閑話 その後のミーツェ

 あいつが奴隷として村を出て行ってから1週間。この1週間はお母さんを殺された悲しみとあいつへの恨みの気持ちが交差していた。恨みの方が若干多い。

 あいつと友達になっていなければ、あいつが魔物に殺されていれば、お母さんが出かけていなければ、お母さんが死ぬことはなかったのに。全てはあいつのせいだ、あいつのせいで……

 とにかくあいつが憎い。ここ最近、自分の部屋に籠っている。友達もいない、お母さんもいない。いるのはお父さんだけ。あいつのせいで日常が奪われた。


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。


 あいつさえ生きていなければ……



 さらに1週間が経った。引きこもってばっかのアタシを見かねたお父さんがいつも通りの生活になるように、部屋から出ろと言ってきた。確かに2週間も引きこもってはいけないと思い、仕方なく部屋から出る。


 何をしようかと思い、今までの生活を思い出してみる。

 思い出したのはどれもあいつと遊んだことばかり。何であいつのことを思い出すのか分からない。あいつのことは忘れよう。

 他の思い出を思い出そうとしても思い出せない。

 確かに今までの生活を振り返ってみれば、日中はほとんどあいつと遊んだり勉強していた。家族よりもあいつといた時間の方が長かった。






 ……そうか、アタシはあいつといたから楽しかったんだ。






 アタシはあいつに恋をしていたのかもしれない。あいつといるだけで幸せだったし、あいつの……カグラの笑顔も優しさも全部好きだった。お母さんが殺されて動揺していたけど、落ち着いて考えればあいつも辛かったのかもしれない。いつ奴隷にされるかわからない日々を過ごして、アタシもあいつを拒絶して。アタシが思っている以上に苦しかったのかもしれない。あいつの、カグラの、唯一の友達の苦しみにすら気付けないアタシは、友達失格だ。


 まずカグラを助けるにはどうすればいいか。確かカグラは、「知識は時に力よりも強い」って言ってた。それなら今まで以上に勉強をしないといけない。


 お母さんが死んだのは悲しいけど、お母さんも「友達は大事にしなさい」って言ってたから。だからアタシがカグラを助ける。


 アタシはそう決意した。


♢   ♢   ♢


 あれから既に約1年。

 村中の本という本を読み漁った。商人が持ってきた本も買ってもらった本も全て読破した。

 村中の本といっても絵本や物語は論外だ。


 難しい言葉やよくわからないところもあった。その時はお父さんや村の人たちに聞いたりした。

 とにかくほとんど独学で頑張った。くじけそうになったことも何度かあったが、カグラのためだと思うとやる気が湧いてきた。


 全てはカグラのために。バカなアタシでも分かりやすく教えたあいつのために、いつも遊んでくれたあいつのために、アタシの恋したアイツのために。


 まずは村長に直訴だ。

 忌子だからと殺されたり奴隷にされるのはおかしい。忌子だって自分が望んでなったわけじゃない。それに忌子の親も何も悪くない。子供を産むことの何が悪いのか。子供が自由に生きることの何が悪いのか。

 それらを村長に聞くためにアタシは、村長に会った。


「村長、忌子だからって奴隷にしたり殺したりするのはおかしいわ!」

「…………」

「忌子だって望んで生まれてきたわけじゃない。それなのに忌子だからって奴隷にされるのは可哀想よ!」


 その言葉を言うと、村長は突如私の顔を見た。

 そして……


「お前は、忘れたのか? 忌子は危険だ。神に呪われているのだ。そんな奴を村に置いておけば、どうなっているかは前に見ただろう」

「それは……でもっ!」

「でも、なんだ。実際に被害者も出てる。もしあいつを村に置いておけば村ごと吹き飛ぶかもしれん」


 村が吹き飛ぶ。確かにそのようなことが発生するかもしれない。

 だが、これから先絶対に発生するかどうかは考えらえれない。


「だからってっ!」


 私が地団駄を踏みながらそのように叫ぶと、突如私の方に手が当てられる。

 触ってきたのは村長だった。

 村長は私の目を見て、このように言ってきた。


「恨むなら運命を恨め。残念だとは思うが、村の皆んなの命も背負っているのだ、私は。小を殺して大を生かす。これは至極当然のことだろう?」


 私はその言葉を認めることができなかった。

 生きるためには何をしても構わない。

 そんなことが認められたら、これから先も忌子が次々に奴隷にされたり殺されてしまう。


 私は村長の手を振り払うと、このように叫んだ。


「大人がか弱い子供に寄ってたかって、恥ずかしくないの!?」


 そう言った直後、村長は眉間に皺を寄せる。


「お前もいい子だったのだが、仕方あるまい。お前ら……」


 そのような言葉の後、アタシに大人達の手が伸びる。

 子供が大人の力に抵抗できるわけもなく。


「なっ、ちょっと何すんのよ! 離せ! この!」


 私は周りにいた大人たちに捕らえられてしまう。


「大人しくしろっ!」

「うっ……」


 お腹を殴られる。初めての痛みに気を失いかける。なんとか持ちこたえようとするも、またもやお腹を殴られ、気絶してしまう。

 お腹を殴られるのってこんなに痛かったんだ。



 気がつけば、牢屋の中だった。なぜアタシが牢屋に入れられるのかわからない。アタシは当たり前のことを言っただけなのに。


 しばらくして数人の大人が来た。


「お前もあいつのことが好きなら、仲良く二人で奴隷になってろ」

「ミーツェ――」


 大人たちの中にはお父さんもいたようだ。


「お父さんっ、助けてっ」

「――お前が忌子を庇うとは、心底失望したぞ」

「えっ……お父さん?」

「お父さんと呼ぶな。お前はもう私の娘などではない」

「えっ、ウソ……ウソだよね、お父さん。ウソって言ってよ、ねえ!」


 お父さんはこの場を離れていった。

 お母さんが死んだ時とは別の感情が脳を支配する。今はただ、お父さんに見限られたことしか考えられなかった。


「お前に一度だけチャンスを与えよう」


 一人残っていた男が言う。


「チャンス?」

「ああ。お前が忌子を庇った発言を取り消せば、今回のことはなかったことにしよう。取り消すならばお前の父親も今まで通り暮らすそうだ」

「そんなの……」


 そんなの、答えは決まっている。


「アタシは……」











「……あの発言が間違ってるとは思わない。お前らなんか、お前らなんかクソ喰らえ!! お父さんなんかただの血の繋がった赤の他人よ! クソ親父も村のみんなも、みんな死んじゃえ!! クソ親父の娘に生まれるんじゃなかったわ!」

「……そうか」


 その言葉を聞いていた父親は、泣き続けたらしいのだが、アタシには知ったことじゃない。


 奴隷になるのは嫌だけど、アタシが一度でもカグラを拒絶した罰だと思えばいい。

 でも、せめてアタシの純潔をカグラに捧げるまでは抵抗し続けるわ!

 そしていつかはカグラの奴隷になって、アタシの罪を償うわ!

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