第5話 奴隷に
ステータス判定から1ヶ月経ったが、まだ僕関連で事件が起きていないため僕を奴隷にというような話はない。
「魔力は感じられるけど、どう制御すれば……」
今、僕は村から離れた場所で魔力の制御に励んでいた。
なぜ、僕が魔力の制御に励んでいるのかというのは今から1週間前に遡る。
「魔力制御?」
「ああ、そうだ。お前は魔力を使えるだろ? だから魔法を使ったときに魔力が暴走しないようにするために魔力制御が必要なんだ…………って商人が言ってたぞ」
「そうなんだ。じゃあ、どうやるの?」
「え、ああ、そ、それは…………すまん、それは聞いてなかった。たぶんそういうスキルでもあるんじゃないか?」
「そんな適当な。まあ、とりあえず頑張ってみるよ」
そういうことがあって、今魔力制御を覚えようとしているのだが、一向にできない。
魔力はなんとか感じることはできた。前世のラノベを読んでいたこともあって、身体の中を流れているものを感じ取れた。ラノベは本当に便利だ。
しかし本題はそこから。その魔力をどう操り制御するか。全く分からない。村には当然ながら魔法に関する本はない。魔法が使えるならば殺されるか奴隷にされるか、だからだ。なので勘でやるしかなかった。
「おっ、こんな感じか?」
何か掴んだ気がする。
「おお、こうすれば………………あ、やばっ」
ようやく魔力を操り制御することができた。しかし、膨大な魔力を魔力を初めて操ることができた僕が完全に制御できるはずもなく、魔力が暴走してしまう。もし、ここで魔力が暴走してしまえば大爆発が起きてしまうだろう。
急いで抑えなきゃ、大変なことに……
しかしどうすることもできなかった。
魔力を完璧に操れたならば暴走してもすぐに抑えられただろう。だが、僕は今操れたばかり。
何が言いたいのかというと……大爆発は必然だ。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!
大地を、大気を、震わせるほどの轟音があたり一帯に響き渡る。それと同時に爆炎も空高くまで捲き上る。一瞬遅れて衝撃波も広がっていく。
僕は『自動再生』があったためやけども即座に回復される。辺りを見回すと、衝撃で半径100メートル以上は消し飛びクレーターもできていた。川も木もその場にあった何もかもが消えていた。
万が一に備え、村から大分離れた場所でしていたが、村の一部が余波で消し飛んでいた。
やばい、今までは何もなかったから奴隷にされなかったのに、こんなことをしたら奴隷にされてしまう。最悪殺されてしまう。
でも、もう手遅れだ。
ドサッ
「あれ?」
僕はその場に倒れてしまう。少し気持ち悪い。おそらく魔力がなくなったのだろう。魔力がなくなれば魔力酔いで気を失うと聞いた。
どうしようこのままじゃ本当に奴隷に……でもこれは自業自得かな。ごめんなさい、お父さんお母さん。
そこで僕は意識を手放した。
♢ ♢ ♢
少し周りが騒がしい。
目を開け周りを確認すると、目の前にはボロボロな身体で横たえられているお父さんとお母さん。そして僕と両親を囲むようにして立っている村の大人子供。村中の人たちが集まっているようだ。
中にはミーツェとミーツェの父親がいた。彼らはただ遠巻きに僕らを眺めていた。
「お父さん! お母さん!」
ガシャガシャ
お父さんとお母さんに近づこうとしたが手足が鎖に繋がれていることに気付く。手足を鎖に繋がれていては近づことができない。
「カグラ、お前のせいで村の仲間が7人亡くなった。お前は奴隷になってもらう。最初は無残に殺してやろうかと思ったが、お前を売ったほうが金になる。それに復讐はすぐ終わらせるより長く苦しませたいからな。まあ精々主人に乱暴に扱われて死ね」
村長が淡々と言う。
僕は奴隷にされるらしい。殺されるよりはマシ……なのだろうか。
「それとお前の両親だが……お前ら」
数人の男が斧や鍬を持ってお父さんとお母さんに近付いていく。まさかと思い出来るだけ邪魔をしようとするも――
「大人しくしろっ!」
「うぐっ!?」
――後ろにいた男にお腹を蹴られてしまう。
ミーツェに助けを求めようと視線を合わせる。ミーツェも僕のお父さんお母さんとは仲が良かった。だからミーツェなら助けてくれるかもしれない。そう思っていたが、ミーツェは僕と目が合うと体を震わせ彼女の父親の後ろに隠れてしまう。
怯えて……いる?
