第10話 襲撃

 俺は王の間を辞去し、宛がわれた自分の部屋で夕食も食べずにベッドの上に寝そべる。

 まだ試練は終わってはいないが、一つ不可能だと思われていた事を達成した。この瞬間だけは感涙に咽ぶことも姫は許してくれるだろう。

 俺は喜びの中で眠りについた。


 どれくらいの時間がたったのだろう。

 未だ夜は開けておらず、もう外は薄暗くなってきてはいるものの騒がしい。

 どたばたと人が走り回っているような足音がそこらじゅうでしているようだ。

 すると、その一つが僕の部屋の前で止まり、バンと言う大きな音と共に部屋の扉が開かれ誰か入ってきた。

 目は覚めてはいるもののまた眠ろうと考えていた矢先だ、目は開けたくない。

 僕はまた眠りにつく。


「おい、起きろ!」


 誰かが僕を、僕の体を揺する。

 少し片方の目を開ける。

 レイラ姫だった。

 姫?夜這い?既に朝。朝這い?

 下らない事を考えていると頬を叩かれた。


「早く起きろ!」

「おはようございます。どうしました?まだ夜は開けてませんよ。」

「敵襲よ。寝ていると殺されるわよ。」

「え、クーデターか?他国の侵略行為?」

「バケモノだ。化け物の襲撃だ。」


 俺は慌てた。慌てて飛び起き、着替えた。急いで剣を持つ。

 これで戦える。


「どこへ行くんだ?」

「王の所よ。兄もそこにいると思う。二人がいれば国は存続するわ。」

「いや、姫がいても存続するだろ、国を盗られなければ。」


 姫はそれには答えず俺たちは王の寝室へと急いだ。


「ところで姫、俺の部屋へ来るよりも直接行った方が早かったんじゃないのか?」

「大事なフィアンセを放っておけるわけないでしょ。覚醒もしてないのに。」

「もう目は覚めましたって。大丈夫です。剣だけなら強いですよ。この剣なら負ける気がしないです。ん?」

 よく見ると、『聖剣モールキュラー』ではなく昨日試合で使った只の木刀だった!


「で、殿下。剣を間違えました。取りに帰って良いですか?」

「は?お前は小学生か!」

「ショウガクセイ?何ですかそれ。」

「アスランみたいな馬鹿のことよ。」

「酷い。俺はバカじゃないぞ。少し短慮で頭が悪いけど・・寝ぼけていただけだ。殿下に無理やり起こされたから・・・」

「だったらアスランは死んだ方が良かったの?自殺志願者か?練炭でも燃すか?」


 取りに帰ろうとしたら廊下の角から二匹のバケモノが出てきた。

 バケモノは普通の人間のようであるが、人間ではなかった。

 頭が二つある事も手が三つある事もない。

 しかし、顔がトカゲの様な茶色の鱗で覆われていて、猫の様な縦長の瞳孔の目をしていた。

 鼻の形も少し違う。犬のマズルのように出っ張ってはいないが、犬のマズルのように幅広で起伏がない。

 手にはグローブを嵌めていてわからないが鱗で覆われているのだろうか。

 バケモノは剣を構えて攻撃する体制をとる。


「奴らはレプタリアンよ。」

「なんだ、それ?」

「進化したトカゲかな。」

「どうしてわかるんです?」

「その内アスランにも分かるようになるわよ。レベル12だ。強いぞ。がんばれ。」


 え?丸投げですか?


「で、でも剣が・・」

「煩い!やらなきゃ死ぬぞ。」


 俺はただの木刀を構えて左のレプタリアンと対峙する。

 レプタリアンは直ぐに攻撃してきた。

 レベルの数字を言われてもどれほど強いのか分からない。強いぞと言っているのだから強いのだろう。だけど、それほど強そうには見えない。怖いけど。剣は素人のようだ。だが、筋力は強いのだろう。打ち合えば負けるかも知れない。木刀だし・・・

 ならば、剣は避けて攻撃するしかない。

 レプタリアンの攻撃は遅い。

 簡単に避けることができそうだ。

 まだ攻撃が来ない。

 剣を振っている最中だ。

 時間が遅く進んでいる気がする。

 遅く進む?

 若しかしたら、これが、ギフト?遂にギフトが開花した?

