第3話
この三日前の一件以来、私は妙にイケメン・楠木勇一に懐かれたらしい。
「よっしのさーん」
だの。
「よーしのー」
だの。
「かずにゃーん」
だの。
「へーいわっつあっぷかずみぃー?」
だの……!
顔を合わせるたびに親しげにイケメンが声をかけてくるようになった。
そして、今日に至っては、
「ねえねえ。芳野さん、面白いしさ、俺と付き合ってよ~」
なんて言い出しやがったのだ。
しかも、こんな軽薄なことを言い出したのは朝の校門。登校中の生徒が集まるその場所で、だ。
つまるところ公衆の面前で『お付き合い』とやらを申し込まれたわけで、私としては非常に……ひっじょ~に迷惑極まりないのであった。
「面白いとか、そういうの、別に嬉しくないから!」
もちろん私ははっきりとその場で断った。
「私、あんたのことこれっぽっちも好きじゃないし、ってかはっきり言って一番嫌いな部類に入るし、悪いけどお付き合いするとか絶対に無理なんで!」
「か~ら~の~?」
「…………」
激しくめんどくさいコイツ……メールで難読ギャル文字使ってくる女ぐらいめんどくさい……。
* * *
ねえねえちょっと芳野さん今の告白って一体なんなのあなた楠木君といったいどういう関係なのよ詳しい話を聞かせてお願いちょっとでいいからぁ~! などとやかましい女どもを掻き分けて教室へ向かう。朝の静かな時間が一瞬でぶち壊された。イケメンに。
「コロス……あいつ絶対コロス……」
「はいはい、朝っぱらから物騒なこと言わないの」
机に突っ伏して恨み事を吐いていると、頭上から聞こえるのは涼やかな声。
顔を上げると、そこにいたのは。
「小毬ちゃん」
「ぶいっ」
声の主にして、ピースサインをこちらに向けてくる彼女は、私の幼馴染。
ゆるふわ系小柄JK。
モテカワメイクな顔立ちは女子力高めに華やいでいて、スクールバッグにはいかにもオンナノコな小物がくっついている。
身長152センチ、体重42キログラム。
吹奏楽部のフルート担当。所属は私と同じ、二年一組。
安藤小毬、その人であった。
「で、なになに? 今度は誰を殺すの、カズミー」
私の机に頬杖をついて、小毬ちゃんはそんなことを言ってきた。
ちなみカズミーというのは私のあだ名だ。小毬ちゃんが言うには、やや外人っぽく言うのがコツらしい。アルファベットの綴りに直すとcuz me……直訳すると『なぜなら私』だとなかんとか。わけが分からない。
「今度はって、まだ私は誰も殺したことないからね?」
「『まだ』ってことは、『そのうち』そういう予定があるってことなんじゃないの?」
「『そのうち』も『これから』もそういう予定はないっつーの」
「あー……あー……こほんっ、『わたしぃ、幼馴染なんですけどぉ、いつか過ちを犯すんじゃないかって心配してたんですけどぉ……ほんとにそうなっちゃうなんてぇ……』」
「インタビューの練習すな」
手刀を作って、軽くこつん、と彼女の額を打つ。
「ぎゃあ、カズミーに殺されたー!」
「やかましいわっ」
などというやり取りを交わしているとだ。
「「「巨大戦艦め、小毬ちゃんをいじめやがって!!!」」」
クラスの男子共がそう囃し立ててきた。
「お前らも、やかましいわっ」
「「「巨大戦艦が怒ったー!!!」」」
……とりあえずこいつら全員投げ飛ばしてこよう。そう思い席を立った私は、手近な男子から順に怪我しない程度に床に転がす。
ほんと、男ってやつはこれだから……。
そんなため息をつきながら席に戻ると、小毬ちゃんはにこにこと妖精みたいな笑顔を浮かべて「お疲れー、カズミー」と声をかけてきてくれた。
「それで、結局なにがあったの?」
「あー、そうそう。えっとね」
朝の出来事を簡単に小毬ちゃんに説明すると、彼女は「ええー!」と分かりやすく驚きながら、
「で、で、付き合うの? カズミーにもとうとう春がやってきちゃう?」
などとやけにウキウキした様子で聞いてきた。
「いや、ないから。春も来なけりゃ付き合いもしないから」
「えー、そんなあ……」
「そんなあってねえ……なんでそこで小毬ちゃんが凹むのさ」
思いがけなく落ち込んだ様子の小毬ちゃんにそう問いかけると、彼女は「うーんっとね?」とちょこんと指先を唇に当て、めっちゃ最高に愛らしい角度で小首を傾げると。
「楠木君、見る目あるなあって思って。みんなカズミーの魅力分かってないなあってずっとわたし思ってたしさ」
「私の魅力ぅ? ぶっちゃけ自分で言うのもなんだけど、そういう魅力とか私には一番縁のないものだと思うけどなあ」