「ミ、ミーツェ?」
「ッッ!? ア、アタシのお母さんを返してよ! 化け物! 人殺し! お前を友達だと思ってたアタシがバカだったわ! もうアタシに話しかけないで!」
亡くなった7人の中にミーツェの母親もいたようだ。
「ミーツェ……」
「話しかけないでって言ってるでしょう! さっさと死んじゃえ!」
今までのミーツェとの思い出がガラガラと音を立てて壊れた。
今まで友達のとの字もなかった僕の最初で唯一の友達が僕を拒絶した。
ショックだった。一緒に遊んできた友達が僕を化け物、人殺し呼ばわりして拒絶する。
それは僕の心を壊すには十分すぎるほどだった。そこにさらに追い討ちをかけるように――
「お前ら……殺れ」
村長の一言、たった一言が合図となり、斧や鍬を持っていた男たちが僕の両親を殺しにかかる。
腕や足を切断されない力で切られ赤い血だまりが徐々に広がっている。
切られている間はお父さんとお母さんの苦悶の声や切られる音、血が吹き出す音が聞こえる。
最初は抵抗していたものの徐々に力を失っていく。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
僕はただ謝ることしかできなかった。今の僕の顔は血と涙でぐちゃぐちゃになっているだろうが、そんなことは今はどうでもよかった。
僕は、もうお父さんとお母さんの苦しむ姿は見たくないと俯いていたのだが、後ろの男に髪を引っ張られ無理矢理見せられる。
「カグラ、守ってやれなくてすまん……な」
「カグラ、強く生きるのよ……」
お父さんとお母さんは僕に遺言を残して息絶えた。
「はは……ははは……ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
僕の心は完全に壊れてしまった。
僕の自業自得でミーツェに拒絶され、僕のせいで親が殺され、これで壊れないほうがどうにかしている。
全ては僕のせい。僕が生きていなければ、僕が転生していなければ、村の皆んなもミーツェの親も幸せに暮らしていたのに。僕が生きていなければ、木から落ちたときにミーツェを守って死んでいれば、森で魔物に殺されていれば。
全部、僕が生きていたから。
この世界に転生して、勇者にはなれずとも平穏に何事もなく暮らしていければ、それで十分だった。ミーツェと一緒に暮らしたい。ミーツェと結婚して子を成して、子供と楽しく
でも、それは叶うはずのない妄想だ。僕なんかが幸せになれるはずがない。普通に暮らせるはずがない。前世――友達だと思っていた女子に裏切られてつい女の子を殴り飛ばしたりした時、いじめられていた八つ当たりでいとこの小学生に一度暴力を振るった時――の、断罪だろうか。
いじめれて死んだのに 今世ではこんな酷い思いをして、まだ僕の罪は赦されていないのだろうか。
世界が憎い。神が憎い。僕を転生させた、僕を生かした全てが……………………憎い。
僕さえ…………生きていなければ…………
「お前ら、早く捕らえろ!!」
また魔力を暴走させられると危惧した村長が男たちに指示を出す。
後ろにいた男に気絶させられ、どこかに連れていかれた。
♢ ♢ ♢
目を覚ます。辺りは薄暗く木でできた檻が見える。村に牢屋がなかったので簡易的に作ったのだろう。檻に使われている木は、大人でも切るのに時間が掛かる木だ。その木の特徴である黒色ですぐに分かった。
大人が道具を使ってやっと切れる木が、忌子の僕が壊せるはずもない。元々、壊すつもりなど毛頭ないが……
牢屋の大きさは、だいたい2メートルか3メートル四方の箱だろう。僕は今、足を鎖に繋がれ牢屋の中でしか動けず、服はボロボロなものに変えられていた。牢屋が森の中にあるせいか、少し肌寒い。それでも前世の最期に比べればどうということはない。