 俺は横へレプタリアンの剣を避け、避けざま首を思い切り叩く。

 木製なので柔らかそうなところを狙った。

 レプタリアンは意識を失くし、崩れ落ちた。

 俺は急ぎレプタリアンの持っていた剣を拾うと木刀を投げ捨てもう一匹に剣を上から頭に打ち下ろす。

 遅い!

 時間は緩緩と進み、剣は遅遅として敵に届かない。

 これでは簡単に避けられてしまう。

 しかし、敵は避けない。

 いつまでも避けない、そして、避けることなく剣が相手の脳天へと吸い込まれていく。


 頭が裂け、血が吹き出しレプタリアンは倒れ伏す。


「殿下、時間がゆっくり進むんだ。これがギフトだろ。そうに決まっている。」

「違う。ギフトじゃないわよ。」

「でも確実に強くなってるぞ。ギフトだ。姫はギフト持ってないんだからわからないだろ。」

「違う。まぁ、その内わかるわ。今は急ぎましょう。」


 王と王族の寝室へと走る。

 寝室は王の間の近くにある。

 ここから見れば寝室は王の間の手前にある。


 広いホールに出た。


「隠れて!」


 隠れてホールを見るとレプタリアンでごった返していた。


「どうする?」

「ヤバイわ。王も捕まっているかもしれない。早くいかないと。」


 ゴトッ!


