終幕 熾火


『略式執行の翌日から現場に揃って顔を出したペアは、ヤード広しと言えども君達くらいだ』

 呆れたようにそう言われたのは、愛染が最初のフラグメントを失った翌日の事だった。

 フラグメントバレットを撃ったばかりのペアは直後のブライト事件の捜査から外されるのがヤード内では暗黙の了解となっている。それを受け入れなかったのは、他でも無いフォージ自身だった。休息など不要だと、それよりも戦わせろと言ってのけた。それに『好きにすればいい』と返したのは尚だった。

 二度目であっても、二人の姿勢は変わらなかった。

 翌日から現場へと現れた二人を見て、他の隊員達から信じ難いという視線を向けられた。フラグメントの喪失こそ起こらなかったものの、サポートではなく前線に立って戦う彼らに周囲は掛ける言葉すら見つけられずにいた。そんなリアクションなど、尚も愛染も気に留めてすらいなかったけれど。

 二人の日々はフラグメントの消失を経ても大して変わらなかった。

 変化という程の事ではないが、彼の母親の言葉通り、ニュートンはよく自分達の元に来るようになった。訓練の一環としての手合わせと言えば聞こえはいいが、実際の所は愛染のサンドバックにされているとはヤードでも揶揄されている。それでもへこたれずにやって来る辺り、ニュートンは一皮剥けたのだろう。ヴィンセントの後ろには常に、心配そうに様子を見詰める彼のフォージの姿があった。

 尤も、尚と愛染にとってみれば、大して意味のある事でも無いのが正直な所なのだが。



 端末に入った要請通達に、尚は欠伸を噛み殺す。夜明けまでもう間もなくといった時間帯の事だった。

「まったく、こっちは帰って来たばっかりだって言うのに」

「テメェの都合なんざ知るか。ったく、遊び回ってばかりいやがって。イイご身分だなァ」

「定期的に顔を出してあげないとね、拗ねちゃうから」

「随分と嫉妬深い相手だな。愛されてるってか?」

「さぁ、どうだか」

 食えない笑みという表現のお手本のような表情に愛染が舌打ちを漏らすのも、いつも通りの光景だ。

 一体愛染はどこまで知っているのだろうか。直接尋ねられる筈も無い疑問が脳裏を掠める。知られた所で、この男の態度自体は恐らく変わらないのだろうが。

 榛色の瞳が尚を真っ直ぐに睨め付ける。眼鏡越しであっても、その鋭さが損われる事は無い。

『貴様が何者であっても』

 以前、略式執行の最中で耳にした言葉が反芻する。音としてはそこで途絶えたが、その先に続くものは言わずとも分かっている。つくづく内偵には向かない性格をしていると思わざるを得ない。ヤードの人選ミスは尚にとって僥倖だった。

 仮に、尚の正体が――ヤードと敵対する反政府組織からの間者であることが知られたとして。尚が都市捜査官としての立ち場を失えば、そのフォージである愛染も行き場を失う事になる。

 数としては少ないが、フォージが残されるという事例は確かに存在はする。その場合、フォージはその場で消滅するか、望めば一年の寿命まではヤードからの目溢しとして生きる事が出来る。

 捜査官と違い、フォージは最初のパートナー以外とバディを組む事は不可能だ。パートナーを失ったフォージは、この先ステラドレスになる事もなければ、フラグメントがそれ以上消費される事も無い。言い換えれば、それはヤードに飼い殺しにされるという事だ。

 飼い殺しなど愛染は望まないだろうという確信がある。憎いブライトを一体でも多く殺す事が望みである愛染にとって、それは苦痛でしかない。

 そして、尚自身が、そんな愛染など想像したくなかった。

 自分の命を交渉の手札にする事に躊躇は無い。確実に愛染は不機嫌になるだろうが、それくらいの腹芸が出来なくて間者など務まる筈も無い。自らの命に頓着は無い。ただ、己の願いのままに燃え盛る火を、いつか尽き果てるその時までを、この目で見ていたいとは思う。愛染が、フォージであったブライトとしてでなく、“愛染 陸”としてその生を終えるその時までは。

 “私の前で取り繕うな”とは、とは戦いに赴く尚に愛染が返す言葉だ。彼と過ごす日々は決して長くは続かない。薄氷の上、いつ崩れるかも知れない立場に尚が居るのは今に始まった事では無い。

 しかし、苛烈にその命を燃やし、その身を激情に焦がしながら今を生きる様を間近で見ているのは気分が良かった。

「今回の対象はステージ1、まだ被疑者の段階だ。程々に、な」

 喋りながら銃の安全装置に手を掛ける。自分達に要請が回って来る案件となると、高確率でステージ進行の可能性が高い。愛染もそれは分かっている。拳を握りながら物騒に笑う。

「ハッ、ブライトだってハッキリしている方が私にとっては好都合なんだがな。加減をしないで済む」

「君、今まで捕獲対象に加減なんてした事ないだろう?」

「当然だ。ブライト相手にそんなモノは不要だからな」

「相変わらずだねぇ」

 暗澹とした世界であっても、そんな事など構いもせずに愛染は命を燃やし続ける。

苛立ちと怒りを薪にして。ピースメーカーという銃の形を取る願いのままに。

 そして、尚もまたその銃を握る。その身に請け負った責務と――何よりも疎む存在を殺す為に。

 徐々に明けゆく黒夜を、灼熱を押し込めた漆黒の弾丸が切り裂く時が、もう間近に迫っていた。




《了》

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銀剣のステラナイツ 紫弾のオルトリヴート『黒夜に揺らぐ業火』 ゆたか@水音 豊 @bell_trpg

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