第2話 転生

 11月に入り徐々に冷え込んできたこの頃。

 夏休み明けから早々、いじめられた。今や服を脱げば生々しい傷しか見えない。紫苑が一緒にお風呂に入ろうと誘ってきたときは本当に危なかった。危うく紫苑に迷惑をかける所だった。紫苑だけは幸せになってもらいたいから僕が紫苑を守らないと。


 11月のある日。いつものように放課後――僕は委員会があったのですでに日が沈みかけている――に、初めていじめてきたグループに学校裏に呼び出された。家で紫苑が待っているから早く帰りたいんだけどと思いつつ、逆らえないので学校裏に向かう。逆らえば妹もいじめると脅しているからだ。


 学校裏にはすでに最初のいじめグループだけでなく元月城瑠奈様に愛され隊の数人がいた。いつもと違う。逃げなきゃ、と思った頃には時すでに遅し。背後にはいじめグループが回り込み逃げないようにしていた。いま、僕は十人ほどに囲まれ、ジリジリと近づいてくる。もう逃げ場はない。恐怖で身体を震え、足がすくむ。


「よっ、今日は遅かったじゃねーか」

「きょ、今日は委員会があって……」

「だから私も言っただろう」

「そうだったか? まあいいや。今日はなぁ、他の奴も呼んだんだ。今までローテーションで回してたが我慢できなくてよぉ。ま、さっさと始めるぞ。お前に逃げ場はねえからな」

「ひっ、や、やめ――――――ッッ!?」


 鳩尾みぞおちを思い切り殴られる。一瞬、息が止まり何も見えなくなる。そして身体が平均より小さいために、殴られた勢いで背後にいた人にぶつかる。

 ぶつかった人に襟を掴まれ持ち上げられる。息がしづらい。


「なあ、もう殺さねえか?」

「殺したらさすがにヤバイだろ」

「でもよぉ、こいついるだけでムカつくし。こんな女見てえな男なんて好きな奴いねえだろ」

「こいつの妹ブラコンだったよな」

「あぁーそうだったか。なら妹もヤろうぜ。あいつ可愛かったしよ」

「ならこいつ殺して、妹もヤってから殺すか」

「よし、そうと決まりゃ気がすむまで殴るか。顔も殴って良いんだろ?」

「ああ、これが最後なら良いぞ」

「じゃあ、さっさと始め――」

「お……願い、妹……だけは……」


 せめて妹だけはと、声を振り絞るも――


「あ? 道具が俺たちに口出ししてんじゃねえよ!」

「がはっ!?」


 ――無意味だった。


「お前はなぁ、俺たちの道具なんだからよぉ、黙って聞いてりゃいいんだよ!」

「うぐっ!!」

「使い道のないお前をわざわざ俺たちが使ってんだ、感謝しろっ!」

「あぐっ!!」


 鳩尾、顔、手、足を殴り蹴られ踏みつけられた。


「はっはっはっ。せっかくのかわいい女顔が醜い顔になってんぞぉ。おらっ!」

「ッッ!!」

「お前なんかが月城先輩と仲良くしてんじゃねえよ!」

「痛ッ!!」

「お前の存在自体がムカつくんだよっ!」

「うっ!!」

「お前なんか生きてこなければよかったんだっ!」

「おぐっ!!」


 殴られ蹴られ、切り傷に大小様々な痣などの傷がみるみる増えていく。

 痛い……苦しい……

 ボロボロになったところで着ていたものを全部脱がされる破り捨てられる。今までに付けられた生々しい傷が露わになり、冷たい空気が肌に触れる。


「おいおい、こんなに傷があったのか。ま、そりゃそうか。そこしか殴ってねぇしな」

「ほら喉乾いただろ、水やるよ」

「おいおいお前、優しすぎかよ」

「ま、俺って誰にでも優しいからな」

「や…………やめっ…………」


 そういうとバケツに入った水をかけられる。


 バシャァァァァ!

「!? ゴホッゴホッゴホッ!!」


 冷え込んできた今の時期に全裸で冷たい水をかけられれば凍死するだろう。僕はもう身体何一つ動かすことが出来ないのでこのまま放っておけば、僕はいずれ死ぬだろう。こいつらは僕を殺すと言っていたので死ぬことは確実だろう。

 それでも彼らは止めず殴る蹴るが再開された。


「おらっ!」

「死ねっ!」

「もっと鳴け!」

「――――!」


 もはや、何を言っているかも分からなくなってきた。

 ここまで殴られたために、肋骨や腕、足などの骨が折れているだろう。

 痛い……苦しい……辛い……熱い……寒い……早く死にたい。……でも紫苑を残して死ねない。でも、紫苑も殺すって言ってたし、このまま死んで楽になれば………………ッッ!!

