう言ってまた注射器を取り出す。

 中には黒い液体が入っていた。


「これは魔力活性化液体。これを体内に入れればすぐに魔力暴走を引き起こす。もしこれを魔力の持っていない獣人に入れたらどうなるのだろうなぁ」


 彼は知らない。

 僕が忌子で、獣人族には珍しい魔力持ちだと言うことを。


「――め、……それ、は……」

「う? 聞こえんな」


 拒否しようとするも口が回らない。

 もしここで魔力暴走が起きれば地下にいた子たちも巻き込まれてしまう。

 僕はなけなしの抵抗をする。

 しかし抵抗虚しく――


プスっ

チュー


 ――液体を注入される。

 そしてすぐに体内で魔力が暴走するのを感じ――大爆発を引き起こす。


ドッガーーーーーーーーーーンンッッッ!!


 僕は大火傷を負い重症だが【自動再生】ですぐに治っていく。

 一方、老人は跡形もなく消え去り、建物は崩れ瓦礫が街に降り注ぎ、地下牢が露わになる。

 地下牢だった場所には隅の方で蹲る子たちと頭から血を流している子たち。亡くなっているものはいないようだがそれでも怪我を負ってしまった。

 おそらく吹き飛んだ瓦礫で亡くなった人もいるのではないだろうか。


 ――全部、僕のせいだ。

 ――全部、僕が生きているから。


 僕は炎に包まれる。しかし【自動再生】によって怪我しては回復を繰り返し一応無事。

 次第に人が集まる。


 野次馬、兵士、屋敷の使用人たち、そして冒険者たち。


 僕はここで殺されるのだろうか。

 うん、それがいい。

 僕はここで死ぬ運命なんだ。

 きっと、そうだ。


 僕は兵士や冒険者たちに殺されることを覚悟する。

 しかし――


「兄さんっ!!」


 ――一人の冒険者の声が聞こえた。

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