3.お手柔らかに

 2周間ほどが立ち学生生活にも慣れ始めた頃、パンフリこと臣吾に夕食に誘われた。特にその日は予定も無かったのでお母さんに断って2人で駅前の男2人にぴったりな小汚い居酒屋で食べることにした。

 「どうだい?もう慣れたかい?」

 おしゃれなバンダナを巻いている様に見えるが目の前の男はここで果敢に犯罪行為に走っていた。同類と思われたくないので気がついていないふりをしているがどう見ても頭にはパンツが巻かれており一歩間違えれば巻き添えだ。

 あくまで気がついていないふりを貫こうとするほど目が行ってしまう。

 「あら臣吾ちゃんじゃない。あらっ?もしかしてその子は」

 声のする方を見ると着物を着たパンツ男の知り合いには似つかわしくないきれいな女性が立っていた。

 「あっお久しぶりです!そうですよ。文也って言うんで仲良くしてあげて下さいね」

 「はじめまして伊藤文也といいます。えっーと・・・」

 「私はサクラという名前でこの近くのバーを経営してます。そっか君が例の・・・シノブちゃんから話は聞いてるわ。最もシノブちゃんもまだ会って無いって言ってたから私の方が先に顔を見ちゃったわね」

 「後で店に連れていきますよ」

 文也の了承無しに臣吾が勝手に決める。まだアルバイトも決まって無いのにお金あったかな?生活費の心配をする文也をよそに2人は会話を続ける。

 「それにしても相変わらずおしゃれなパンツね」

 「さっすがサクラさんわかってくれますね。和美さんとは大違い」

 「あら私だけじゃなくてこの店のオーナーも褒めてたわよ」

 「ここのオーナーはやっぱり同士ですからねー」

 んっ?ちょっとまて何かおかしな会話が僕を置いて目の前で起きているぞ。

 「えっ・・・サクラさんこの人がパンツ被ってるの知ってるんですがと言うかこの店の人も!」

 「当たり前じゃない、そもそもここ彼のバイト先だし」

 何を言っているの?と言うような顔で僕を見てくるがいやまてその顔はおかしい。正しいのは僕の顔だ。そう思い仲間を探して店を見渡す。

 この店の客は文也の期待には答えてはくれなかった。

 どうやら僕は魔界に踏み込んだらしい・・・。いやおかしいだろ。

 「まぁそういうことだから従業員割引で安く食えるから今日は気にせず食えよ。俺の奢りだ」

 これ食べたら人前でパンツかぶる変態になるのかな・・・?そんなことを思いながら出された刺し身を食う。

 「ところでサクラさんはどうしてここに?店、もう開けるころでしょ?」

 「そうそう!オーナーに用事があってね。店、シノブちゃん1人に今日は任せてるからすぐ戻らないと」

 そう言ってそそくさと奥のスタッフルームに消えて行った。

 「てかちゃんと働いてたんですね」

 「文也も俺をニートと思ってたのか」

 「いやただの変質者かと」

 「ファッションだよ」

 このファッションだけは流行る時代は来ないで欲しい。刺し身を食べながらさっきの話が気になったので聞いてみる。

 「そう言えばシノブさんって人は・・・?」

 「あぁまだ未経験だったね」

 ちょっと引っかかる言い方だが深追いはやめよう。

 「さっきのサクラさんの店で働いてるから基本的に夜勤なんだ。だから君と会うことが無かったんだろうけどすごくいい人だよ。今日、誘ったのは実はシノブさんに会わせようと思ってさ。ただバーだから腹が膨れるものってそんなに置いてなかったりするから」

 「でも僕、まだ未成年ですよ」

 「そのへんは大丈夫。ノンアルコールもあるし無理に飲ませるような店じゃないから。落ち着いてていい店だよ」

 果たして信用していいのだろうか。まぁ目の前の男はともかくサクラさんは大丈夫そうだし問題ないだろう。

 このとき僕は忘れていた。


 食事が終わり会計を済ませる。さっき言った通り飯代は全て臣吾持ちだった。金額は割引が聞いているとは言え破格の安さで度肝を抜かれた。ここでバイトすればいいのではと思わず思ったがあいにく今は募集をしていないようだ。残念。

