第7話

 ――もうお前いらねーから。用済みだから。とっとと失せろよ。


 と、言われたのを私は覚えている。


 ………………。

 …………。

 ……。


(やなこと思いだしたなあ)


 翌朝、ベッドで目を覚ますと真っ先にそんなことを思った。


(小毬ちゃんと、あんな話したからかな)


 夢に見たのはかつての記憶。普段は意識的に思いださないようにしている、あの日あの時あの瞬間の光景と、言葉と、ギュッと握った手の痛み。


 爽やかな朝には到底似つかわしくない記憶だ。


「けほっ……」


 嫌な夢を見て気が弱くなっているのか、埃でも吸ったのか、軽く咳までしてしまう。


「よし、切り替えよう!」


 意識的に口に出して、頬を張る。体育会系女子に鬱々とした朝は似合わない。


 ベッドから降り、カーテンを開く。太陽の光を全身に浴びる。


 うん、今日も元気!


「和美、ご飯になるわよー」


「あ、はーい」


 自分に渇を入れたところで母親が部屋の外から声をかけてくる。


 私は返事を返すと、洗面所で顔を洗ってからダイニングへ向かった。


 四人掛けのテーブルの上にはすでに朝食が並んでいて、白米(ドカ盛り)と味噌汁がほかほかと湯気を立てていた。


 ちなみに、私以外の三人……つまり父と母、そして弟もご飯はドカ盛りだ。父は柔道の師範代、母親もまた柔道の黒帯持ち、中学生の弟は柔道部の部長をやっている。巨大戦艦・芳野和美はこうした環境で育ったのだ。


「おはよ」


 と言いながら、弟、竜美の隣に座る。正面には父、竜生が。はす向かいには母の和水なごみが座っている。


 私の挨拶に、母だけは「ええ、おはよう」と返したが、父と竜美は「ああ」だの「うむ」だの素っ気ない。だがこのじゃがいも顔の男共は家族の誰に対してもこんな感じだから別に気にならない。


 それでも竜美に、ちょっとしつこく「竜美、おはよう」と言えば、少し照れた感じで「あ、うん、おはよ」と返してくれたりもする。案外ウブでかわいいやつなのだ、こいつは。


「二人は今日、道場に来るのか」


 家族そろっていただきますをすると、父親がそう問いかけてきた。


「俺は部活」


「私も」


「そうか」


「土日は俺出れる」


「私も」


「そうか」


 父親との会話はこれで終了。もともと父は口数が少なく、無駄口を叩かない人なのである。


 が、そこで口を挟んでくるのは母親だ。


「こんな素っ気ない振りしてるけど、この人、実は二人が部活にかかりきりで道場に来ないのが寂しいのよ」


 なんて言ってみたりするのである。


 母さんの言葉に、父は顔を隠すようにしてご飯(ドカ盛り)をかきこむ。


「これで俺に彼女ができたりなんかしたら、余計に親父の相手なんかできなくなっちまうな」


「ぷっ」


 続けて弟がそんなことを口にするものだから、私は思わず噴き出してしまった。


 母親も、口元を押さえてくすくす笑っている。


 竜美が唇を尖らせて抗議した。


「なんだよ。なにがおかしいんだよ」


「竜美が学生のうちは、ちょっと彼女を作るのは難しいんじゃないかしら?」


「そうそう。彼女ができるとしたら、私だって」


「それこそなんでだよ! そこは彼女じゃなくて彼氏だろ!?」


「いやあ、私、女にモテるから。男にはモテないけど、女にはやたらモテるから……主に小毬ちゃんとかに」


「は……はあ!? 姉貴と小毬さんとか、ねーだろ! 釣りあわねーから! 小毬さんがかわいそうだから!」


 備考:竜美は小毬ちゃんに惚れている。そしてそれを隠そうとして失敗しており、さらに本人にも実はバレている。合掌。


「いい子よねえ、小毬ちゃん。頑張りなさいよ、竜美。お母さん、あんな子が娘なのもいいかなーって思うのよね」


「ば、ばっかじゃねーの!? ななななんでそんな話になんだってんだよ!」


「……しっかりやれよ、竜美」


「親父まで!?」


「でも小毬ちゃん、私にべた惚れなんだよなあ……すまんな、弟よ」


「うっせーブス! 巨大戦艦!」


「……ってうちの弟が朝っぱらからウザくてさあ、って話を今日小毬ちゃんにしてやろうそうしよう」


「ああああ、ごめん姉ちゃん! 悪かったってばあ!」


 これが、我が家族である。

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