第29話

 テスト期間中は雨が続いていたものの、週末になるとからりと晴れた。テレビの気象予報士も、画面の中で今年の梅雨明けを宣言していた。


 自室の窓から見上げた空は泣き出す気配など微塵も感じられなかった。今日はきっと暑くなることだろう。晴れてよかったと思う反面、あまり汗をかいたりしたら嫌だなと思った。


 窓の外からスマホへと視線を移す。液晶に表示されている時間は、そろそろ十二時半になるところだった。待ち合わせの時間から逆算すると、もうそろそろ出なければならないだろう。


 部屋を出る前に、一度鏡の前に立つ。ハーフパンツにTシャツを組み合わせたパンツルックは我ながら女っ気がないが、それで構わない。今日は別に彼氏とのデートってわけでもない。最近妙に仲良くなりつつある、男友達の一人とちょっとご飯を食べてお茶をするだけだ。『攻めた』格好なんて必要ないし、そもそもそんな服を私は持ってすらいない。スカートなんて、それこそ学校の制服ぐらいでしか穿いたことがないだろう。


「……よし、行くか」


 自分がちゃんと、『女を感じさせないルーズな格好』であることを確認して気合を入れ直したところで、スマホが通話の着信を告げた。


 画面には小毬ちゃんの名前が表示されている。


 指で画面を横になぞって、通話状態にしたスマホを耳に当てた。


『あ、やほやほ。わたしわたし~』


「ああ。うん、もしもし? どうかした?」


『どうかしたっていうかね~。うーん……カズミーはもう家を出たところ?』


「ううん。これから出るところだけど」


 そう返すと、小毬ちゃんは電話の向こうで『そっかぁ~』と声を上げた。


 彼女は、私が今日これからイケメンと遊ぶことを知っている。イケメンに誘われた翌日には、もう私から話しておいたのだ。


『なら、ちょうどよかった~』


「ちょうどよかった? って?」


『うん。出かける前にさ、カズミーに一言だけ言いたいことがあって』


「言いたいこと?」


 問い返すと、スマホの向こう側ですうっと息を吸い込むような音がした。


 そして。


『がーんばれ!』


「うわっ」


『がんばれがんばれカズミー! ファイトだファイトだカズミー!』


 突然耳元で大声を出され、私は驚く。


 でも、それ以上にびっくりしたのは、その言葉の内容で。


「が、がんばるって……別にがんばることなんかないし!?」


『うっそだー。デート、がんばれ。カズミー、がんばれー!』


「がんばらないっ。別に、だって、がんばる必要ないし!」


『わたしはカズミーのことなんでも応援してるってこと! じゃあ、がんばれ~』


 言いたいだけ言うと、小毬ちゃんの方から通話が切られる。


「がんばれって……なんだかなあもう」


 言いながら部屋を出て、階段を降りる。


 がんばれ、なんて言われてしまって、少し胸がもやもやしていた。とっさにがんばらないって返してしまったけれど……本当にそれでよかったのかな、なんて考えが頭を過った。


「和美、出かけるの?」


 玄関で靴を履いていると、後ろから母さんが声をかけてくる。


「うん。友達とご飯食べてくる」


「そっか。遅くなる?」


「ううん。お昼を食べてくるだけだから」


「じゃ、夜は母さんとおいしいものでも食べよっか」


 その言葉に振り返ると、母さんがにんまり笑っていた。


「男連中、今日は遅くなるってさ。たまにはこっそり贅沢でもしようぜ」


 なんて言って親指をぐっと突き出してくる。


 そんな母さんのノリに苦笑で返しながらも、「分かった。行こう」とうなずき返した。

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