あれから2週間が経った。
大人は毎日一食だけくれるが、食欲がないために三日に一度食べるか食べないかだ。そのせいで2週間前より痩せこけていた。
僕は牢屋の隅の方で無気力に座っていた。監視役が暴言を吐くことも慣れた。
そんな2週間の間で僕はあることを決意した。
僕はもう
僕のせいで死んだであろう妹、つい殴り飛ばしてしまった女子、八つ当たりをしてしまったいとこに贖罪する気持ちで。
たとえ暴力を振るわれたり殺されたとしても、それが僕の人生をかけた贖罪として僕のせいで不幸になってしまった皆んなに向けて伝わってほしい。
♢ ♢ ♢
さらに1週間が経ち商人が来た。この商人は調味料から雑貨まで幅広いものを扱っていて商館では奴隷も扱っている。そのためこの商人に売ろうと話が決まったのだ。
3週間ぶりに外に出る。出るというより出された。まあ牢屋も森の中にあったので外といえば外だったのだが、それは今は置いておこう。
森の中を少し歩き村に到着し、商人の前に投げ出される。
「ふむ、この子だったのか、忌子は。まあいい」
この行商人は以前に何回も来ているので顔見知りだ。しかしさすがは商人といったところか、私情を挟まずに査定をする。
「獣人……猫人……白髪……中性的……忌子……」
商人は次々と僕の特徴をあげていく。
しばらく考え込んだ後、僕の値段を口に出す。
「つい先日、とある子爵様から獣人の奴隷が欲しいと言ってましてね……その獣人の条件に当てはまるので高くつきますよ。これはだいたい、白金貨5枚ですかね」
「おお! そんなに高いのか!」
「ええ、子爵様がいくらでも払うとおっしゃってまして」
白金貨5枚。おおよそ日本円にして5000万円。
この世界の硬貨は下から、銭貨(1円)、鉄貨(50円)、銅貨(100円)、大銅貨(1000円)、銀貨(5000円)、大銀貨(1万円)、金貨(10万円)、大金貨(100万円)、白金貨(1000万円)だ。
白金貨が5枚もあれば働かなくても10年以上は暮らせるだろう。そんな大金をだせる貴族も貴族だが、商人も商人である。まあ、貴族からすれば安いのかもしれない。
それから大人たちは契約を交わし、お金は商人がまた来た時に払うことが決まった。
僕は商人に引き渡される。それから色々――商人が魔道具に入れて持ってきた商品の購入など――あって、商人は出発することになった。森の中は馬車が通れないので森の中を通っている道まで歩くのだ。それから護衛と合流して馬車で再出発するそうだ。
「では猫人族の皆さんまた1週間後に来ますので」
「ああ、わざわざありがとう。それとカグラ、精々苦しんでから逝けよ?」
僕は村長の言葉に小さく頷く。
ミーツェは当然のことながらこの場には来ていなかった。
こうして僕は奴隷への一歩を進んだ。
♢ 閑話 ♢ ♢
村を出て小一時間、そろそろ道に出るそうだ。
「なあカグラ、お前は本当に奴隷でいいのか? それに子爵様は悪い噂が絶えない、殺されるかもしれないんだぞ?」
「構いません、僕は……奴隷ですから」
「なあお前はまだ子供なんだ、わがまま言っていいんだぞ? 私がどうにかしてやる」
「僕は転生者です。前世は16の時にいじめられて死にました」
「そ、そうだったのか」
「もう……疲れたんです。僕が生きていたって周りの人は不幸になるばかり。そのせいで僕が傷つけた人も多いんです。それなら奴隷として死んだほうが、皆んなのためになりますので」
「…………カグラ」
商人には僕はもう生きることを諦めていると悟ったのだろう。
それから道に出るまでは木々や動物の音だけが聞こえた。
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