第47話 絶望

 ハリカはナイフを左手に持ちエイレムの服を切り裂き始めた。

 エイレムの見事な胸が露出する。

 腹が・・・腰が・・・全てが露出した。

 これではアスランに申し訳が立たない。


 ハリカは指を切り落とされ、エイレムは服を引き裂かれている。

 今何とかしないといけないのに何も出来ない。

 転移も出来ない。アスランに助けを求めることも、魔法さえ使えない。

 ほぼすべてのフェムトの機能が阻害されている。

 何が使えるのかさえわからない。

 もしかして、今殺されてしまえばそのまま死んでしまうのだろうか。


「醜い体だな。何だその胸の脂肪は?吐きそうだぞ。」

「どこが醜いの?」


 男爵のバカ息子イスメトを刺激してはいけないとは思いながらも声が漏れる。


「俺は女が嫌いなんだよ。だからその醜い体を見ると吐き気がする!だから、見たくないものを切り刻むんだ。醜いというのは見にくいから醜いと言うんだ。見にくいんだから見たくない、だから切り刻むんだ。分かったか!」


 何だ、その屁理屈、とは思いながらも声に出す気持ちを押し止める。これ以上酷いことが起こらないように・・

 この空間は完全にバカ息子に支配されていた。


「おい貧乳!お前悔しいだろ?その女がそんなデカイのを胸につけてるのが。だったら切り落とせ!」

「悔しくないから出来ません。」

「やれと言ったらやるんだよ。俺が気持ち悪いんだ、お前の気持ちなんか知るか!」

「出来ません!」

「やらないとお前の腕を切り落とすぞ。なんてったってお前には切り落とす胸がないからな。あーはっはっは。」

「くっ・・・出来ません。」

「おい、クリプ。貧乳女を鎖に繋げ。」

「はい。」


 バカ息子イスメトが秘書クリプ・シケルに命じる。

 クリプがハリカの腕を取り鎖で縛る。腕の肉に鎖が食い込む。指から血が更に流れ出た後、血があまり流れ落ちなくなった。


「もう、止めて!知りたいことがあったら何でも教えるから。もう切らないで。」


 私はこれ以上取り返しのつかない被害を被る前にすべての情報や与えられるものを与えるしかないと諦めた。

 強姦されてもそれで済むかもしれない。

 でも指が切り落とされたり、殺されればもう取り返しがつかない。元には戻らない。


「知りたいこと?無いな。その内お前らが勝手に話すんじゃないのか?それより、お前らを切り刻みたいな。」


 こいつ、本物だ!

 本物の変態だ!

 本物のサディストだ!

 モノホンだ!

 前世なら、BAU(Behavioral Analysis Unit)が捕まえるタイプの人間だ。

 思い出せ。

 思い出せ。

 思い出せない。

 こういうやつに捕まった時に殺されない対処法があったはず。

 同情する?

 共感する?

 反抗する?いや直ぐ殺されそうだ。

 どうした?登場人物はどうした。登場人物はほとんど殺された。助かった人はBAUが救出した人だけ。いや、そんなことはないはずだ。

 生き残った人は何かをやって救出するまで延命したはずだ。

 何をした?

 思い出せない遠い記憶・・・

 ここから遥か彼方に存在する地球の、それもはるか昔の記憶・・


 何かしなければ。

 よし、決めた。まず、共感してみよう。


「私あなたの気持ちがわかるわ、イスメト。」

「そうか、俺の気持ちがわかるのか。よし。じゃあ、お前にもやらせてやる。クリプ、ナイフを渡せ。殿下、そのナイフで巨乳女の左胸を切り落とせ。」

「無理です。無理!」

「やっぱり、無理なのか。それじゃ俺の気持ちが分かったというのは俺を騙したのか?」

「ち、違いますぅ!わ、私わぁ、両手をぉ、鎖でぇ、繋がれてるからぁー、これをー、外してぇー、もらわないとぉー、出来ないんですぅ〰。外してもらえますぅ〰?」


 出来る限り可愛く懇願してみた。


「何だ、その臭い芝居は?なにか企んでるのか?」

「ひっ、酷ぉーい!酷いですぅ。私わぁ、そんなこと出来るほどぉ〰、賢くありませんよぉ。旦那様〰。」

 」

「そ、そうか?なら仕方がないなぁ〰、こいつぅ〰・・・・って俺は女が嫌いなんだぁ―!」


 あー、そうだった。すっかり忘れてた。


「でも、私を妻にするんでしょ?だったらぁ、旦那様ですぅ〰。旦那様のぉ〰、気持ちわぁ〰、分かるからぁ〰、趣味を共有したいんですぅ〰。私もぉ〰、この貧乳をぉ〰、切り刻みたいですわぁ〰。だからぁ〰、ねっ、これ外して?私わぁ〰、女性だからぁ〰、男性二人にはかないませんし〰、安全第一ですよぉ〰!?」

