第26話

 部活を終えて校門へ向かうと、そこにはイケメンと小毬ちゃんの二人が隣り合って立っていた。


 二人は、なにか話しているようだった。イケメンも、小毬ちゃんも、微笑んだり、不機嫌そうな顔をしてみたり――なんだか、楽しそうだった。


 その光景を見て、敵わないなあ、と私は思う。


 あのイケメンの隣に立って、絵になる人間なんて、きっと数えるほどもいない。小毬ちゃんはその僅かな人間なんだろうと思う。


 この二人ならば、ただ並んで立っているだけで場が華やぐ。小毬ちゃん以外の人間では、きっとそうはいかないだろう。――そう、例えば私とか。


 イケメンの隣に立つ私を想像してみて、やめた。


 私はあいつのことを嫌いだったし、『友達』になったからといって恋をしているわけじゃない。そんな、乙女じみた妄想をするなんて馬鹿げてる。


 馬鹿げている、はずなのだ。


 首を横に振って、頭の中のごちゃごちゃを振り払う。なんとなく、これ以上考えてはいけない気がした。気づきたくないことに気づいてしまいそうだから。


「あ、カズミー!」


 私に気づいたのか、小毬ちゃんが手を振って声をかけてくる。


「こっちこっち、待ってたよ!」


「……ん、おまたせ、小毬ちゃん」


 そう言って踏み出した足が一瞬迷ったのは、気のせいだ。二人の間に割り込んでいくことを、なんでわざわざ怖気づいたりしなければならないのだ。


「あれ、俺は? ねえねえ俺には芳野さん?」


「ああ、そうだね。悪い、待たせた」


「え、あれ……芳野さん、そんなに素直に謝る子だったっけ?」


「ん? いや、待ってたんだろ」


「そうだけど、なんか普通に謝られると拍子抜けっていうか、こう、刺激とスリルが足りない感じするよね!」


「……そして永遠に待ち続けろ」


「放置プレイは地味にしんどいなあ……適度に構ってもらいたい系男子なんだよね、俺」


「うっわあドン引きー……」


 イケメンの言動にさっそくげんなりしつつも、内心で私は感謝する。おかげで意識を切り替えることができたから。


「そこでドン引きかー。うーん、芳野さん、分かってるね!」


「は? どういうことよ」


「ほら、古来からある言葉があるでしょ。押してダメなら引いてみろって」


 嬉しそうにイケメンがほざく。だけど悲しいかな、こいつ、そのことわざを正しい意味で使えていない。


「はあ……」


 ため息も出るというものだ。


「その引くじゃねーし。精神的にもう距離をめっちゃ置く的な意味の引くだし。しかもお前に対して私が一度でも押したことって……ないだろ」


「え? あれ、ほんとだ。俺、芳野さんに押されたことない……かも?」


 すっとぼけたイケメンの反応に脱力する。


「むしろ押してるの俺のほうだもんなあ……うーん、困った」


「何が困ったってのよ」


「俺、押しても引いても女の子が勝手に寄ってきたから、押し引きのタイミングをよく考えてみたら知らないかもしれない」


「自慢かよ」


 思わず突っ込む。


 そんな私の横で「分かる分かる」とでも言いたげにうなずくのは小毬ちゃんだ。この子も立ってるだけで男を引き寄せる系女子。さすが吹奏楽部のフルート担当。設定まで清楚がかっている、ザ・モテ女子といった感じだ。


 これまでの人生で男にモテたことのない私としては、なんとも羨ましい限りであった。


「気づいたら告白されてるのよね」


 と、小毬ちゃんのコメント。


「そうそれ」


 イケメンが光の速さで同意を返す。


「ほんと、ああいうのって毎回結構困るんだよなーあ。カズミーが男だったらさっさと彼氏にして男避けにしちゃうのに」


「割と深刻なテンションで私の性別に文句言うのやめてくれない?」


「いや、ほんとにさーあ……あーあ、どっかにカズミー♂落ちてないかなあ。そしたらボールを使い果たしてでもゲットするのに」


「男の芳野さんか……うん、なんかそれはそれでアリ! 友達になりたい!」


「あっそ……」


 変なところで意気投合する二人に挟まれ、私はため息をつくのであった。


「バカな話はそこまでにして、そろそろ帰ろ。疲れたし」


「あっ」


 促すと、小毬ちゃんがなにか思い出したような声を上げた。


「どした?」


「ごめん。わたし、今日これから用事あるから一緒に帰れないんだった」


「え、そうなの?」


「うん。カズミーごめんねえ。今日は楠木君と二人で帰って?」


 両手を合わせて、小毬ちゃんが上目遣いに謝ってくる。かわいい抱きしめたい。


「く、苦し……」


「はっ、あまりの小動物ヂカラについ体が反応してしまった」


「や、別にハグはわたしとしてもやぶさかでもないけどぉ……その、まだ死にたくはないれふ」


 私の腕の中でじたばたと小毬ちゃんが暴れる。そんな様子を、「いいなあ……」イケメンが羨ましそうに眺めていた。


「…………」


 やっぱり、このイケメンも今みたいなのを見たら思うのだろうか。ギュッと抱きしめてみたい、なんてことを。


 いや。女の私でもそうだったんだ。男だったらそれこそ、誰だって同じことを思うに決まっている。


「カズミー、カズミー」


 思考の海に沈みかけたところで、腕の中の小毬ちゃんがこしょりと耳元に唇を寄せ囁きかけてくる。


「へ?」


「あとは頑張るんだよぉ、カズミー」


「頑張るって……どういうこと」


「カズミーはいつも人のことばっかだもん。たまにはちゃんと、自分の心配してあげないとカズミーが可哀想だよっ」


 私の疑問には答えずにそう告げると、小毬ちゃんは私から離れ「じゃっ」と手を振った。ニマニマと、企むような笑顔も浮かべている。


 こいつ、まさか……。


「それじゃ、あとは二人でごゆっくり~」


「……っ!」


 その口ぶりで私は確信した。


 用事なんてのは――嘘だ。


 慌ててイケメンのほうへと顔を向ける。


「ん? そんな顔してどうしたの、芳野さん」


「あ、い、いや……ナンデモナイデス」


 そうだよ。ここからはイケメンと二人きり。


 小毬ちゃんは、とんでもないキラーパスをかましてくれやがったのであった。

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