第2話 メイドの慈悲
手足は2日ほどで手首まで再生する。
何で『自動再生』があるのだろうか。それさえなければ……
「ああああぁぁぁぁっぁっぁっぁぁ――」
「ゴポポポポッ、ゴホッゴホッ――」
「いっ、あっ、あっ、あっ、んひっ――」
火責め、水責め、強姦四肢切断、四肢串刺し指切断……
ありとあらゆる苦痛を与えられた。
熱い、寒い、痛い痛い痛い痛い痛い。
とにかく辛い。僕は何度死にかけただろうか。
そんな生活の中、食事は1日に一回夜のみ。しかもパンとスープだけ。
これほどの地獄のような日々は初めてだった。前世なら、家に帰られば紫苑がいて休息もあった。でもここは何もない。
ただ苦しめられるだけ。
それに、火傷、凍傷、四肢欠損、骨折、打撲などなどの怪我をした。前世は痣と切り傷だけだった。
しかし、それらの傷も長くても4日で完治した。
それを見たご主人様はたいそう喜んでいた。「これならどれだけ壊してもすぐに直る!」と、騒いでいた。
それほど喜んでいたご主人様も、領主の仕事で忙しいのか3日家を空けたり1週間家を空けることもあった。
それでも僕に休みはない。
朝も昼も夜もいつも、幻肢痛でもがき苦しんでいた。ないはずの腕や足が痛い。
僕は、誰もいない薄暗い地下牢で一人、もがき苦しむ。
でもこれでいい。これが僕の断罪だから。
地下牢には、ただ僕の声だけが響いていた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
奴隷生活6ヶ月目。
ご主人様が他の領や王都に仕事で出るため1ヶ月ほど家を空けることになった。
僕は久しぶりに地下牢から出された。
暗闇に慣れていた目は日に慣れておらずとても眩しかった。
「私が帰ってくるまでの間なら屋敷内で好きに動いてて良い。ただし脱走は諦めろよ? 首輪が締まって死ぬからな。あと勝手に私の物に触ったり部屋に入るなよ? いいな」
「はい、ご主人様」
ご主人様は優しかった。
僕を地下に閉じ込めておかずに好きにさせるなんて……普通ならあり得ないことだ。今のご主人様が機嫌がいいからだろうか。「フェーゲルハイト殿、私が会いに行きますぞ」って言っている。声音からしてその女性に恋しているようだった。
他の使用人たちの顔にわずかに生気が灯った。
「お前らも勝手なことはするなよ? いつも通りしてろ。では行ってくる」
「「「「いってらっしゃいませ、ドステルト様」」」」
使用人たちの声がいつもより大きく元気に感じた。
ご主人様が護衛をつれ馬車に乗り、屋敷を離れていく。
そしてご主人様の乗った馬車の姿が見えなくなったところで……
「「「「やったー! 休暇だー!」」」」
使用人たちが互いを抱き合ったりしてはしゃいでいた。
それほどご主人様がいないのが嬉しいのだろう。ご主人様は、手を出すと客人にバレる可能性があるため僕以外には手を出していないらしいが、僕の世話をするときに見てしまうので、いない方がいいのだろう。
使用人たちがはしゃいでいる中、僕は隅の方で突っ立ていた。
(喜ばない方がいい。いつもの日常に戻ったときに辛い思いをする)
僕はそう思い、喜ばなかった。
「おい、お前! お前は地下牢で寝ろよ? ベットで寝たら汚れる」
「あと私たちに近づかないでくれる? 汚れるから」
「ああ、安心しろ。飯はサリーに持って行かせる。お前に何かあっては俺らが殺されるかもしれねぇからな」
男と女はそう言った。
男がサリーと呼ぶ女性の方を向く
「サリー、お前もそれでいいだろ?」
「ええ、もちろんです」
サリーという女性は、僕に近づいてくる。
「今まで通りご飯は持ってくから。あ、それとも私の部屋で一緒に食べる?」
「おい! 勝手に決めてんじゃ――」
「結構です。僕は汚いので。僕と関わらないでください。お気遣いありがとうございます。では僕はこれで」
サリーさんは僕に優しく接してくれるようだが、僕と関わったらロクなことにならないのでそっと断る。
僕はそのまま屋敷に歩き出す。
「ねえ、どこいくの?」
「? どこって地下牢ですが……」
「せっかくの自由なんだよ、外にいても……」
「僕には地下牢がお似合いなので」
僕には地下牢がお似合いと言ったが、他にも理由はある。地下牢のほうが落ち着くからだ。
僕は静かに地下牢へと戻っていく。
その後ろ姿をサリーさんは見つめていた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
その日の夜、地下牢にサリーさんが来た。
「カグラ君、夜ご飯持ってきたよっ、一緒に食べよ?」
サリーさんはそう言い、僕の隣の地べたに座った。
「サリーさん、汚いですよ」
「大丈夫大丈夫、私は気にしないから」
そう言ってサリーさんは自らの夜ご飯――パンとお肉、そして具沢山の野菜スープ――を口に運ぶ。
「カグラ君も食べる? はい、あーん」
「いりません」
僕は気にせずにパンを食べる。
「つれないなぁ。美味しいのに。お肉だよ?」
「いりません」
「お腹空いてないの?」
「これで十分ですので」
「じゃあスープは?」
