第37話 謁見の間での衝突

 猿の武器を取り上げ、王たちのロープをすべて解き終えた後は、そのロープを使って猿を縛る。100匹近くいるから大変だ。


『早く縛りなさいよ。』


 どきっ!


 音の全く無い世界で突然のお叱り。

 見れば腕を組んで俺を見ているレイラが居た。腕を組んでいるのは分かるが輪郭だけだ。目で見えているのではなく感じていて、それを視覚情報として変換しているのだろう。


『だって、仕方ないだろ100匹近くいるんだから。』

『縛らなくてもフェムトで拘束するとか、電気ショックで動けなくするとか出来るんじゃないの?』

『あ、なるほど。』

『それから、少し苦しくない?』

『うん、なんか少し苦しくなってきたな。』

『時間が止まっていると呼吸できないのよ。だから苦しくなるのよ。長い時間は無理。だけど時間が止まっているんだから呼吸する必要はないように感じるんだけど、何か不条理よね。時間は止まっても動いているんだから仕方がないか。AVのようには行かないわね。』

『何、AVって?』

『な、何でもないわよ。み、見てないわよ。見たから知ってるわけじゃないのよ。』

『何焦ってるんだよ。それじゃあ、他の猿は倒すことにするよ。』


 半分程の猿を倒した所で苦しくてたまらなくなってきた。息を止めている時の苦しさだ。呼吸したい。酸素が欲しい。堪らず、世界の色が戻ってくる。世界は時を取り戻しざわめきが辺りを埋め尽くす。


 周りの人達は何が起こったかを理解できずざわめき、突如縛っていたロープが切られていたことに驚き、猿が倒されていたことに驚き、猿は仲間の半数が倒れていたことに驚き声を上げていた。


「猿をやっつけろー!」


 余計に騒がしくなった謁見の間で怒声が飛ぶ。

 俺は残りの猿をいつものように色褪せた世界で屠り続けた。


「おい!そこ!レイラッ!欠伸するなっ!するなら手伝えっ!」


 くそっ、あの女、欠伸してやがる。飽きたのなら手伝えってんだ!


「眠いのよ。仕方ないでしょ。徹夜なんだから。疲れてるのッ。1人で頑張れっ!・・って何王女に手伝わせようとしてんの!王様も怒るわよ。」

「いや、世は怒ってないぞ。強い婿殿じゃないか。もっとこき使ってもらえ。」

「ほら、陛下もそう仰ってるじゃないか。手伝え!」

「うざい!やめてっ。」


 クッ、くそっ、我儘娘めっ!


 猿を次々に倒し、兵士が捕縛していく。

 十数分後、最後の猿を倒し終え陛下の元へ報告に行く。


「陛下、全て倒し終えました。」

「アスラン、ロープで縛られた上に剣を突き付けられた時は生きた心地がしなかったが、一体どうやったんだ?良く助けた。これで一安心だな。」

「父上、全てこのアスランが元凶よ。」

「アスランがどうしたんだ。」

「アスランが王宮に猿のスパイがいるのを伝え忘れてたのよ。」

「本当か、アスラン?」

「はい、陛下。忘れてました。でも仕方がないんですよ。教えてくれたタナカさんがその話の後で混浴温泉の話をし始めたんです。そんな話をされたらもう前の話なんてどうでも良くなって忘れるに決まっているではありませんか。陛下もそう思いませんか。」

「そ、そうだな。混浴の話をされたらそりゃ忘れてしまうよな。あーはっはっは。レイラ、これだけ強いんだから許してやれ。」

「おーっ、パパ、豪放磊落ね。」

「任せておけ。」

「アスランも見習いなさい。」

「お、おれも合法落雷だ!」

「何か間違ってるよ。」

「煩い!ポイントマイナスにするぞ。」

「はい、はい。」

「お前ら本当に仲が良いな。世は安心だぞ。今回の報酬として結婚したら侯爵の地位を公爵に陞爵する。ここまで来たらバラミール領は取り戻さなくても降格する事はないから安心しろ。」

