第2話

「い、意外と、なんだ、その……重量級だね芳野さん」


 というのがイケメンクソ野郎の第一声であった。


 場所は体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下。イケメンに肩を借りながら体育館を後にした私は、「歩くの大変そうだし、運んであげるよ」と言われるや否やイケメンにお姫様抱っこ(恥ずかしい)をされる羽目になったのだが。


「見た目は結構細いのに、こう、ぎっしりと実の詰まった果実にも似たずっしり感が……」


「……じゃあ降ろせ。自分で歩くから」


 こちとらガッツリ柔道やってんだよ。毎日毎日人間をぶん投げてりゃ、嫌でも体は引き締まる。


 そうして鍛え抜いたおかげか、今では立派な筋肉デブだ。巨大戦艦なんていう、乙女にはあるまじきあだ名までつけられている。


 不本意極まりないことである。


 そうこうしているうちに保健室に辿り着いていた。


 保健室には、ちょうど先生が席を外しているのか誰もいなかった。イケメンは私に扉を開けさせ中に入ると、手近なところにあった椅子に私を降ろす。


「はー、キツかったあ」


「重くて悪かったな……つーか、そんなにキツかったなら別に無理に運んでくれなくてもよかったのに」


 少なくともそちらのほうが体重のことであれこれ言われるよりは精神的なダメージは小さかった。


「いやー、それでもけっこう思いきり足グキって逝ってたでしょー。肩貸しても歩くのつらそうだったしさー」


「うっ……」


 それは確かに図星だった。だけど、実際に抱えられた上で『重い』と言われるのもそれはそれでけっこうダメージが大きいものだ。それなら歩くほうがむしろマシだったかもしれないとすら思う。


 まあ、これまできっとふわっふわなマシュマロみたいな体重の女とばかり接してきたであろうこの男からしてみれば、身長も体重も平均を上回っている私のほうこそありえない存在だったかもしれないけれど。ありえなすぎて、女子枠として認識されていない可能性まである。むしろその可能性しかなさそうだ。


 ともあれ、運んでくれたことに代わりはないし、ここは素直にお礼ぐらいは言っておこう。


「……ま、運んでくれてありがとね。あとは先生戻ったら処置してもらうし、お前もう帰っていいよ」


 あばよイケメン。そして二度と私に話しかけるな。


 そんな気持ちまで込めて放ったその言葉を、しかしイケメンはスルーしやがった。


「芳野さんちょっと靴と靴下脱がすよー。ってうわ、いったそー、真っ赤じゃんやべー」


「……え、あんた、何してんの?」


「いやー、足捻った時はなるべく処置は早いほうがいいじゃん? 冷やしてテーピング巻くぐらいなら俺でもできるし、保健の先生が来る前にやっとこうかなーって」


「いやいやいや、いいからもう帰れお前は。つか、それぐらいだったら私だって自分でできるからな!」


 これ以上このやたら失礼極まりない野郎と話すのも面倒くさい。


 そう思って追っ払おうとするものの。


「あはは、遠慮すんなよー。自分でやるより人にやってもらうほうが楽じゃーん」


 なんつって善意百パーセントの笑顔を向けてくる。


「いや遠慮とかじゃないからな!?」


「なら照れ隠しかな? かーわうぃーねー」


「ウザ!? その言い方ウザ!? バカにしてんだろそれ絶対!」


「おー、芳野さん、なかなか突っ込みのキレうぃーねー!」


「ボケを使い回すな! 投げ飛ばすぞ!?」


「芳野さんの体当たりが炸裂するのか……」


「投げ飛ばしはしてもふっ飛ばしはしねえからな!?」


「ぶっ壊しは?」


「……してやろうか?」


 あえて声にドスを利かせて脅しをかけてみるものの、イケメンは「やだー、芳野さんこっわぁーい」なんて言って楽しそうに笑うのだ。


 ……もうやだこいつ。


「ところでさ。怪我させちゃったわけだし、お詫びになんかさせてよ、芳野さん」


「は?」


 疲れてため息をついていると、イケメンがまたわけのわからないことを言い出した。


「いや、お詫びって……ここまで運んでくれたし、なんなら手当もしてくれたし、別にもうじゅうぶんだってば」


「いや。それだけじゃ俺の気が済まない」


「まためんどくさいことを言い出した……」


「そうだな。一日だけ俺のことを好きにできる権利ってのはどうだろう?」


 ……は?


「デートでもキスでもその先でも、芳野さんが望むならいくらでも好きにしてくれていいよ」


 何を言ってるんだ、コイツは。


「こっちは加害者側なんだしさ。基本、芳野さんが俺に何を望んでも構わないからってことで。どう?」


 どう? って言われても……。


「ふざけんな、としか言いようがないんですけど!?」


「えっ」


「えっ、はこっちのセリフだよ! 怪我させたからって理由で俺とデートする権利をあげるよ、とかどんだけ自意識過剰なんだよ。私はそういう、チャラチャラしたクソみたいなタラシ野郎にはヘドが出るんだよ!」


「へ、ヘドって、そんな……」


 イケメンがへらりと困ったような笑顔を浮かべる。


 見る者が見れば、その笑顔は母性をくすぐる天使のほほえみのように見えるのかもしれない。だけど私には……地雷を思い切り踏み抜かれた私の目には、人の心を弄ぶクズで軽薄な男の面がそこにあるだけだ。


「女がみんな自分に好意を向けてくるとか思っているなら勘違いだから。少なくとも私は、あんたみたいな性根の腐りきった男が大嫌いだ!」


 言ってやった。というか、言ってしまった。


 でも、それが私の本音だった。どんなに面構えがよかったとしても、綿菓子以上に軽々しい男なんて願い下げだ。


 そんなことを考えながらイケメンのことを思いっきり睨みつけてやると、イケメンはぼうっとした表情で私の顔をじっと見て、


「素敵……」


 と熱に浮かされた様子で呟いた。


「は?」


「こんな風に叱られるなんて、俺、生まれて初めてだよ。うわ、なんかすげえ……叱られるってこんな感じなんだな」


「はああ!」


「すごいな。芳野さんって、なんだかとっても面白いね!」


 ……何がどうしてそういう結論になるんだよ。

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