第9話 決着
ドスッ!!
「うっ!」
腹を叩かれた?
目を開けるとレイラ姫が腹の上に乗っていた。
「殿下、おはようございます。どうかしたのか。」
「名前を呼ぶ約束じゃないの。」
「だけどな、明日の試合に勝たなければ約束は反故になる。婚約は無くなるぞ。」
「大丈夫よ。」
「どうして殿下は俺のことをそんなに信じられるんだ?」
「君はやればできる子、そうでしょ?」
「なんだ、その根拠になってない理由は。」
「理由はその内分かるわよ。」
「そんなもんか。」
「今更訓練しても無駄だから今日は一緒に買物行くのよ。」
「ほら、殿下は今更努力しても無駄って言ってる。負けると思ってるんだろ?」
「努力する必要はないって言ってるの。兎に角、今日はデートよ。」
「そうですね。今生で最後の殿下とのデートかもしれませんね。」
ボカッ!
「痛たたたたっ!な、何だよ。」
「下らない事言ってるからよ。『病は気から』っていうでしょ。」
「病気じゃないぞ。」
「勝敗も気からよ。勝てると思わなきゃ勝てるものも勝てないわよ。」
結局姫は、周りに二人でいる所を見られたくない俺の気持ちを無視して、俺の手を取り堂々と正門から出て行く。
閑静な貴族街を抜け、門を潜り、平民街へと出ると喧騒に包まれている。
姫と二人で騒がしい雑踏の中をのんびり散策する。
街の中は平和で、その平和は逆に両親と領地を失った自分の境遇を際立たせ、平和の中にいるのに地獄の中にいる気分にさせる。残酷な平和だ。
しかし、城壁の外の過酷な現実を忘れた人々の平和は、まるで砂上に組み立てられた楼閣のようだ。
いつまでも続かない平和だということを分かっているのだろうか。
いや、分かっているからこそこの平和を味わい尽くそうとしているのかもしれない。
姫は明日の試合も、その後で訪れるであろう現実も全て無視して、ただ俺の勝利を確信し、その夢とも言える理想を、来ることもない未来を、その後の生活を模索している。
なぜそこまで俺の勝利を信じて疑わないのか、分からない。
この旧バラミール領で見つけた良く切れる剣を使うこと無く勝つことなど不可能にしか思えない。だのに、姫は俺を信じる。根拠は、姫に聞いても、唯の勘だとしか思えない。それも根拠のない勘。
姫は俺に何も考えず戦え、結果は気にするなと言う。既に諦めているとしか思えない。
だから、最後に、俺との思い出にするために、買い物に付き合えといったのだろう。
今日だけは姫に優しくしよう。最後だから・・・
「ねぇ、アスラン、あなた脚を狼のバケモノに噛まれたんじゃなかったの。」
「確かに噛まれたな。でも痛くない。すっかり忘れてた。」
「もしかして覚醒した?」
「勿論、起きてますよ。寝てるって言いたいのか?」
「いえ、そういうことではないんだけど・・・」
その後、姫の買い物に付き合った後、料理店に入る。
そこの店では様々な料理が振る舞われ、沢山の人で賑わっていた。
先日食べたカラーゲを食べている人もいる。その味が忘れられずまた注文することにした。
暫く待つと、店の人が注文を取りに来る。
「俺はカラーゲの定食でお願いします。で、レイラさんは?」
一応、身分を隠しているので殿下と呼ぶのは止めておいた。
「私も唐揚げの定食で。」
先日と食べたのと同じくらい美味しいカラーゲを、姫と他愛もないことを話しながら食べる。
食べ終わって出てきたお茶を飲みながらふと気が緩んだ拍子に涙が出てきた。
今までこんなに気が張っていたのか、昨日の両親と妹と領地を失くした残酷な現実と明日の試合がこんなにも心に重くのしかかっていたのかと改めて気づく。
「どうしたの?泣いてるの?」
「違う。気が緩んだだけだ。汗だ。」
「明日の事、緊張してる?」
「緊張なんかするか。当然俺が勝つはずだ。決まっている。多分な。」
