第19話
イケメンと友達になったはいいものの。
「じゃあ友達ってなによ」
ということを考えてしまったのは翌日の朝のことである。
「いや、友達になろうって話はそりゃしたけどさ……だからってあのイケメンを友人だと思えるかっつーと……微妙だよなあ」
私にとって友人と呼べるのは、小毬ちゃんとノブと、あとは岩下先輩ぐらいだろうか。クラスにいる何人かの女子もそうかもしれない。
で、イケメンはなんというか変人枠だ。迷惑な隣人でよく会う顔見知りでなぜかこちらにやたら好意を向けてくる他人だ。昨日の一件で『繋がってるほう』とダブらなくはなったけど、だからといってそれだけで晴れて爽やかに友人付き合いを致しましょう、という気持ちにはなれなかった。
ぶっちゃけた話、昨日はその場のノリに流されていたのも大きいと思う。吊橋効果的な? ほら、精神的に不安定だったというか?
(でも……)
そこまで考えて、ふと思う。
あいつはあいつで、私と似たような傷、抱えて生きてきたんだなあ、と。
そこに共感できなくはない。あのイケメンに対して覚えていた苦手意識や嫌悪感も、今はあまり覚えない。
「……ま、少しずつ馴染んでいけばいいか」
今は友達と言われてピンとこなくても、いつかは自然にそう思える日がやってくるはずだから。
そう思いながら通学路を歩いているうちに、だんだんと校門が見えてくる。
校門には女子による人だかりができていた。
「うっわ……」
思わずドン引きする。それぐらい女子が群れていて、その群れの中心にいるのはかのイケメンであった。
「王子はここで何をしているの?」
「朝からずっと、誰を待ってるのかしら、楠木君」
「きゃああー、こっち、こっち向いてー!」
黄色い歓声の真ん中で、イケメンはしかしそれをガン無視してきょろきょろと辺りを見回している。そんなつれない態度ですら、イケメンが視線を巡らせるたびに新たな歓声が沸き起こる。
「今日も素敵……」「佇まいまでかっこいいわ」「ああ、お話したいのに、緊張で話しかけることができないわ……」「あの髪に触れてみたい」「私は肌に」「その指先に」「く、唇に……きゃっ」
囁き交わされる言葉は主に砂糖でできているらしい。
そんな甘やかな雰囲気を避けるようにして、人だかりの横を男子共が居心地悪そうに横切っていく。もう同情しかない。非モテ男達に心の中で合掌を送る。
ちなみに私は甘いものはあまり好きじゃない。ドーナツより牛丼が好きだ。パフェやクレープよりラーメンや焼き肉が好きだ。
つまりこういう空気はあまり好きではない。合掌を送った男子達同様、私は人だかりを避けるようにして校門をくぐろうとした。
「芳野さん!」
しかしイケメンに見つかってしまった!
たたかう
どうぐ
さくせん
→にげる
私は逃げるを選んだ。
「ちょっとちょっと、無視ってそりゃあんまり冷たいんじゃないかな芳野さん!?」
だがしかしイケメンに捕まってしまった!
左の手首をわっしと掴まれ、それ以上前に進めなくなってしまう。振り返ったらやつがいる。圧倒的なモテ力を後ろに感じる。「なにあいつ……」「私知ってる、巨大戦艦……」「なんで楠木君と……」「触れ合って……妬ましい!」「楠木君どいて。そいつ殺せない」女子のプレッシャーも感じる。ゆるひて。まだ私は生きたいんだ。
そもそも色恋絡みの嫉妬を向けられるなんて私の柄じゃない。
柄じゃない、ので、勘弁していただきたいのだ。いやもう本当に。
けどそんな私の感情の機微に気づけるようなら、イケメンはイケメンをやってないだろう。ハーレムを作ったりなどしていないだろう。
「芳野さん芳野さん! おはよう!」
「お、おはようそしてさようならだ」
「うんうん。でさ、教室まで一緒に行かない?」
「お、お前とは別のクラスだから!」
っていうかこうして話しているだけでも女子の視線が痛いんだよ! 気づけ!
だが、そんな私の気持ちには気づかないのか、イケメンはきょとんと首を傾げると、
「あ、じゃあ、俺が芳野さんを教室まで送ってくよ!」
とありがた迷惑も甚だしいことを言い始めた。
途端、周囲の女子から感じられる殺気がいきなり膨れ上がる。怖い。
慌ててイケメンの腕を振り払い、「けっこうです!」ときっぱり突きつける。
「あ、あんたと連れ立って学校の廊下を歩くなんて危なっかしいことができるか!」
「ちょ、待ってよ芳野さ~ん!」
「待たん!」
イケメンから全力で遠ざかりながら私は思っていた。
こんなところにいられるか! 私は身の安全を確保させてもらう!
だが、昼休みにはまたしても私の身の安全が脅かされていた。
「芳野さん、一緒にご飯食べようよ!」
と教室に突入してきたのはまだいい。
「友達になったんだもん、こうやってお昼を一緒に食べるなんていかにもフレンズなイベントだよね!」
「……ああ、そうか。お前はそう思うのか、イケメンよ」
適当な椅子を引っ張ってきて、机を寄せ合う私と小毬ちゃんの間にイケメンが介入してきた時には、私はもう疲れ果てていた。突っ込む気力すら沸かなかった。
なんせイケメンが手に持っていたのはお弁当なのである。
いや、それが悪いのではない。弁当を持ってきているのは、なにもおかしなことではない。
おかしいのは、その数だ。イケメンはなぜかその手に二つの弁当箱をにこにこ笑顔を浮かべながら抱えていて、それがなんとなく嫌な予感を刺激する。
でも、もしかしたらこいつが案外大食漢なだけかもしれない。その時は努めてそう思うようにしていた私だったのだが……。
「はい、芳野さん! これ、芳野さんのために頑張って早起きして作ってきたんだ!」
にこやかにそう言って、イケメンが弁当のうちの片方――なぜかでかい包みの方を私に向かって差し出してきた。
その瞬間、私に向けられるプレッシャーがいや増した。見なくても分かる……クラスの女子のほとんどが、物欲しげな目をこちらに向けていることが。
「い、いや……えっとな」
「ぜひ、食べてよ、芳野さん!」
「あ、でも私、弁当持ってきてるっていうか、その、な?」
そう言って断ろうとすると、イケメンが肩をシュンと落とす。
「そっか……俺の作ったものなんて、やっぱり食べたくないんだね」
「いやそういうわけじゃなくてな!?」
さっきから! 痛いんだよ! こっちに向けられる視線の数々が!
これでは朝の二の舞である。教室での安全まで脅かされてしまったら、私は明日からどうすればいいのだろうか。
そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのは小毬ちゃんだった。
「へえー、楠木君おかずなんて作ってきてくれたんだ! ねえねえカズミー、一緒に食べよー!」
「は?」
イケメンが一瞬間抜けな面になる。お前に食わせるために作ってきたんじゃねーよ、と今にも言い出しそうな表情だった。
だが、そんなことにはおかまなしといった調子で、小毬ちゃんがイケメンの手から弁当箱を有無を言わせず奪い取る。
「え、ちょ、ちょっと待って待って!? 俺はそれ、カズミーに……」
「わたしのものはカズミーのもの、カズミーのものはわたしのもの~」
そのあとイケメンの持ってきた弁当は結局三人で突っつきながらいただいた。
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