 今何を考えた? 紫苑が死んでもいい? いいわけない。だからといって今の僕じゃ何もできないし。せめて僕に力があれば、自分と紫苑を守れたのに。


『…………承……ま……た』

(? 今、のは?)

「おら、死ねっ!!」

「あがっ!!」


 サッカーボールを蹴るように、思い切り顔を蹴られる。背後にあった壁に勢いよくぶつかる。そのまま、僕の意識は徐々に暗い闇に落ちていく。


 もう死ぬのかな。ごめん紫苑、守ってあげられなくて……ごめん。本当に……ごめん。僕が情けなくて……僕がもっと男らしかったら、こんなことには。今までありがとう、そしてさようなら、紫苑。


 こうして、僕は死んだ。最後は痛くて苦しくて辛かったけど、死ぬ瞬間は楽になる感じがして少し安心感があった。まるで誰かに抱き寄せられるような感じがした。







♢     ♢     ♢     ♢     ♢



 微かな意識の中、僕は自分の身体を離れるのが分かった。幽体離脱というものだろうか。なら僕は死んだのか。なぜか僕は死んだことをスッと受け入れることが出来た。

 そしてそのまま身体が動くがまま行くと自宅に着いた。そして、自宅で紫苑に会った。紫苑……僕がいても霊体なので気づかれず触れることすら出来ず、話すことも出来ず謝ることも出来ず。僕はその場を離れるしか無かったがせめて最期に――


『ごめんね、紫苑』


 ――守ってあげられなくて、紫苑を残して死んでしまってごめん、と聞こえてないだろうが紫苑に謝った。どこにもいかないと約束したのに。僕はその程度の約束すら守れない最低な奴だ。せめてこれからの紫苑に僕の分の幸せを。

 紫苑がこちらを見た気がしたが僕はその場から消えた。


 下に家が見える。少しして地球も見える。気がつけば宇宙だ。綺麗だ。僕はこれからどうなるのだろうか。これが天に昇るということか。

 しばらく宇宙を移動し、宇宙の端を超えると白く綺麗な空間が広がっていた。地球があった世界を見てみると白く輝く球体だった。周りを見てみると、遠くだが他の球体もあった。そして、そのうちの一つの白く輝く球体に向かっていく。僕の意識はそこで途切れた。



♢   ♢   ♢


 どれくらい経っただろうか。気がついたら赤ん坊の泣き声が聞こえた。


「おぎゃー、おぎゃー、おぎゃー」

「おー、よしよし、どうした。お腹でも空いたか?」


 赤ん坊の泣き声は自分だった。なぜだ? まさか……転生? そんなバカな。

 今の状況を確認しようと目を開けると、まず映ったのは母親と父親らしき人。人というより猫耳があるから獣人だろうか…………猫耳!?


 ……理解しました。これ異世界転生だ。だって地球に獣人がいるはずないし。


 とにかく、僕は死んで異世界に転生したようだ。確かに異世界で紫苑と幸せに暮らしたいなぁとは思っていたけども。しかし、獣人――おそらく両親からして猫人だろう――に転生したなら僕が気にすることは二つ。人と獣人に差別があるかないか。あるとないとでは大きく違う。それは生死に関わるからだ。まあそこは神に祈るしかない。


 とりあえず、成長して情報収集が第一目標だ。






 5年が経った。5歳だ。

 これまでで分かったことは色々あった。

 僕の今世での名前はカグラ・ナーヴァル。この世界ベーゼルトゥワイスには、異世界からの転生者がよくいるらしい。転生者の名前はほとんどが前世と同じ名前になるらしく、僕の両親も僕が転生者だと知っていた。そのおかげでとても幸せな日々を暮らせた。隠すことも何もなく、いつも心の側に寄り添ってくれた。だから僕の前世を話したときは僕なんかのために泣いてくれた。ただそれだけのことが僕は嬉しかった。中1の時に両親を亡くし僕も親が恋しかったのだろう。僕は今世の両親に甘えた。前世のことなど忘れてしまうほど幸せだった。それでも紫苑のことは忘れなかったが。


 今住んでいるのは、シュワルゲン王国の中にあるラージュ樹海。王国はラージュ樹海には不干渉をちかっているらしい。そのため、ラージュ樹海は実質、獣人の住処となっている。ラージュ樹海は広大で樹海の中には多種多様な獣人の種族が数百という部族がそれぞれ村を作り暮らしていて、ここは九つの猫人の部族が共存している村の一つだ。

 一応、遠くには獣人の国があり、獣人の九割はラージュ樹海か獣人の国に住んでいる。獣人の国のほうが僅かに多いらしい。残りは別の国に住んでいる。


 そして一番大事なこと。獣人差別があるかないかだが、シュワルゲン王国は王令で獣人差別は禁止らしい。森を出ても問題はないだろう。まあ、ここでの暮らしが快適なのでしばらくは出る気はないが。


 ちなみにだが獣人にはそれぞれ元の種になる動物がいて、僕の父は黒猫、母は三毛猫が元の種になっている。種は子供に遺伝するが一つだけ例外がある。アルビノだ。

 なぜこんな話をするかわかるだろう。僕がアルビノの白猫だからだ。アルビノといっても髪と猫耳、猫尻尾しか白くない。よって今の僕の容姿は、白い髪と猫耳、尻尾、碧い眼、そして中性的な顔立ち――女顔ともいう――だ。僕は女顔から逃れられない運命なのだろうか。あ、でも僕はまだ10歳だしこれから成長するだろう……するかな……すると思う……してほしいな。


 そう考えていると家のドアがノックされ――


「カグラ! 早くアタシと遊ぶわよ!」

「分かった! 今行く! お父さん、お母さん行ってきます」


 幸せな生活。その中の要因には彼女も含まれている。

 彼女はこの村に住む同い年の幼馴染みミーツェ・エネスタシア。種は赤猫。赤い髪と耳、尻尾が特徴的だ。顔立ちも整っており、元気旺盛だ。紫苑とは真逆の性格で口より先に手が出る。村の他の子供に悪口を言われてた時も、すぐに助けてくれた。


 ここ最近、ミーツェと遊んでばっかだ。まあ、子供のうちは他にすることがないので、こうやって楽しく平和な日々を暮らすのが一番なのだ。


 しかし、ミーツェと走ったりして先にバテるのは僕だ。どうやら僕は獣人の中では、獣人の大きな特徴である力が弱いらしい。ある日の夜、トイレで起きたところ、隣の家で村の大人たちが話しているのが聞こえた。


「なあお前んとこの息子、カグラだったか? あいつ忌み子じゃねーか?」

「ああそうだぞ、あと五年で全てが分かる。もし忌み子なら奴隷だからな」

「それはやめてくれ、あいつは転生者なんだ。前世は悲惨な人生を送ってきたんだ。奴隷にするなんて可哀想すぎるだろ」


 忌み子――それは、獣人に数十年に一人生まれる、魔法が使える神に呪われた子と言われている。忌み子はほとんど奴隷にされているのが事実だ。


 翌日の朝。


「お父さん、お母さん、僕が忌み子だったら僕をどうするの?」

「お前、昨日の聴いてたのか」

「うん」

「そうか……いいか、俺は、いや俺と母さんはお前を奴隷にするなんて微塵も考えてない。お前が奴隷にされそうになったら俺と母さんと一緒に夜逃げだ。俺たちはずっとお前の味方だ」

「本当?」

「ああ、本当だ。そうだろ? 母さん」

「ええ、そうよ。それにこんなに可愛い息子を他の奴に渡したくないわよ」


 お母さんの目が獲物を見つめる獣の目に見えたが気のせいだろうか。


「ありがとう、お父さんお母さん、大好きっ!」


 僕はそう言い両親に抱きつく。


「ああ、お前は俺たちの子供なんだから気にすんな。子を守るのは親の務めだからな」

「うふふ、カグラが私と同世代なら結婚してたわねぇ。かわいいわぁ」

「母さん!? 俺は!?」

「あなたももちろん好きよぉ」

「母さん……」

「あなた……」


 お父さんとお母さんは互いを愛し合っているためイチャイチャするのはいいのだが、せめて僕の前ではやめてほしいものだ。


「コホン」

「おっと、すまん」

「ごめんなさいねぇ。カグラもしたかったかしら?」

「お母さん、違う、そうじゃない。イチャイチャするのはいいけど僕がいないところでしてね」

「ああ、分かった」

「分かったわ。ありがとう、カグラ。はぁ、相変わらずかわいいわぁ、全部食べてしまいたい」


 お母さんがそう言うと僕に抱きついて舌舐めずりをする。僕の今の状況はライオンの前の兎。正確にはライオンに捕まり捕食される寸前の兎だ。お母さんは子供が好きなのだろうか。


「お母さん、息子だぞ。やめとけって。浮気か? 浮気なら俺、いじけるぞ? 俺がいじけたら面倒くさいのは知ってるだろう? いじけたら面倒くさい奴第1位をなめるなよ?」

(お父さん、それカッコ悪いよ)

「分かってるわよ。せめてこの子が大人になってからよ」

「いら、大人になってからでも駄目だろう!?」

「冗談よ、半分は」

「半分は本気だったのか!? 俺ちょっとショック」


 僕は両親のコントを見せられているのだろうか。


 でも、なんだかんだあっても僕はこの生活を愛しているのだ。もちろんお父さんもお母さんもミーツェも大好きだ。前世と違い両親も友達も平穏もある。幸せだ。

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