「なんかいつものアスランに戻ってるし。」
「そうだ、いつもの俺だ。だけど、レイラ様はどうして俺の勝利を信じて疑わないんだ?」
「・・・大丈夫よ。あなたは負けない。」
姫の根拠のない言葉が只の慰めだということを俺は知っていたけど、今はその慰めが、他の誰でもない、世界でたった一人にそう言ってもらいたい姫からの言葉であったことが俺に勇気をくれた。
力はない、だけど、勇気だけはある。
今この世界で、俺だけが無謀にも無望に臨む勇者かもしれなかった。
翌日、俺は最強のギフトを持つと噂されているボラ・ゼンギンと闘技場で対峙していた。
姫はたった一言『がんばって』とだけ言ってくれた。
俺の手には唯の木刀。
相手のボラ・ゼンギンは身体強化のスキルだけしか使わない約束になっている。
俺は、相手の俺を軽視する点に付け込む隙があると考えている。いや、そこにしかないのではないか。その隙を逃せば俺に勝機はないだろう。
審判などいない。ドラが始まりの合図。
相手を叩きのめすかまいったと言うまで試合は続く。
観客の無責任な野次が飛ぶ。
野次の殆どは俺に対するもの。
だけど、今は聞かない、聞こえない。
この一刀に集中する。
ド〰〰〰ン
ドラが鳴った。
俺はボラに向かって走る。
無敵に向かって走る。
やはり俺を舐めている。
見下している。
しめた。やつは構えてさえいない。
俺は上段から打ち下ろした。
やった、やったぞ。
勝った。
剣はボラの頭をめがけて重力の力を借り下降する。
後少し、もう少しで頭に届く。
後ほんの少し。
時間がゆっくり進む。
なぜこんなに時間がゆっくり進むのだろう。
後少し。
しかし、結果、剣は空を切る。
ボラは動いてさえいない。
その場で、未だに構えもせず、まだ試合が始まってもいないかのように佇んでいる。
俺の剣は、確かにボラに当たったと思った俺の剣は、遠く届かなかった。
俺を舐めていたと思ったボラは舐める必要さえないくらい強かった。
舐めていたのは俺だった。
何が起こったのかさえわからない。
俺は剣を強く握りしめボラのいる方向に向かって下から斜め上に剣を振るった。
ボラは剣で受けることもしない。
避けることもしない。
ただ当たらない。
いや、避けていた。
構えもせずただ避けていた。
目でやっと追えるくらいの速さで。
しかし、あの双頭の猿は実際に避けもせず身体を矢が突き抜けた。避ける必要さえないようだった。
あの猿に比べればまだ勝機が見える。
俺は剣を振り続けた。
角度を変えタイミングを変え攻撃し続けた。
「もういいだろ。」
ボラがボソリと言う。
次の瞬間俺は後方に吹き飛ばされていた。
意識をなくした、が、すぐに気がつく。
気づいた時には舞台に倒れ空を見上げていた。
直ぐに起き上がる。
身体はまだ大丈夫。
不思議と痛くない。
まだやれる。まだ『まいった』は言わない。
構えようとした時、ボアは攻撃しようと物凄いスピードで接近していた。
しかし、時間がゆっくり進み始める。
ボアの攻撃の速度が落ちたのかと思えるくらい時が減速する。
ボアの攻撃が明瞭に認識できる。
俺はボアの攻撃を避ける。避けることができた。
避けつつ、ボアに突きを入れる。
気がつけば、ボアは俺の剣を喉に受け舞台の上で意識をなくしていた。
数瞬の静寂の後、闘技場は歓声に包まれた。
僕への称賛の声は少なくブーイングの方が多い。
しかし中には『無能力者の星』といった嬉しいのか嬉しくないのか分からないような野次もあった。
兎に角、これで姫との婚姻に向けて一つ難題を突破したと言える。
舞台を降りると姫からはお褒めの言葉はいただけなかった。
「だから言ったでしょ。」
姫はそう言うとどこかへ行ってしまった。
嬉しすぎて泣くところを見せたくなかったのだと思いたい。