「父上、双頭の猿は倒したから、後釜が猿の本国から送られてくる前なら領地が取り戻せると思うわよ。」

「そうか、では早急に奪還軍を組織しないとな。ところで姫、お前はアスランがいると話し方が家族だけの時と違うな。」

「それ普通でしょ、みんなそうよ。それより、お腹空いたんだけど。祝賀会だと思ってきたからアスランも食べてないし。」

「よし、皆の者、祝賀会の準備をしろ。これで当面の脅威は去っただろ。」


 暫くソファーで寝た。本当に眠かった。

 騒がしさで目が覚めた。

 既に祝賀会の準備が整い料理の良い匂いが漂っている。お腹が鳴る。


「私、天下一品ラーメンが食べたい。ダンジョンへ行こう。」


 レイラ王女が我儘が炸裂する。


「ここで良いじゃん。美味しそうなものが沢山あるよ。」

「私は口がラーメンなの!じゃあ、一人で行ってくる。あーっ、田中さんいるかなぁ。二人でしっぽりラーメンを食べたらその後は・・・楽しみだなぁー。」

「なぜ棒読み?行くよ。行けばいいんだろ?」


 結局俺達は王宮の豪華料理を食べることなくダンジョン第五層へと転移した。第五層は、まるで猿の襲撃などなかったかのように破壊された建物もなく壊された美品も撤去されていた。猿が剣で攻撃したホテルの透明な扉は全く傷など無く恰も新品であるかのような外観を呈し性能の高さを物語っていた。


 ホテルに入るとタナカさんが受付にいた。


「レイラ姫、上手く撃退できてよかったね。」

「何とかなったわよ。」

「あれ?アスランさん、到頭覚醒したね。」

「はい。タナカさんが神様御一行様だとはつゆ知らず失礼な対応をしなかったですか?」

「そんなことないよ。神様とはこの星での私達の呼び名であって実質的な神様とは違うんだ。まぁ、創造主という意味では神であるのかもしれないけど。」

「ねぇ、田中さん。あの猿が私にまだ覚醒してないって言ったんだけどどういう意味?」

「あー、それね。覚醒とは、体中の全てがナノマシンで置き換えられ、思考だけが残るという意味だね。実質的にただの同じ記憶を持った同じ思考をするロボットであって既に本人ではなくなってしまうんだ。覚醒とはナノマシンに取って代わられただのロボットになるということなんだ。」

「そうなんだ。私じゃなくなるのなら嫌ね。」

「普通は増殖機能がないから取って代わられることないんだけど、増殖機能が付加されたナノマシンに何らかの原因、例えば本人が死んで身体を維持できなくなった場合、ナノマシンの宿主の身体を維持しようとする機能が働いて体中全てがナノマシンに置き換わってしまう事があるんだ。あの双頭の猿もそうだろう。全てがナノマシンになったからこそやつのように霧状になるんだ。全てがマシンだから強いよね。だけどただのロボットだよ。」

「だからあの猿は強かったのね。」

「因みに、猿の国エイプスキングダムの皇帝はフェムトマシンを実験した時の猿で、体中の全てがマシンに置き換わってしまっている。だから、双頭の猿よりも強いよ。ただ、フェムトマシンには増殖機能はない。製造が遥かに難しいからなんだけど。だからフェムトマシンとナノマシンで身体を構成しているんだ。」

「どうしていつも実験動物に逃げられるの?」

「いや、申し訳ない。しかし、誤って逃げられたのは双頭の猿だけだ。皇帝はその双頭の猿が逃したんだ。」

「いや、逃げられたことには変わりがないな、タナカさん。」

「まぁね。」

「そう言えば、アスランの妹さんのこと聞き忘れたんだけどどこにいるか知らない?:

「おそらく、王都エイプズブルグにいるんだろ。奴らには、メスが存在しない。」

「え?ならどうやって増えるの?もしかして・・」

「そうだ、人間の女性を使って繁殖しているんだ。だから人間を攫っては犯して孕ませる。」

「そ、そんな、羨まし・・い、いや許せない。だったら、俺の妹も・・」

「多分、そうだろうな。エイプズバーグで孕ませられているかもな。」

「皇帝の子を?」

「いや、皇帝は子孫を残せない。臣下の内の誰かの子だろうな。不幸中の幸いと言うか殺されていることはないはずだ。」

「アスランどうしたの?」


 何も言えなかった。救出した時に子供がいるとしてその子供を俺は殺すのだろうか。妹はそれを許すのだろうか。頭の中で考えが堂々巡りしていた。結論など出るはずもなかった。そこには妹の意志が欠如していたのだから・・


「アスラン?」

「あー、何でもない。結局その時になってみないとわからないな。」

「何が?子でもが出来てたらどうするか?」

「そうだな。でも、それ以前に救出できるかどうかもわからないな。覚醒したフェムトの塊だろ?戦えるはずもないな。」


 そうだ。それしかないな。


「アスランどうしたの?」

「俺はクランを脱退するよ。婚約も破棄する」

「えっ、どうして?」

「妹を助け出しに一人でエイプズブルグに行く。」


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