 後方から音がした。振り返る。

 レプタリアンだった。


「おい、こんなとこに隠れてやがったぞ。」


「アスラン、殺れ!」


 俺は姫の掛け声につられて立ち上がりながら後方を向き、振り向きざま剣を水平に振り抜いた。

 剣はレプタリアンの腹を横に裂き、内臓が溢れ出る。

 その後方にはもう敵はいない。前方を振り返る。

 既にそこに姫はいなかった。

 姫を探すとホールの中にいた。

 姫はギフトも剣も持っていないのに、戦えないのに、敵の真っ只中にいた。

 ホールの中は剣を構えるレプタリアンで溢れ、レイラ姫の命は風前の灯のように

 儚く揺れ動いているように見える。


 レプタリアンが剣を姫の首めがけて上から振り下ろした。

 姫は剣を持っていない、防御できない。


「レイラ姫ぇー!」


 俺の叫びはホールの喧騒で姫には届かないようだ。


 ゴトッ


 聞こえないはずの音が聞こえてくる。

 姫の首が落ちる音が。

 首は転がり辺りは静寂に包まれた。

 首が俺を見つめる。

 その首の顔は姫ではなかった。

 レプタリアンの首が落ちた、その所為で辺りは静まり、原因が分からないために攻撃を中止しているようだ。

 どれくらいの静寂が続いただろうか。

 実質数秒だったのだろう。

 攻撃は再開された。

 レプタリアンの剣が舞い、レプタリアンの首が落ちる。

 レプタリアンの手が、脚が、耳が、指が、脚が落ちる。

 姫は構えてさえいなかった。

 姫の顔はただ涼しく笑顔さえ浮かべていた。


 数分後ホールはレプタリアンの血で血溜まりを作り、ばらばらになった死体がそこら中に散らばり、鉄臭い臭いが充満していた。


「王の寝室へ行くわよ。何口ボカーンとしてるの。」

「い、今何が・・」

「来い。行くよ。」

「はい。」


 姫について行く。

 姫の後ろを走る。

 王の寝室にたどり着いた。

 ここは硬い鉄の扉を厳重に施錠されていて簡単には入れない。

 それが理由だろうか、王はまだそこにいた。

 王妃も一緒だ。


「陛下、大丈夫ですか。」

「アスランか。まさかお前が助けに来るとはな。助けられた気が全くせん。」

「いえ、昨日ご覧になられたでしょ。少しは戦えます。」

「そうか?」


 王は相変わらず懐疑的な目で俺を見る。


「父上と母上はどうするの?ここに隠れてる?それとも逃げるの?お城の中は敵で溢れてるけど。」

「そうか、敵が溢れてるのか。アスランと一緒に逃げるのは鎧も剣もなしに敵に向かっていくような気がするから援軍をここで待つことにするよ。」

「じゃあ、ここで待ってて。私はアスランと敵を殲滅してくるよ。」

「え、俺も?まぁ、何とかなるだろ。生きて帰れば婚約が待ってるからがんばるか。」

「当たり前でしょ。フィアンセ一人に戦わせるつもり?行くわよ。私達が出たらまたきちんと鍵かけてね。」


 俺達は王の寝室を後にし、またレプタリアンの殲滅に向かう。

 王の寝室を出て先へ進むと王の間がある。

 そこもレプタリアンで溢れていた。

 レプタリアンが襲いかかる。

 姫は、姫のことは放っておいても大丈夫だろう。

 俺は目の前に襲いかかるレプタリアンに向かい剣を構える。


 一度に何匹ものレプタリアンが剣を抜き俺に向かって剣を振るう。

 また、剣の速度が落ちる。

 時が進むことを忘れたかのように喧騒が消え失せ辺りが静寂に包まれる。

 僕はどの剣をまず処理すればよいかを考える時間が与えられ対処すべき剣を対処することができる。

 剣はさらに少しずつ前進し、レプタリアンを迎撃する。

 更に、剣撃を加えられるレプタリアンを選び剣を下から斜め上にレプタリアンの首をめがけ剣を振るい始める。

 レプタリアンの剣がほんの少しの速度を持ち俺へと向かう中、俺の剣は速度を次第に増していきレプタリアンの首へと到達する。

 この瞬間俺の剣が、俺の剣だけが通常の速度を取り戻し、レプタリアンの剣の間をすり抜けレプタリアンの身体に到達する。

 到達した剣はあの『聖剣モールキュラー』とは違いかなりの抵抗はあるものの身体の中に侵入し肉を切り裂き、切断された腹は内蔵を溢れさせる。

 一匹、また一匹と戦闘不能にしていく。

 遠くから放たれた矢も俺の前では時に見捨てられたかの如くその速度を消失させる。

 速度を無くした矢は簡単に叩き落とすことができる。

 俺はその時は無敵だと思った。

 事実そうだった。

 王の椅子に座るアイツが出てくるまでは。


 王の椅子に座っていたレプタリアンが僕に駆け寄る。

 剣を抜き駆け寄る。

 普通の速度で駆け寄る。

 いや、それ以上の速度で駆け寄る。

 時はそのレプタリアンを見捨てず、速度を維持したレプタリアンの剣は僕の腕を切り裂き腹を切り裂いた。

 僕は、ダメージを受けた体を引きずり攻撃する。

 静寂の中、普通の速度で剣はそのレプタリアンに到達する。

 今まで、普通以上の素早さで緩慢とした時の中を動いていたレプタリアンが全く動かない。

 やったか。

 剣はレブタリアンの身体を肩の上から切り裂き袈裟懸けに逆の脇腹へと抜けた。

 勝った。

 これでは生きていないだろう。

 身体が切断されている。

 刹那僕は胸に熱を感じた。

 レプタリアンの剣が僕の心臓を貫いていた。

 見ると袈裟懸けに身体を切断されたはずのレプタリアンがニヤニヤしながら俺を見つめ、剣を俺の胸から引き抜いた。

 俺は力を無くし腹這いに倒れ意識を無くした。

 あー、これで死ぬんだ。せめてあのおっぱいを・・

 俺はその時そんな事を考えながら意識をなくした。



「・・きて、起きて!アスラン起きなさい。」


 レイラ姫が俺を起こす。

 何が起こったんだ、もう朝か。

 寝ぼけながら目を開けると、俺は先程の出来事を思い出す。

 心臓を貫かれたはずだ。

 だけど、姫はまるで朝起きない子供を起こすように普通に起こす。


「殿下、どうして。俺は心臓を刺されたはず・・」

「は?何言っているの。アスラン、あなたが心臓を刺されたくらいで死ぬわけ無いでしょ。」


 いや、普通心臓を刺されたら死ぬでしょ、と思いながらも、それよりレプタリアンのことが気になる。


「レプタリアンはどうなった。」

「大丈夫、撤退させた。あなたのお陰よ。敵の大将とあなたが戦っている間に他を殲滅したから大将一匹逃げてったわよ。」

「そうか・・・良かった。本当に良かった。」


 俺は嬉しさのあまりレイラ姫に抱きついていた。


「ちょっと、不敬罪!痴漢よ痴漢!!」

「し、失礼しました。でも、俺はあなたのフィアンセだろ。それくらいは・・」


 観客の歓声も称賛も全く無い戦いだったけど、姫の『あなたのお陰よ』という言葉が何よりも、100人の歓声や称賛よりも嬉しかった。

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