 会計中、食事をとっていた常連と思われる客達が臣吾に話しかけていた。どの客も頭のパンツを褒めておりやはり自分は魔界に紛れ込んだのではと再度思った。

 「こっちだよ文也。この路地を入ったところにあるんだ」

 サクラさんのバーは居酒屋から歩いて5分ほどの距離で居酒屋のある大通りから一本、奥の通りに店を構えていた。店の名前はそのまま『サクラ』。わかりやすい。

 中からは誰かの歌声が聞こえる。バーというよりスナックに近いのかな?そう思いながら臣吾に続いて中に入る。

 「いらっしゃい。待ってたわよ」

 さっき聞いた声に少し安心する。

 店内は薄暗く如何にもお酒を呑むところという印象を受けたが全体的にガチャガチャしており落ち着いている印象を受けない。

 そんな感想を声に出さずとも感じ取ったのかサクラが

 -ご期待に添えなかったかしら?-

 そんな顔を向けてくるがフルフルと首をふるような気持ちで顔を見返すとにっこりと笑ってカウンターを案内してくれる。

 「今日はシノブちゃんの奢りだから2人とも気にせず飲んでね。と言っても彼はまだノンアルだろうけど」

 「いえ!そんな奢ってもらうなんて!」

 さっきも臣吾に奢って貰ったばかりだ。流石に奢られてばかりでは気が引ける。

 「気にしなくていいよ。今日は元々シノブちゃんに文也を会わせるために連れ出したんだ。だからこれはシノブちゃんからの歓迎会ってとこ」

 「そうよ。気にしなくていいの。シノブちゃん!彼、来たわよ!」

 サクラさんが呼ぶ方を見ると・・・バーコードがあった・・・

 「そっちじゃないからな」

 臣吾がすかさずツッコミを入れる。

 「失敬な!間違われてもいいじゃないか!このサラサラヘアーを見て間違えることもあるさ!」

 バーコードが話をややこしくする。

 「ちょっとみっちーは話ややこしくなるからストップ」

 バーコードの後方から野太い声が聞こえてくる。

 座っていたからか分からなかったがでかい・・・ヒグマがバーコードを襲っているみたいだ。

 「あなたが噂の文也くんね。なかなかかわいい子じゃないの」

 青ひげの残るダンディーなミニスカのおじさんが近寄ってくる。これはどっちだ・・・冗談なのか、それともまじなのか。

 「あっ文也!こちらシノブさんだよ。シノブさん相変わらず声渋いね」

 「それ気にしてるんだから言わないでちょうだいよ。臣吾ちゃん」

 どうやら騙されているわけでは無いらしい。いや騙されているが。

 「シノブさんって男性だったんですね。勘違いしてました」

 「あら言って無かったの?」

 「あぁ忘れてました。そもそもそこ何も考えて無かったです」

 どこかの生き遅れの酔っぱらいように文也を驚かす為の秘密ではなく単純に考えて無かったようだ。そこには全くの悪気もない。

 そう言えばこの人、頭にパンツ被ってる変態だったんだ。馴染みすぎて忘れていた。

 「驚かせてごめんなさいね。一応まだ付いてるから男よ。心は違うけど」

 「あっちなみにサクラさんも男だから。今度はちゃんと言っとかないとね」

 そんな気はしてたよ。やっぱりそうなのか・・・そう思いながらサクラさんの方を見るとニコニコしながら手を振ってくる。

 「私もまだ付いてるわよ」

 「ちなみにわしも付いてるぞ」

 酔っ払ったバーコードが輪に入ってくる。

 「いやどう見てもそうでしょ」

 「若いな。青年、わしのこの髪は変装かもしれんぞ?」

 いやどう見てもその髪は天然だろう。絶滅危惧種のニホンオオカミ手前にしか見えないぞ。

 口には出さないものの思わずツッコミたくなる人達だ。

 「この人はここの常連客のみっちー。今、娘さんが反抗期なのよ」

 その情報が重要なのだろうか。わからないが一応おとなしく聞いておこう。

 「そうなんだよ。近頃の若い娘ってのは・・・」

 「そう言えば娘さんK大志望よね?この子今年からK大よ。勉強教えて貰ったら?」

 「なんだと!それはいい考え!しかし年頃の娘の家庭教師に若い男と言うのはだな。うーん」

 勝手にバイトが決まりそうだ。とりあえず止めないと。

 「確かに僕はアルバイトを探してますがまだ家庭教師をするとは決めて無くて・・・」

 「何っ?うちの娘のどこが駄目だというのだ!」

 「いいじゃん!俺は賛成!大丈夫だよ。文也はきっとそんな勇気ないから」

 それはそれで傷つくのだが、というより勝手に決めないで欲しい。酔っ払いと変態にバイト先を勝手に決められそうになり困っているとサクラさん(男)が助け舟を出してくれる。

 「3人とも落ち着いて、今日は彼の歓迎会の為に呼んだんでしょ。アルバイトの件はまず娘さんや奥様の希望もあるだろうからそれ聞いてからよ。みっちー。そうしないと愛想尽かされるわよ」

 その言葉に酔いが少し冷めたのかみっちーがおとなしくなる。

 「ごめんなさいね。嬉しくてついふざけちゃったわ。何飲む?好きなの頼んで頂戴。みっちーそんなショボンとしないの。みんなみっちーのこと好きよ」

 サクラから注文したコーラを受け取りシノブの隣に座る。

 「挨拶が遅れましたが伊藤文也です。この春からこっちに引っ越して来ました。よろしくおねがいします」

 「こちらこそよろしく。ここではシノブって名前だけど、まぁこの場の皆は知っているから言うけど本名は野村忍。普通の名前でしょ?部屋は101号室を使ってるわ。小林くんの隣ね。彼には会った?」

