第4話 犠牲
現在、三十階層。
三十階層のボスは亜龍だった。亜龍とはワイバーンのような龍に近い魔物だ。龍ほどではないが人間からすれば十分に強い。空を飛び火を吹き、硬い鱗をもち圧倒的な力を持つ。そしてその巨体ゆえに広いボス部屋も狭く感じてしまう。
そんな亜龍が三十階層のボスとは……他の冒険者が三十階層を突破できないのも理解できる。
「グルヮァァッァァァァァァァァッッ!!」
「「「「ッッ!?」」」」
ただ叫んだだけ。だがそれだけで気を失ってしまいそうになる。しかしそこは気合で踏ん張る。
こいつはヤバいっ、と本能が必死に訴える。
「いくぞっ!」
僕は『獣化』と『守護』を発動する。
そして亜龍に向かって走り出す。
斬りつける、殴る、炎の爪でひっかく。
様々な攻撃を加えるが、亜龍の硬い鱗に阻まれる。
そして翼を羽ばたかせただけで壁際まで吹き飛ばされる。
それからも攻撃をしていったがかすり傷一つ付けられないでいた。むしろこちら側が傷をつけられていた。
「ご主人様っ! 少し時間を稼いでくださいっ、大きいのを撃ちます!」
「了解だっ」
僕は大きい魔法を放つため、意識を集中させる。
「『炎はすべてを燃やし 業火は悪しき者を断罪する 天におわす炎の神 地におわす炎の精霊 汝に断罪の火柱を立てん』『柱炎業火』」
亜龍の足元に大きな魔法陣が浮かび上がる。
そしてアルヴ様とトール様が離脱した直後、魔法陣から巨大な火柱がたつ。
火柱は亜龍に直撃しその巨体を飲み込む。
「グアァァッッ!! グァッ! グァ……」
亜龍の苦悶の声が聞こえる。
やがて火柱が徐々に縮小していきついに消える。
残されたのは鱗のほとんど全てが炭化し、翼は焼け焦げ虫の息の亜龍だけだった。
「チャンスだっ。一気に攻め込むぞっ!」
トール様が声を上げると同時に、僕とトール様は駆け出し、ルーシャ様とゼシア様は魔法の詠唱を始める。
「『炎奏乱舞』」
「『阿修羅』」
あれほど硬かった鱗がボロボロと壊れていく。
あと一息。そんなところで悲劇は起きた。
ガラガラガラッ
僕の魔法や今までの攻撃に耐えきれなくなったのか床や壁の一部、天井の一部が崩れ落ちる。瀕死の亜龍は羽ばたくこともできずに深い闇の中へと消えていった。
僕は即座に走り出し俊敏性のないルーシャ様とゼシア様の元へ行き助け出す。
僕は二人を抱きかかえて壁際まで向かう。
そして一部の足場だけを残して崩壊は止まった。
僕たちはなんとか壁際まで走り崩壊に巻き込まれることはなかった。しかし無事な部分は人一人分の幅しかなく、足を滑らせればすぐにでも落ちてしまいそうだった。
ボスを倒したとみなされたのか次の階へ進む扉が開かれる。
しかし今はそれどころではない。落ちてしまえば一貫の終わりだ。
出口の扉の方が近いためそちらにゆっくりと進む。
危ういところもあったがなんとか扉のところまで来ることができた。
「あと少しだ」
「はい」
アルヴ様が先についていたのか手を差し伸べる。
僕はその手をつかんでしまった。
「えっ……」
僕は掴んだ手をそのまま穴の方へ引っ張られそこの見えない穴へと落ちていく。
「全部お前が悪いんだ。奴隷のくせに、出しゃばるから……」
徐々に遠ざかってゆく光を僕はじっと眺めていた。
そっか、死ぬんだ僕。
僕はなぜか落ち着いて考えていた。
亜龍も落ちて討伐判定されたのだから、落ちてしまえば死ぬのだろう。
僕は走馬灯を見ていた。
長かった。
前世ではずっといじめられて、紫苑を守れずに死んで。
今世では家族を見殺しにして奴隷になって。
ろくでもない人生だった。
やっと、終われる。
そう思い目をゆっくり閉じようとすると――
「カグラ君っ!!」
ゼシア様が自ら穴に落ちて僕に手を差し伸ばしてくる。
彼女も咄嗟に飛び降りていたのだろう。一瞬、顔に恐怖が浮かんだが、すぐに消えて、僕を守るように抱きついてくる。
そして視界の端には、アルヴ様が呆然としていたトール様とルーシャ様を剣で襲う姿が見えた。
◇◇◇
俺はここでやらなきゃチャンスがないと思ってカグラを穴に落とした。
元々、あいつが奴隷のくせに俺より目立つからだ。あいつの自業自得だ。
俺は暗い暗い穴を覗く。
一緒に落ちていったゼシアも小さく見える。
「ははは……」
奴隷を殺すことは法で取りしめられている。
奴隷は本来、身の回りの雑用や荷物持ちをさせるために特別に認められている。ただ犯罪奴隷なら自由に使っていいが、普通の奴隷の場合は故意に暴力を振るったりすることは許されない。
あいつはすぐに治るから今まで武力を振るってもバレなかった。
でも今回のはバレる。
そうだ。ボスとの戦いで逃げ遅れて落ちたことにすれば……
それなら目撃者も殺せばいい。
俺は未だに呆然としていたトールとルーシャを見やる。
「あなたっ、なんてことをっ……え」
そして剣で突き刺す。
ルーシャは口から血を吐いて倒れ込む。
そのまま剣を抜き、トールも刺し殺す。
血を流している二人を見て俺は逃げるように扉の先へ走っていった。
◇◇◇
穴に落ちてしばらく経つ。
すでに光も届かないほど深くまで落ちたのだが、底はまだまだなようだ。
「ゼシア様、なんで僕を助けようとしたんですか」
「ん? さあなんでだろう。つい守らなきゃって思って」
「僕は奴隷ですよ。守るべきなのは僕の方です」
「私にとったらカグラ君は子供だよ。奴隷じゃない」
「……」
「私ね、カグラ君と冒険できたこと楽しかったんだよ。またあんな冒険したいなぁって。それでね、ここでカグラ君を見捨てたら後悔するだろうなって思って、つい飛び出しちゃった」
「ついって……」
「でも最後がカグラ君と一緒で嬉しいよ」
「ゼシア様……」
僕とゼシア様は恐怖を打ち消すように深く抱き合って、来たる衝撃に備えて、静かに目を瞑る。
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