「いりません」
「むぅー」
素っ気ない態度をとる僕に、彼女は頬を膨らませ、いかにも不機嫌だった。
僕はそのまま静かに食べ終え、横になって寝ようとする。
「カグラ君はどうして奴隷に?」
彼女も食べ終えたのか、僕にまた話しかけてくる。
「つまらないですよ」
「いいからいいから」
仕方ないので話すことにする。
僕は彼女に全てを話す。転生者であること、忌子であること。
「だからつまらないでしょう?」
「うっ、ぐすっ」
彼女は泣いていた。
「カグラ君にそんな辛い過去が……聞いてくれる? 私もね――」
聞いてもいないのに彼女が過去を話し出した。
彼女のせいで家族が村八分され親と共に奴隷にされたこと。
親と一緒に3年前、ドステルトに買われたこと。
さっき僕を汚いと言っていたのは彼女の両親だということ。
村八分にされ両親は彼女を嫌っていること。
彼女は僕に全部を話した。
「そうですか、大変でしたね」
棒読みで返したのだが、彼女は僕に泣きついてきた。
「私なんかよりカグラ君のほうが大変だよぉ」
しつこい。
「ごめんねぇ、しつこくって」
声に出ていたらしい。
「僕に構ってないで戻ってください」
僕は泣きついている彼女を押し返して戻るように催促する。
それでも彼女は離れない。
「カグラ君っ、私がカグラ君を助けてあげる……って言っても私も奴隷なんだよねぇ。でもドステルト様は私を買ったお金を働いて返せたら奴隷を解放するって言ってるし、そのときになったら私がカグラ君を買うから!」
おそらくご主人様のその言葉は嘘だろう。
屋敷のことを知る者をわざわざ解放するわけがない。解放してしまえば自分がすぐ窮地に立たされるからだ。
解放すると言って殺すかもしれない。
しかし、僕は言わない。彼女が一生懸命だから。彼女は考えないようにしているかもしれない。
「だからカグラ君、もう少し待っててね」
何年待たないといけないのか。
それから毎日、彼女は夜になったらご飯を持って話すようになった。
彼女とはいろいろと話した。
僕の前世のことや日本の話、彼女の村やこの世界について。
彼女の仕事の愚痴も聞くようになった。
数日もすれば彼女とはそれなりに仲良くなった。
そして僕は彼女のご飯も少しだけ食べるようになった。最初のうちは味がしなかったが、だんだん美味しく感じた。
そしてある日。
「ねえカグラ君、耳とか尻尾を触らせてくれない?」
「お好きにどうぞ」
「やった。君と話し始めたときから触りたかったんだよね」
「? それならその時に触れば」
「だって獣人の耳とか尻尾は大事なもので好きな人にしか触らせないって……」
「ああ、それで」
でもミーツェは小さい頃から触らせてくれているが、あれはどうなのだろうか。少なくとも僕は聞いたことがない。
もしそんな話があったとしても僕は奴隷だから関係ない。
「僕は奴隷なので好きに触っていいですよ。ご主人様に何回も切られたりしてるので」
なんともいえない空気になった。
彼女は僕を優しく抱きしめる。
「じゃあカグラ君、触るね」
「はい」
そういえばミーツェのを触った時は気持ちよさそうにしていたが、実際はどうなのだろうか。
まあ、僕は何回も切られて感覚はないかもしれない。
彼女は大切なものを触るように優しく両手で耳を撫でる。
ビクッ!
「ッッ!?」
「うわぁ、ふわふわで気持ちいい」
彼女はそのまま耳を撫で、左手で尻尾を掴んで根元から先端に向かって掴むように優しく撫でる。
「ふわぁ……あっ……うっ」
何……これ、気持ち……いい。うひっ!?
「猫耳に猫尻尾、こんなに気持ちいいんだね」
ビクビクビクッッ!!
僕はあまりの気持ちよさに果ててしまう。
「カグラ君!? 大丈夫? ごめんね、やりすぎちゃった!」
「は、はひっ……………だ、大丈夫れすからぁ、そのまま続けてっ…………」
気持ちよくって、頭がホワホワして、うまく喋れない。
何これ、ホントにこんなのしらなっ……んひっ!
彼女はケモナーだったらしく遠慮はなかった。
耳や尻尾を隅々まで撫でられ、汚いのに甘噛みをされたり、いろいろなことをされた。
そのどれもが気持ちよく、僕は喘ぎ声を上げているだけだった。
言っておくがエッチぃことではない。
「ふひゃ、また……また、来ちゃうっ!!」
「ふふふ、好きにしてって言ってたよね。もっと気持ちよくしてあげる」
「ひゃぁ、あっ……んひっ……あっ」
な、何度も言うがエッチぃことではない。
それから数十分。
僕はやっと解放された。
肩で息をして紅潮している僕と、十分堪能して肌がツヤツヤになっている彼女。
誰がどうみても、事後であった。
気持ちよかった。
気持ちよかったが、今までの地獄な中でもっとも辛かったかもしれない。
快楽地獄……恐るべし。
「ありがとうカグラ君、また触らせてね」
まだ地獄が続くらしい。
「あっ、さすがに今回はやりすぎたけど、そこまでしないよっ」
ご主人様が帰ってくるまでの間、僕は今までよりは多少幸せな日々を送った。
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