 小林・・・すぐには出てこなかったが思い出した。ロリコン教師のことだ。

 「この前、会いました。子供が好きだとか」

 「まぁかなりの変態ね。紳士だけど」

 パンツ被ってる人、隣にいますけどこの人はシノブさん基準ではどうなんだろう。セーフなのだろうか。そもそのあのロリコンは紳士なのか。慣れたと思っていたが久しぶりに頭が混乱してくる。

 「ところで文也君はもう私の息子にあったのかしら?」

 「シノブちゃんいきなり下ネタ?みっちー嫉妬しちゃう」

 「はいはいみっちーはこっちで私と飲みましょうね」

 サクラさんがバーコードの変態を連行して行く。

 「息子ってのは本物の方ね。ち○こじゃないわよ」

 コーラおかわりぐらいのニアンスで言ってくるせいか何も感じない。

 「息子さんいるんですか。まだお会いしてないですね」

 住み始めてしばらく立つが見かけた記憶が無い。まさかとは思うが隣のパンツ男は違うだろうし。ただシノブさんの見た目から言って学生ぐらいの子供だとは思うのだが心当たりが無い。

 「年齢はあなたより2つほど上かしら今は大学もサボり気味で行かずバンド活動してるわ。ほんとに親の顔が見てみたいほどの不良息子よね」

 「学校は違うところですか」

 同じ大学なら色々聞けると思い尋ねてみる。

 「残念ながらK大じゃなくてここから二駅ほど離れたところのD大よ」

 少し残念な気もしたが大学生の先輩として色々聞いてみたい気はした。ただこの親かつ親の話を聞く限りでは食堂事件の真琴同様あまり参考にはならないかもしれないが。

 その後はこのバーで働いている経緯やあのアパートの住人との付き合い方を2人にレクチャーを受けているうちに夜は更けていき最後はみっちーとデュエットをして仕事中のシノブさんと臣吾の2人を残し先に帰宅した。

 門をくぐり部屋への階段を登ろうとしたとき奥の食堂から声が聞こえる。

 この時間だ。ロリコンの小林がまた遅めの夕食でも取っているのだろうと思い挨拶だけ済ませて戻ろうと半開きの扉を開ける。

 案の定少し空いた扉からビールを飲みながら食事を取る小林の顔が見えた。と同時に誰かと話しをしているようだ。

 「やあ、伊藤くん。遅いお帰りだね。シノブさんに会って来てたのかい?」

 どうやら今日、文也がシノブに会うことはここの住人は知っているようだ。

 「えぇ小林さん。そちらの方は?」

 彼の向かい側に座り一緒に食事を取っている青年が気になり挨拶も忘れ尋ねてしまっていた。

 「初めまして。僕はさっき君が会ってきたシノブの野村忍の息子です。一郎といいます」

 「こちらこそ初めまして。今年ここに引っ越して来た伊藤文也といいます。よろしくお願いします」

 思わずかしこまってしまう。シノブの子供と思えないほど見た目も言動もまともだ。まるでシノブという目の細かいふるいに掛けられ一切の不純物が取り除かれたように思えるほどのさわやかさを持っていた。

 「なんかお父さんと違いますね」

 思ったことを口に出してしまう。

 「よく言われます。まぁあんな父ですが僕は結構好きなんですよ。こうやって大学にも通わせてくれてますから」

 まったくそこには嫌味や父親への不快な気持ちは無く本当に心からそう思っているようだ。

 「バンドしてるって聞きましたけど」

 「あぁ父さんから聞いたんだね。色々文句を言ってたでしょ?」

 どう答えようかと迷っていると先に一郎がその答えを言う。

 「大学は結構真面目に行ってるよ。おかげで単位はそれほど心配ないんだ。理系の忙しい学部でもないからのんびりしたものさ。それを見越して大学を選んだのもあるんだけどね。素人とはいえ意外とファンがいてね。僕の口から言うのも恥ずかしいけど。ここのところはそれで家に戻れて無かったのもあるんだけど」

 その後も文也の歓迎会に参加できなかったことのお詫びと別の日に誘わせてもらうという申し出にそれならライブを見せて欲しいことを伝えたり、小林も交えて和美さんの悪口を言い合ったりしているうちにお母さんが起きる時間が来てしまった。

 さっさと顔を洗って来なさいと叱られながら食堂を追い出される。

 部屋に戻り顔を洗いながら何だまともな人もいるじゃないかと安心すると眠気が一気に襲ってきた。

 朝食の用意してくれてるんだろうな。今日は講義は何時からだっただろう。

 そこで文也の記憶は一旦停止をしてしまった。

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