「おい、今回は俺がギフトを使わなかったから負けたんだぞ。そこんとこ理解しとけよ。」
目を覚まして俺の下へと来ていたボラ・ゼンギンだった。
「もちろんだ。ありがとうな。正々堂々と戦ってくれて。」
「ふん。」
爽やかにそんな事を言うと爽やかな笑顔を湛え颯爽と去っていった。
実は良いやつだったのだろうか。
まぁ、同じ女に惚れた者同士趣味が合うか、同族嫌悪するかのどちらかだろう。
「伯爵、王がお呼びです、こちらへ。」
来たか。
次は、王がどんな難題を出すのか。一難去ってまた一難。
「来たか、アスラン。よくも勝てたな。」
王様それニホン語少し変ですよ・・・
「はっ、有難き幸せ。」
「世の次の課題を達成すれば姫との婚約を一応許そう。」
「はっ。」
一応ですか・・
「一年以内に領地を取り戻せ。できたら婚約を許そう。」
「失礼ですが、二年以内だったのでは?」
「それは、伯爵の地位の話だ。婚約の話ではない。」
「しかし、二年以内に取り戻せば伯爵の地位は継続されるはず。姫の婚約者候補のボラ・ゼンギンも伯爵で条件は同じはずでは。だとすれば二年以内の奪還でも婚約を許して頂いても良いと思うのですが。」
「ボラは最高のギフトを持つ最高の人材だ。一方お前は無能力者だぞ。比ぶべくもない。それに領地もゼンギン伯爵の協力がなければ取り返すのも難しいぞ。その協力の条件は姫との婚姻だ。つまり、婚姻無くして奪還なしだ。結局姫との婚姻は許されない。お前が1年以内に単独で奪還しない限りはな。」
「納得いたしました。一年以内に奪還します。ただし、学園で学ばせてもらえないでしょうか。ただ、来期の入学まで少々時間がありますので将軍に直接剣を教えて頂けないでしょうか。」
「学園に無能力者が学べることはないぞ。あくまでギフトのための学園だ。」
「剣について学びたいんです。」
「分かった。ただお前は伯爵で、戦うのではなく戦わせる側だぞ。それに、剣のギフトを持つ中で無能力者が剣を使うのは難しいかもしれないがな。」
「それでも、努力をしないよりもマシだと思います。」
「そうか。では手配させる。将軍の件は将軍に聞いてみないと分からないな。まぁ、頑張らくても良いぞ。」
「宜しくお願いします。」
俺は王の元を去り豪華絢爛に飾られた王の間を出ようと出口に向かう。
王の間の扉は執事が開けてくれる。
王の間を出ようとすると別の扉から姫が入ってきた。
入ってきた姫と王の会話が聞こえて来る。
俺は足を止め振り向き会話に耳を傾ける。
「妾も、学園に通うぞ。手配してたもれ。」
「姫、なぜ俺と話すときだけ王妃と同じ話し方で話すんだ?」
「そうか?家族とだけ話し方が可怪しいのか、それは仕方ないのじゃ。」
「姫、お前も無能力者だ。学園に通うだけ無駄だぞ。」
「婚約者が通うんじゃ。妾も通うぞ。妾は無能力者じゃがそんじょそこらの能力者には負けんぞ。」
「そんなわけなだろ。まぁ、お前は姫だ。誰かと結婚する義務がある。それ迄は自由にしろ。」
「分かったのじゃ。自由に学園に通うぞ。」
「ところで、ギフトもないのに何科に通うんだ?」
「アスランの隣科じゃ。」
「はぁ〰〰、勝手にしろ。一年後にはアスランのことは忘れろよ。恋の病は一年もすれば癒えるだろ。癒えればボラと婚約すると言ってるだろ。」
「ふん。一年も経てば、陛下がアスランに婚約してくれとお願いしているはずじゃ。」
「楽しみにしているぞ。来もしない未来だろうがな。」
どうやら、執事が気を利かせたのか、扉は完全に閉められておらず会話を最後まで聞くことが出来た。
俺はその会話を扉の外で聞き終え王城の宛がわれた部屋へと帰って行った。
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