第24話
週明けの月曜日。一時間目と二時間目の間にある休み時間に、小毬ちゃんが問いかけてきた。
「それでさ。結局のとこ、どーなのよ」
「どーなの……って?」
できれば抽象的な質問の仕方はやめていただきたいところである。
何がいったい『どう』なのか。主語も述語も抜け落ちているというのに、答えようなどないではないか。
なんてことを考えていると、小毬ちゃんは「はあ~」と大きなため息をついた。幸せが蜘蛛の子を散らすようにして逃げていきそうなため息だった。
「……大丈夫。小毬ちゃんのことは私が幸せにしてあげるからね」
思わずそう慰めていた。安心してよ。逃げた分の幸せぐらいは、私が小毬ちゃんに与えてみせるからさ。
でも、そんな私の慰めを小毬ちゃんはお気に召さなかったらしい。
「いきなり何を言い出すんだか」
と、むしろ呆れた様子でやれやれとばかりに首を横に振った。
「それよりもさ。楠木君とは、どーゆー感じなのよ」
「べっつに……特に何も」
「土曜日はあんなに楽しそうに遊んでいたのに?」
「それは……」
小毬ちゃんから目を逸らす。
結局――コートでさんざんバスケをしまくって、二人して汗だくになってぶっ倒れていたところを小毬ちゃんには目撃されていたらしい。
小毬ちゃんのスマホにはなぜだか動画まで残されていて、その中で動き回っている私とイケメンはどっちも歯を剥き出しにして笑ってた。
ああ、もう、認める。ほんと、言い訳できないぐらいに私はあの時『楽しんで』た。相手がイケメンとかどうとか全然考えてなくて、あの瞬間、イケメンと『楽しい』を共有してたんだ。
1on1は結局私が負け越して終わった。すごい悔しかったし、次は絶対勝ってやるって思った。そのことを言ったら、「今の芳野さんじゃまだまだ無理だな」って余裕そうに笑われてムカついた。だけど、ムカついたことまで含めて楽しいと思ってる私がいた。
帰りには小毬ちゃんの希望で喫茶店に入ったケーキを食べたけど、私とイケメンはそれだけじゃ足りなかったから解散したあと二人でラーメン屋にも行った。味噌ラーメンがおいしい店が権堂駅近くにあるのだ。教えてやったら、あいつはすごく喜んでいた。好きな店だから、私まで嬉しくなってしまった。
まるで、部活帰りみたいな雰囲気だった。全然気負わなくてよくて、多分その時の私は素の表情をたくさん見せていた。
だけどそうやって素になっていたことを後で思い返して恥ずかしくなって、昨日――日曜日は一日中悶えていた。女の子らしからぬ顔ばかり見せていた、ということに気づいて、それがやたらと恥ずかしいし情けない。
――ノブ相手には、絶対に抱かないような感情だった。
だから……また遊びたい、などという気持ちがあることだって、否定するつもりなんてない。
でも。
「だからって、あいつとは何もないんだよ」
イケメンとの関係は、多分進展した。『友達』としての方向で。
あいつだって、この前遊んだ時に、付き合おうなんて一度も言ってこなかった。
いや、それどころか、あの日『友達になろう』とお互い口にしあって以来、恋愛をほのめかすような言葉を一度も言ったりしていないのだ。
今となっては、本当にあいつが私に恋愛感情を抱いていたのかどうかも怪しいところだ。
そもそも、イケメンが私に恋愛感情を抱く理由がないのだ。大方、物珍しさとその場のノリと、あとはからかい半分で言ってきた感じに決まっている。
だからそこに深い意味はない。
それにあいつだって言っていたじゃないか。
芳野さん。面白いから、俺と付き合ってよ――好きになったから、なんかじゃない。あの時のあいつには、私のことを好きになる理由だって、きっとない。
それに。
「……なに、カズミー?」
「いや」
小毬ちゃんに注いでいた視線をすっと逸らす。
彼女は、やっぱり、可憐なのだ。時々口は悪いけれど、でも、そんなのを感じさせないぐらいに彼女は際立って目立つ存在だと思う。
あいつにはきっと私よりも……いや、絶対。
言いかけた言葉を形にするのが憚られて、私は口を噤んだ。
そんな私を見て、困ったように小毬ちゃんが眉をひそめる。
「あのさ、カズミー。いつか、ごまかせない時だってやってくるんじゃないかなあってわたしは思うんだけど?」
「ごまかすってなんのことよ」
「色々とじゃない?」
「なにそれ」
揶揄するような口調に、思わず私の声も尖る。
「まあ、別に、いつかごまかしきれなくなる時だってあると思うけどさ」
「なによ。やたら意味深ね」
「はっきり言ったところで、今のカズミーは否定するかなって」
「む……」
小毬ちゃんの言葉を否定することができなくて、思わず私は黙り込む。
「カズミーが何で悩んでいるのか、何で迷っているのかは知らないけどさ。そういうの、はっきりさせたほうがいいんじゃない?」
「別に、悩んでなんかないってば」
「悩んでないってことにしたいだけじゃなくて?」
「……そういうんじゃない。ただ、私は、変な幻想とか、そういうのを押し付けられたりとかしたくないだけ」
「……なるほどねーぇ」
うーん、と腕を組んで小毬ちゃんがうなずいた。
「まあ、カズミーの気持ちも分からなくもないけどさ。幻想っていうか、願望っていうか、それを押し付けてるのはどっちなんだろうねえ、ってわたしとしては思っちゃうかな~」
なにが、と問い返そうとしたところで、次の授業の鐘が鳴る。
六月ももうすぐ終わりを迎える。七月になれば、夏休み前の期末試験だって待っている。
でも。
「……」
授業に向けて意識を切り替えながらも、胸の内では小毬ちゃんの言葉がしこりとなって残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます