4.
耳元で電子音が鳴り響く。どうやら朝・・・では無く昼のようだ。時計の針は11時を過ぎた頃を指している。
「ギリギリ朝だな・・・」
そう自分に言い聞かせながら起き上がる。昨日は遅くまで起きていたせいなのか身体が怠い。都合のいいことに今日は講義が昼からなのでまだ準備をゆっくりしても十分に間に合う時間だ。
シャワーでも浴びようかと浴室を開ける。
そこには何も入っていないバスタブに浸かりながら寝ている和美さんがいた。
「とりあえず飯食いに行くか・・・」
現実逃避は現代の若者の必須能力だ。扉を閉じようと手をかけた瞬間、バスタブに眠る残念な人が立ち上がる。
「おはようございます。和美さん」
「おはよう。そして死ね」
理不尽な挨拶だ。とりあえず逃げよう。
そう考えた時にはすでに部屋を飛び出しているところだった。
「すまなかったな。酔って帰って来たことまでは覚えているんだがその後の記憶が全く無くてな。気がついたら風呂でお前に襲われてたから思わず・・・悪かったよ」
「いや・・・まず聞きましょうよ。手を出す前に・・・文也の顔、漫画みたいな手形ついてますよ」
ちょうど食堂で朝食?が一緒になった一郎が引きつった顔をしながら僕を庇う。
「どう考えても今回のは和美さんが悪いでしょ。人の部屋に不法侵入してた挙句、濡れ衣で手を出したんだから」
「わかっってるわよ。だから謝ってるんでしょ!」
とても謝られている気分にはならないのだがそれをこの人に言ったところでしょうがないだろう。大人しく泣き寝入りしておこう。
この話はもう終わり、そう思ったところに放火魔が現れる。
「いや、流石っすわ。酔った勢いで右も左も分からない未成年を襲うとか。ぱないいっすね」
パンフリお前・・・一郎もこれはまずいと思ったのか特に理由もなくお母さんの方へ避難し始める。悲しいことに逃げ遅れた俺はパンフリと和美さんに挟まれる形となった。
「相変わらず喧嘩を売るのが好きだなお前・・・仕事はどうした・・・」
「今日は一日ダラダラデーなので。それより和美さん!ちゃんと心から謝らないと。なぁ文也」
こっちへ振るな。さっと目を逸らした先には怒りの炎が目に宿った和美さんの顔。
「あのほんともういいので次から気をつけて下さいね」
「次から気をつけて下さいね」
被せるなパンフリ。
パンフリの頭に味噌汁が注がれワカメが僕の頭に乗っかったのは言うまでも無いだろう。
すぐにお母さんが怒って大人しくなったが僕としては味噌汁が宙を舞う前に止めて欲しかった。そのことを伝えるとガス抜きはさせておかないとね。とのことだったが僕の溜まったガスはどこで解放すれば良いのだろうか。
散々な朝?ご飯だった。そもそもお母さんはこんな時間に起きてきた僕にも怒っていたのでは無いだろうかと思ったのはしばらくしてからのことだった。
「昼から大変だったんだな」
やはりあれは昼ごはんだったか。
「ほんと散々だったよ」
大学のラウンジで久志と今日の事件について話していた。他人事だからと腹を抱えながら笑う友人を見て飲んでいるイチゴ牛乳を鼻から噴き出せばいいのにと呪った。
「でも変な人が多いとはいえ悪い人がいなさそうなのは良かったよな。隣の部屋がやばい奴だったら入居してすぐに部屋探ししないといけなくなるし」
確かにその点では恵まれていると思った。パンフリにしても和美さんにしてもちょっと過激なところがあるが基本的にはいい人だ。それにいざという時はお母さんが止めてくれるので安心だ。
「俺の話ばっかりだけどお前のところはどうなんだよ。なんか変な住人とかいないのか?」
「残念だったな。俺のところは至って普通の人しかいないよ。というより学生がいないな。一人暮らしのサラリーマンとOLばっかだ」
「なんだ。つまらないな」
「つまらないのが一番だよ」
それはそれで寂しくないのか。そう思うあたり俺はすでにあの連中に取り込まれているのかもしれない。
その日は講義も昼に二コマほどだった為、久志と買い物に出かけることにした。水野も誘ってはみたがあいつはまだ授業が残っているとのことで別の日に遊ぶ約束をして大学を出た。
「何が欲しいんだ?」
「いや、実はある程度は家から引っ越しの時に持ってきたんだけどテレビは流石に持ってこれなくてさ。妹と一緒に使ってたから持って行くことを許してもらえなくて」
「そういえばそうだったな。じゃあ家電量販店行くか。確か駅前に大きなやつがあったし」
大学の最寄り駅が栄えているのはありがたい。大体のものがそこで揃うし帰りに寄ることができるので楽だ。高校の頃は何をするにも移動が面倒だったことを考えると徒歩でどこにでも行けることに感動を覚える。
「とりあえず安いのがあればいいんだけど。予算も無いし」
まだアルバイトも決まっていないので今は親からの仕送りと引っ越しの際に渡されたお金でやりくりしているが下宿までさせてもらっている手前、早めにアルバイトも探さねば。一郎さんとかいいアルバイト知らないかな。大学生としては先輩だし色々と聞いてみるか。
二人でアルバイトは何をしてみたいか話しながら歩いているとあっという間にお店に着いた。
実家ならまだ先の見えない田んぼ道を歩いているところだっただろう。
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