第43話 謀略
勇者がベッドに入った頃ゼンギン邸の豪華なリビングでは来客が丁度帰るところだった。
客はゼンギン侯爵の寄子のユスフ・バヤル男爵と秘書のタリプ・シケル。
ユスフはハゲで小太りの40歳。タリプは細身長身の35歳だ。
二人は貴族が乗る豪華な馬車に乗り込みゼンギン邸を後にした。
「タリプ。どう思った、ゼンギン侯爵は気づいていると思うか?」
「いえ、全く気づいてはいないでしょう。」
「そうか、だったら明日決行だな。」
「はい。明日の夜はゼンギン邸で年代物のワインで乾杯しましょう。」
「そうだな。明日の晩にはこの領地は儂のものだ。」
「そう言えば、息子のボラがレイラ姫がこの街を訪れていると言ってましたが、放っておきますか?確保しておけば王宮に対する人質として使えますよ。」
「しかしなぁ、国に対して反旗を翻すのはまずくないか?援助がしてもらえなくなるぞ。」
「いえ、これは千載一遇のチャンスです。姫を人質に取れば国家として独立できますよ。こんな良いチャンスは二度と来ないかもしれません。」
「そうか。そうだな。よし、姫を人質に取る部隊を組織して捕まえさせよう。」
「私に指揮させてもらえませんか。部隊は必要ありません。上手く確保してきますよ。問題はアスラン・バラミール侯爵が一緒だということですが、殿下を人質に取れば何も出来ないでしょう。男爵からのパーティーへの招待だと連れ出して馬車の中で確保します。」
「上手くやれよ。」
「御意。」
――――――――――――――――――――
宿に宿泊した翌日、起床後朝食を宿の食堂で食べていると私達は突然思いもよらぬ訪問を受ける。
相手はこの領地のゼンギン侯爵の寄子であるユスフ・バヤルの使者だというタリプ・シケル。
何でも、ユスフには私と同じ年齢の娘がいるので昼食会に招待したいとのことだ。
「アスラン、あなたも行く?」
「いえ、女子だけの集まりだということでアスラン侯爵には、本日はご遠慮願いたいと言う事でした。」
「良いよ、俺は今日ちょっと確かめたいことがあって一人で行動するよ。」
「ま、まさか娼館に行くんじゃないでしょうね。」
「違う、違う。(自宅で、卵が動いているらしいんだ。生まれるかもしれないから残してきたフェムトが教えてきた。)観光だよ。」
「あー、そうなの、くれぐれも娼館には行かないようにね。(じゃあ、卵持ってきて。生まれた時に一匹だと馴れないかもしれないでしょ。)」
タリプに聞かれたらまずいことをフェムトでこっそりアスランと会話する。
「じゃあ、私達昼食会に行ってくるから。夜には帰るわよ。」
「行ってらっしゃい。ごゆっくり。」
アスランを宿に残し、私達、エイレムとハリカの三人は使者タリプ・シケルが乗ってきた豪華な馬車に乗り込みバヤル男爵邸へと向かった。
「どうぞ、紅茶です。」
馬車の中は至れり尽くせりでのんびり寛げる。
紅茶は美味しく全て飲み干す。
「お代わりもらえますか。」
「ハリカ、はしたないわよ。」
「大丈夫です。ご遠慮なさらずお飲み下さい。」
街の中の道路は奇麗に石畳で舗装され、その為馬車は一定のリズムで振動しながら進んでいく。
一定の振動と暖かな馬車の中の空気が眠気を誘い身体を痺れさせていく。
ん?痺れさせていく?
か、身体がう、動かない?
「ひ・姫・・なんか・・・か・・から・・だが・・痺れて・・・」
「ハリカ・・だい・・じょう・・ぶ?エ・・エイレム・・は?」
「わ・・ワ・・タク・シも・・・へ・・へ・・ヘックシュン!」
「エ・エイレ・・ム・・・こ・こんな・・時に・笑わせ・・ないで・・」
「あは・・あはは・・は・・は・・」
「お前ら、こんな状況でよく笑えるな。おまえたちは今日から人質だ。役目を終えたら・・」
「か・・帰し・・て・・くれるの・・?」
「いや、その後は奴隷だ。喜べ。男どもが可愛がってくれるぞ。」
「た・・楽・・し・・そう・・」
「喜ぶな!」
私達は首輪をつけられた。
「これで、フェムトも終わりだな。この首輪はフェムトさえも行動不能にする。」
え?
