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 教室に入ると既に何人かの学生が座っている。

 やる気のある生徒は前列に座りノートを広げているしとりあえず講義に出席して単位さえ貰えればと考えている生徒は後ろで固まって談笑したり机に顔を伏せて寝ている。

 その中から俺は知った顔がいないかどうか周りを見渡すがどうもいなさそうだ。

 確かこの授業は千尋も久志もとっていないので二人を探したところで無駄ではあるがそれでも一人で授業を受けるのは少し寂しい。

 勿論、理由はそれだけで無くテストの時に頼れる仲間がいればと言う下心が無いかと言えば嘘になる。

 残念に思いながらもう一度、念の為にと見渡すと一人、こちらを見ている学生と目が合った。

 恥ずかしさのあまりお互い一旦は目を逸らすがまた目を合わせる。

 流石に二度も目を離すのは気が引けたので手元の荷物をカバンにしまって彼女の方へと近づく。

 ナンパと間違われない様に細心の注意を払いながら話しかける。

 「横、いいかな?」

 「どうぞ」

 「俺、この授業で知り合いがいなくてさ。ちょっと寂しくなって」

 「分かりますよ。私も友達になった子が今日は別の講義に出てるので」

 どうやら彼女も俺と同じく進学を機に引っ越して来たそうでさっき言った友達も入学式で偶々、同じ地方の出身だったらしい。

 「そう言えば名前聞くの忘れてた。俺は伊藤、伊藤文也。そっちは?」

 「私は・・・」

 彼女が名前を言おうとした瞬間、講師が教室に入って来た。

 「また後でね」

 小さな声で彼女は囁いた後、お互い、目の前の黒板と講師の方を注視した。

 授業自体はまだ始まったばかりということもあってかそれほど難しさを感じないがそれでも単位を落とす人間がいることや基礎をしっかりと覚えていれば不可にはならないだろうと安心感を与えながら講師は話を進める。

 後ろの方ではその言葉に安心しきった早とちりか余裕のある人間かのどちらかがひそひそ話を始めていた。

 それを注意するでも無く講義を進めていく辺り、高校までとは違うのだろうなと思えた。流石に声が邪魔になる大きさになった時は注意が入ったが・・・

 授業を真面目に聞く振りをしながら彼女の顔を横目で見る。隣の名前を聞きそびれた彼女もノートを取りながらこちらを見ていた。

 お互い授業が始まる前にあったことを思い出したのか吹き出しそうになるのを堪えながら再び前を向く。

 講師の注意もあってか講義はその後はつつが無く進んだ。

 

 終了の合図と共に静かな教室は突然、音に囲まれる。その雑音の中から彼女の声を拾う。

 「さっきは答えそびれたけど私の名前は黒瀬清美。よろしくね。伊藤くん」

 「こっちこそよろしく。黒瀬さんはサークルとか決めたの?」

 「大体は目星は付けたかな。伊藤くんは?」

 「まだ何にも。今日、友達と見て回ろうかと思っててよかったら紹介するよ」

 「ありがとう。今日は目星を付けたサークルに入部届を出しに行くからまた今度、お願いするわ」

 「りょーかい。じゃあ俺、友達を待たせてるから先に行くね」

 そう言って俺は待ち合わせの場所に急いだ。




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