「それはカズミーがサボってるからだと思うなあ。ほら、カズミーは背が高くてすらっとしてるし、体重だってほとんど筋肉だからむしろ見た目はいい感じに引き締まってるし。あとは髪型とか服装とかちょっと気を使うだけでかっこいい系の美人にすぐになれるよぉ?」
なんならわたしがやってあげよっかー? などと言いながら小毬ちゃんが私の短く切った髪に触れてくる。
「そういうもんかー?」
かっこいい系の美人と言われて正直悪い気はしないけれど、あまりに自分からかけ離れている気がしてピンとこなかった。
「とにかくさ。ようやく、カズミーの魅力が分かる人が現れてくれたかあってわたしも嬉しくなっちゃって。ね?」
「ね? って言われても……そもそも私にその気がないし、だいたいあのイケメンには小毬ちゃんみたいなタイプのほうがお似合いだろうよ」
「見た目的にはそうかもしれないけど、わたしはもっと頼り甲斐あるタイプの男が好きかなー……ほら、カズミーみたいな」
「私女だから。男じゃないから」
小毬ちゃんにそう言い返した時だった。その言葉が不意に挟まれたのは。
「いや。男みたいなものだろう、お前は」
横合いから聞こえてきた低く落ち着いた声に目を向けると、やたらでかい男がそこにいた。
「あ、ノブどんおっはよー」
「おはよう、安藤。……それと、ノブどんはやめてほしいんだがな。響きがオレには可愛らしすぎる」
ノブちんと呼ばれ困った顔をするこの男は、小毬ちゃん同様私と幼い頃からの付き合いになる西郷信隆だ。身の丈百九十センチに迫る大男で、体つきもかなりがっしりとしている。
中学に上がってからは男女で分かれてしまったが、小学校のうちは同じ道場で共に柔道に打ち込んできた。
柔道に熱心なのは今に至っても互いに同じで、私とノブの親交は深い。具体的には、こうして時々別のクラスなのに雑談をしにやってくる程度には。
「いいじゃん、ノブどん。西郷どんみたいで」
「ならお前、カズどんと呼ばれて嬉しいか?」
「……ああ、うん、私が悪かった」
「二人してさりげなくわたしのセンスに喧嘩売ってない?」
想像してみたら割と嫌だったので素直に謝罪すると、「そういうことだ」とノブが腕を組む。
「それで、なんか盛り上がっていたみたいだが、なんの話をしていたんだ?」
直前の話題についてノブに問いかけられ、私は思わず表情を苦くする。
なんでもないとごまかそうとしたが、しかしそれよりも早く小毬ちゃんが「あのねー」とノブに語り出した。
「それがカズミーが、今朝男子に告白されたんだって!」
「カズが?」
ノブが目を丸くする。
「それも相手はあの楠木君だって! 楠木勇一君」
「ああ、あいつか」
合点がいったようにノブがうなずく。そういえばコイツのクラスは二組だったはず。あのイケメンも確か同じクラスだったはずだ。
「それで、付き合うのか?」
「ないないない!」
ノブに言われ、私は全力で否定した。
「誰があんなタラシ野郎と! むしろ、顔面に熨斗はりつけて突っ返したいぐらいに迷惑してるっつーの」
「ま、確かにカズはそう言うだろうな。あんなこともあったわけだし」
ノブも小毬ちゃんも私との付き合いが長い分、私の事情を知っている。私の反応だって、ノブからしてみればきっと予想通りのはずだ。
「しかし、楠木が自分から女子を口説くなんて珍しいな」
「はあ? あいつ、いつも息するのと同じ頻度で女口説き落としてるタイプじゃないの?」
「いや? オレの知る限りじゃ、いつも教室だと一心不乱に勉強しているぞ。それこそなにかに取り憑かれたみたいにな」
「……マジか、信じられない」
あのイケメンが?
女を侍らせて悦にでも浸っていそうな、ユルユルな面構えで話しかけてくるあの男が?
「まあ、楠木君、女に不自由してなさそうだもんねえ。わざわざ自分から掴まえに行くって発想自体がないのかも」
「ああ、そういう……」
そういうことなら確かに納得ではある。
「ってか、もしかしてカズミー知らないの? 楠木君、いつもテストだと学年一位だよ」
「え、そうだったの?」
「それも一年の頃からずっとだし。ま、カズミーは勉強とか興味ないから順位を気にしたことなんてないかもしれないけど」
小毬ちゃんにそう説明され、私は少なからず驚いていた。
ただの女好きかと思っていたら、勉強熱心で成績も抜群にいいとは。それもあんな、典型的なクソタラシ野郎がそうなのだというから世の中って不思議なものである。
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