第3話 絶望

 ご主人様が帰ってきた。


 僕は地下牢で待っていた。

 ご主人様は帰ってきてすぐに地下にきたのか、服が少し高そうだった。


 ご主人様はそのまま着替えることなく、剣を手に取り僕を斬りつける。


「いっ、ああぁぁぁぁっぁぁああぁっぁぁあっぁぁ!!」


 肩に深い傷ができる。

 久しぶりの痛みで余計痛く感じる。


「くそっ、あの小娘がっ」

「あがっ、うぐっ」


 どうやら恋をしていた人に振られたのかもしれない。

 ご主人様は八つ当たり気味に僕を痛みつける。


 手、足、腕、お腹、胸、舌、目、猫耳、尻尾。

 至る所を切られたりえぐられた。


 もう少しで死に至るところで終わった。

 ご主人様は僕に気にかけることなく、剣を投げ捨て戻っていった。


 そして使用人が後片付けをする。今日はサリーさんだった。

 何も見えないが匂いで分かった。


 彼女は僕と話したことは嘘だったかのようにテキパキと片付ける。それが彼女なりの自己防衛なのかもしれい。



♢     ♢     ♢     ♢     ♢


 3日空き、ご主人様がまたきた。

 前の時よりかはマシだが今までよりは激しかった。


 終わればまたサリーさんが片付ける。


 その日からは毎日、サリーさんが僕の担当になったようで毎日来ていた。しかし前のように楽しく話すことはなくロボットのようだった。


 しかし、ある日彼女は来なかった。

 次の日、いつものが始まる前にご主人様が僕に話しかける。


「なあ、あのメイド、名前は何だったかな……ああ、サリーだ。あいつが来なくなった理由、知ってるか?」


 知るわけがない。

 まさか……


「おっ、だいたいの察しはついたようだな、そうだ死んだよ。いや殺されたと言った方が正しいか?」


 僕は絶句する。


「あいつの最期はなぁ、最高だったよ。私に犯されて刺されて焼かれて。あの顔は良かった」


 僕は言葉を失う。


「だが終始、お前の名を呼んでたなぁ、「カグラ君、ごめんなさい」ってな」

「なんで」

「ん? そりゃあいつがお前に勝手なことしたからに決まってるだろ。他の使用人に聞いたがあいつ、お前の耳とか尻尾に触ったらしいな。だから罰を与えたんだ」


 僕が触らせたから、僕と関わったからまた……


「おい」


 ご主人様が使用人に指示を出す。

 そして商人が何かを抱えて持ってきた。それは――


「ほしいか? あいつの首」


 ――サリーさんの顔だった。切ってから時間が経っているのかそれとも魔法で焼いたのか、首からは血が垂れていなかった。


 ぐちゃぐちゃになった髪。痣だらけの顔。口元には血。片方の眼球がなく、笑顔が素敵だった彼女は見るも無惨なものに変わっていた。


 僕は見ていられず涙を流しながら俯く。


「そうだなぁ、おいそこに置いておけ」


 ご主人様は色々な道具が置いてある棚の一画に首を置くように言い、使用人は何も言わずに行動する。


「よし、このまま腐るまで飾っておくか。まあ防腐処理をしたから長くなるが」


 僕はただ謝っていた。

 紫苑のように、今世の両親のように、ミーツェのように、また、僕に関わったせいで不幸にさせてしまった。

 だから関わるなと言ったのに、僕が無視してれば、僕が生きてなければ、こんなことには……

 僕はやっぱりいらない子だ。


「さていつものをやるか」


 ご主人様はそう言って、僕を痛めつける。



♢     ♢     ♢     ♢     ♢


 僕は夢を見た。


『カグラ君っ、私が死んだのはカグラ君のせいじゃない。あいつのせい』

「……でも僕と関わったから」

『私はカグラ君と関わったこと後悔してないよ。カグラ君との毎日はとても楽しかった。屋敷の中に私と話すひとなんていなかったから』


 死んだはずのサリーさんがうっすらと見える。


『私決めたっ。カグラ君の守護霊になる。なにかあった時に守るから』

「守護霊?」

『そう。でも、私、力ないから、奴隷から解放するようなことは無理だけど、命に関わる時は全力で助ける。結局、私がカグラ君を助けるっていう約束は守れなかったけど、これならできるかなって』


 サリーさんが徐々に消えていく。


『私はずっとカグラ君のそばにいるから。大好きだよっ、カグラ君』


 サリーさんが見えなくなった。

 そして僕の心が少し温かくなった気がした。


♢     ♢     ♢     ♢     ♢


 目が覚める。

 毎日と変わらない地下牢の壁が目につく。


 起き上がることは出来なかった。

 手足を見るとなにもなかった。これが『だるま』というやつだろうか。

 あたりを見回す。なにも変わらぬ暗い部屋。


「ッッ」


 棚には僕を見ているように置かれたサリーさんの顔。

 僕は目を背けてまた眠りにつく。起きていたところで手足がなければなにもできないし、サリーさんの顔を見たくない。


 そうして僕はまた眠りにつく。


♢     ♢     ♢     ♢     ♢


『兄さん』『カグラ』『カグラ君』


 紫苑、ミーツェ、サリーさんが僕の前に現れては恨むような顔をして消えていく。


『カグラ、お前のせいだ』『お前さえ産まなければ』『お前さえ生きてなければ』


 村で殺してしまった人たちも僕に恨み言を言って消えていく。もちろんお父さんお母さんもだ。


『兄さんのせいで私はっ――』

『カグラのせいでお母さんがっ――』

『カグラ君のせいで私がっ――』


『『『殺された!』』』


 僕が生きているせいで不幸になった人たちが、僕を憎んでいる。


 僕がいじめられていたせいで犯されて殺された紫苑、事故で僕が殺してしまったお母さんっ子だったミーツェ、衝撃や炎で死んだ村の人たち、僕のために構ってくれていたサリーさん。

 僕と関わった人が皆、僕を恨む憎む呪う。


 全部、僕のせい。






 ここ最近、そんな悪夢を見るようになった。

 僕が心の底で思っていることだろう。

 僕はみんなに嫌われている。僕は運命に嫌われている。


 この前まではサリーさんがいたから生きる気力があった。

 でも今はいない。僕のせいで。



 死んだような目をしながら、痛みにもがき苦しんでの毎日を過ごした。

 それでもまだ苦しみは続く。

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