第4話 地獄の日々

 奴隷生活1年目。

 あれからずっと地下牢で過ごしている。薄暗さにも慣れ、1年は太陽はおろか外すら見ていない。


 目は暗闇でも適応して隅々まで見える。

 耳も細かい音を聞き分けれるようになり、ご主人様の足音、使用人の足音、使う道具の音を完全に判別できていた。

 鼻も良くなった。食事の匂い、ご主人様の匂い、使用人の匂い、血の匂いも判別できる。

 この1年で五感が発達したのだが無駄である。


 それに痛みにも慣れた。

 痛みに慣れたといっても痛いものは痛い。それでも最初の頃よりかは痛くはない。


「うっ…………いっ、ぐっ…………」


 また左腕と右腕を切断される。

 これで何度目だろうか。絶対に3桁は超えているだろう。


「はあ、飽きたな。声もあげんくなってきたし、替え時か? しかしこれを捨てるのももったいないし……しばらく空けるか」


 そんなことを小声で言っていたが、ばっちり聞こえている。しかしどういう意味かは分からない。


♢     ♢     ♢     ♢     ♢


 ご主人様が地下にすら来なくなり2ヶ月が経った。

 何もない時間を持て余していたので寝ていたが毎回悪夢をみる。その度に僕は謝り続けていた。


 そして僕の心にも少し変化した。


『なんで僕がこんな目に遭わないといけないのか』

『なんで誰も助けてくれないのか』


 今までは罪滅ぼしだと思っていたが次第にこう思うようになってきた。

 しかし、どれだけ助けを待っても誰も来ないのは当たり前。


 僕が物語のお姫様のように、誰かに助けられることはない。



 僕はただ、思考にふけっていた。


♢     ♢     ♢     ♢     ♢


 更に1ヶ月が経ち、ご主人様が来た。


「久しぶりだな、この3ヶ月ずっと空けていたわけだが、感覚は戻ったか?」


 ……え


「今まで通りだとつまらないからな、期間を空けて感覚を戻らせたんだ」


 ……まさか


「これでまた楽しめそうだ」

「ひっ」


 3ヶ月ぶりに腕、足、体を切られる。

 やはり感覚が戻っていたためか最初の頃のように痛みもがいていた。


「あぁぁぁっぁああぁあぁぁぁっぁっぁっぁぁあ!!」

「ははっ、効果的面だなっ」


 また腕が切られ足が切られる。

 その感覚は久しぶりで非常に痛い。


 身体中が痛い。言葉にできないほどの痛みが僕を襲う。


 今日は前よりも激しく色々なところを傷つけられた。

 猫耳や尻尾が切られたり、眼球を穿り出されたり、歯を全部抜かれたり。


 僕は次第に声を出すのも辛くなり体を痙攣させるだけになった。


「ふう、今日はここまでか、楽しかったぞ、ははは」


 ご主人様はそういうと地下を去っていく。



 手足がなく耳も尻尾も目もない。おまけに身体中傷だらけで血が溢れている。

 誰かが見れば誰かに襲われた後の死体だと認識するだろう。

 でも僕はそんな傷でも生きている。今も『自動再生』されている最中だ。


 そんな僕を見ている使用人は無表情であっても嫌な顔をしているだろう。


 それほどまで今の僕は酷い状態だった。

 今までで一番激しく、一番苦しく、一番長かった。



 それからも期間を空けては激しくするということが、たまにあった。

 痛みに慣れたはずが全身に激痛が走る。

 目がほじくられる感覚、耳を切られる感覚、尻尾を切られる感覚。どの感覚も初めてで、痛かった。


 以前に比べやる回数は減ったものの、その分激しい。

 むしろ前より辛くなっていた。


 何度、死にかけただろうか。

 何度、このまま死にたいと思っただろうか。

 何度、僕はなぜ生きているかと考えただろうか。


 痛い熱い寒い痛い苦しい辛い死にたい……


 そんな日々が毎日続いた。


 気づけば奴隷生活も2年が経っていた。


 『苦しみの数だけ幸せがある』とは嘘なのだろう。僕には苦しみしかない。前世も含めて今世も苦しみばかりだった。


 それでも少しは幸せはあった。

 紫苑といる時、先輩といる時、ミーツェと遊んでいる時、親と遊んでいた時。

 楽しかった。もっと一緒にいたかった。

 だけれども、苦しみの方が圧倒的に多かった。それに最後には僕がそれを壊していた。


 一度でいいから救われたい。

 1日でもいいから、平凡な生活をしたい。

 そう思うのはダメなのか。


 僕はそのようなネガティブ思考になり、幻覚や幻聴すらも感じるようになった。


 廃人――今の僕にはお似合いな言葉だ。


 そして今日も苦しみの日々が続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る