なぜ知っている?
強烈な眠気が襲い意識が次第に薄れていく。
「眠いだろ。安心して寝ておけ。」
そう言うと、タリプの顔がぼやけたかと思った途端その顔はレプタリアンに変っていた。
――――――――――――――――――――
俺は宿の部屋から自宅の王都の屋敷へと転移した。
卵を置いていた場所に行くと卵はなく見回すと近くに転がっている。拾い上げようと手を伸ばす。
すると卵は転がり始めまるで俺から逃げるように転がっていく。
足を止めると卵は転がるのを止めた。
また拾い上げようと近くに行くとまた転がり始める。
まるで逃げるように転がっていると思ったのは間違いで、どうやら本当に逃げていたようだ。
ただ、俺が足を止めると逃げるのを止めるので本気で逃げていると言うより、鬼ごっこを楽しんでいると言った感じだ。
面倒だったのでフェムトを使って、まるでサイコキネシスのように持ち上げ腕の中に持ってくる。
良く見ると卵の一部がかけている。
そこから中が見える。
目が合った。
すると、中の生物は一気に卵の殻を破って卵から出てきた。
出てきたのは真っ白いトラだった。
竜じゃなく虎だった。
あれ?竜じゃなかったの?どういうことだろう。
なんかベタベタしていて汚い。
「洗おうかな。」
ふと思ったことが口に出た。
「温かいお湯で洗ってくれ。」
「ん?虎が返事したぁ!?」
「当たり前だろ。オレの脳は人工知能の脳なんだから。つまり、人工的に高性能になった脳だから人工知能なんだけど。脳は脳だよね。メタルのパーツは使ってないよ。」
「どれくらい賢いんだ?」
「君の100倍くらい?」
「なんか、ムカつく。」
「でも、君にはフェムトがあるから全く変わらないよ。」
「そんなことまで知ってるのか?」
「だって、フェムトと通信できるからね。僕にも少しフェムトが入ってるから。ナノじゃなく高性能版のフェムトだよ。」
「ふーん、じゃあ風呂はこっちだ。浮いて付いてこい。歩くと床が汚れるからな。」
「え〰、浮かべないよ。歩いて付いてく。」
「だったら俺が持っていってやるよ。」
白いトラを持ってお風呂に行く。
マイクロウエーブで水を温めお湯にする。体中に石鹸をつけて洗う。大きさは大型犬の子犬くらいだ。10キロもないだろう。なにげに筋肉質な身体だ。
洗い終わり、熱風で乾燥させる。
黄みがかっていた毛が真っ白になり、白と黒のコントラストがはっきりしたホワイトタイガーへと変った。
「俺は旅先に戻るけどここにいるか?いるなら世話をする人を雇うけど、どうする?」
「もちろん、連れてけよぉ。」
「転移は出来るか?」
「ん〰〰、出来ない。未だ無理みたいだぞ。」
「そうか。しかし、見事にレベル1だな。」
「仕方ないだろ・・って、君もレベル1じゃないか。ところで、オレの名前は何だ?」
「タツノコ太郎?」
「それ、竜の昔話だろう!」
「いや、当然竜が生まれてくると聞いてたから、そう考えてたんだ。みんなと合流した後に決めるよ、レイラ姫が。まぁ、夕方まで一人だから暫くこの街を散歩するか?」
「俺は犬じゃないぞ!」
「虎も散歩しないと豚になるぞ。」
「なら、仕方がない。散歩行くぞ。」
俺は小さな、と言っても中型犬より少し小さいくらいの生まれたばかりの喋る虎の赤ん坊を連れて我が家を出た。
「あっ、首輪!」
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