「そうか?よし、外してやれ。」

「宜しいのですか?」

「いいぞ。」

「はい、承知しました。」


 秘書のクリプが私の手の鎖を外した・・・


 やった、これで・・・




 ――――――――――――――――――――



 攻撃がやんだ。


 当たりに静寂が訪れた・・・


「終わったのか?」

「終わったようだな。反撃に出るぞ。」

「がんばれ!」


 俺はボラさんを励ました。


「お前もだよ。何傍観者気取ってるんだ。一緒に来い。」

「へい、へい。」


 ボラさんの後を付いてゼンギン邸を出る。

 庭には敵兵はいないが、ゼンギン邸の塀の外に沢山の兵が見える。

 ユスフ・バヤル男爵が俺達を見て命令を出す。


「き、来たぞ、殺れ、お前たち。」

「はっ!」


 男爵の命令に従い十数名の兵士が剣を抜きこっちへ突進してくる。

 槍を構えた兵士達も後に続く。

 その後方では弓を持った数えられないほどの兵が弓を構え矢を射る。

 剣を持った兵達の到達前に雲霞のように湧いた矢の群れが上空から襲い来る。

 どうやら、兵士到達の前に殺してしまうか、出来なくても弱らせ、弱ったところを兵士が捕まえる作戦だろう。


 矢が頭上に到達した。

 剣で矢を切る。

 切る、切る、切る。

 緩慢な時の中で緩慢に動く矢を簡単に切り落とす。

 隣ではボラさんが少し快復した魔力を使い矢を焼き払う。


「おい!何でシールド張らないんだ!死ぬとこだっただろ、俺は魔力がもうないんだぞ!」

「矢は剣で切り落とせるでしょ!?」

「これだけ矢が多いと無理、無理だ!」


 矢が止むと同時に兵士が剣を振るい始めた。

 右からも左からも前からも襲ってくる。

 騎士道など無い。

 ただの袋叩き状態だ。

 右と左から同時に剣が来る。

 一本の剣では防げない。

 体を動かし避けるしか無いが前からも剣が来る。

 後方に下がるしかなくなった。

 しかし、後ろにいたボラとぶつかり二人して倒れた。


「おい、何するんだ!」

「ごめん。後で謝るから。」


 ズブッ!!


 言ってる間に兵士が剣で俺の胸を突き刺した!

 刺さっている場所は心臓だった。

 心臓はその機能を停止する。


「あ!アスラーン!大丈夫かぁ!?」

「あっ、大丈夫ですよ。失敗しました。」


 俺は剣を胸から抜き取る。

 心臓は再稼働し始めその傷は一瞬にして修復される。


「血が出てるぞ。大丈夫なのか?」

「もう治りました。心臓を刺されたくらいでは死にませんよ。」


 起きて攻撃してくる敵を殲滅していく。


 策が潰えたのか男爵がタリプと共に逃亡を開始した。

 これで終わりだな。

 ただ一抹の不安が残る。

 フェムトの機能を阻害することが人間に出来るわけがない。だとすれば、背後に双頭の猿のような存在がいるのかもしれないと思わざるをえない。

 ともあれ敵兵に守られながら逃走する敵のボスを敵兵を蹴散らしながら追いかける。

 敵兵に邪魔され遅々として接近を阻まれているとはいえ後少しというところまで迫る。


 そこで、それは起こった。


 目の前が真っ白になる。

 それにぶつかり跳ね返された。

 周りを見回すと俺とボラさんは直径2メートルほどの球体の中に閉じ込められていた。

 そして、してやったりと言った顔をした敵のボス、ユスフ・バヤル男爵と秘書のタリプ・シケル、更には多くの敵兵が球体の周りを囲んでいた。


 許せないのは皆が皆、顔がにやついていた。


 あー、ムカつく!

 敵の罠に嵌ってしまった!

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