第7話 レザレクション

 馬車のドアが開かれチャクル将軍が乗り込んできた。


「アスラン、怪我したと聞いたぞ。大丈夫か。次の街まですぐだ。今日はそこに宿泊するからそこで治療を受けられるだろう。それまで暫く我慢しろ。」

「うん、我慢する。」


 敬語を使う余裕がなくなってきている。普通に家族に話すように話してしまった。それほど将軍は家族のように優しく接してくれる。

 その優しさが心に染みる。


 一時間もしない内に来る時も宿泊した街、ドムズシティーに到着した。未だ夕方でもなく空は明るい。城壁の中の街はアスラン領で起こったことなどまるで知りもせず、まるで物語の中の出来事だったのかと錯覚させるほどの、涙が出そうになるほどの平和で残酷な時間が流れていた。

 僕は同じ宿の同じ部屋に宿泊した。

 昨日と違うのは隣りにいた姫は宿泊していない。

 考えるだけで涙があふれる。

 僕はご飯も食べずに足の痛みと戦いながらただひたすら夜が明けるのを待つ。

 どれほど時間が経ったのだろう。

 部屋のドアが突然開かれ誰かが入ってきた。

 僕はあまりの眠気に何ら対処することも出来ず、ただ誰かが入ってきたことを認識しただけでまた深い眠りに着いてしまった。



 ――――――――――――――――――――



 目が覚めた。

 辺りは暗い。

 ここはどこ?

 私はまた死んだのだろうか?

 あたりを見回すと隣には昨日見た宿がある。

 ここは馬車の中だ。

 いつの間にか馬車の中で眠ったのだろうか。

 私は殺されたと思ったのだけど、確か自分の体とアスランを見ていた気がしたのだけど、夢だったのだろうか?

 ん〰〰、考えても始まらない。

 宿に泊まろう。

 でも私の部屋はどこ?

 昨日と一緒だろうか。


「ごめんなさい、私の部屋はどこでしょう。」


 宿の人に確認する。


「殿下。こんなに朝早くどうされたのです?部屋は既に満杯で空いてないのですが。」

「え、困りましたね。」


 どうしよう、ベッドで寝たいのだけど・・・う〰〰ん、・・どうする?


「そうだ、アスランの部屋は昨日と一緒?」

「はい、伯爵様のお部屋は昨日と同じ四号室です。」

「じゃあ、泊めてもらうからいいわ。」


 私は四号室へ向かうと借りた鍵でドアを開けアスランのベッドに潜り込む。

 はしたないけど、眠いんだもの、仕方ないでしょと言い訳は一応しておく。


 朝、目が覚め目を開けると恐怖を張り付かせた驚愕の表情で私をじっと見つめているアスランと目が合う。

 そんなに見つめられると照れる。

 私は、アスランに向って言う。


「うらめしや〰」


 アスランの恐怖を張り付かせた驚愕の表情が唯の疑問の表情へと変化しアスランは何かを言おうと口を開ける。


「飯屋は一階です。」


 どうやらこの国では、おばけはそんな事は言わないらしい。


「違う。食堂がどこか聞いてないわよ。」


 ちょっと、イラっときた。


「ど、どうして、ひ、姫は死んでいただろ?生きてたのか?でも、俺は姫が死ぬ所を見またぞ。首が飛ぶところを見たぞ。俺は、首を馬車迄運んだぞ。では、姫はゾンビ?バケモノ?」


「どうした、何時もは殿下と呼ぶのに?あまりの驚愕に何時も頭の中での姫呼びが表出したか?」


「で、殿下。性格変わってませんか?以前のおしとやかな殿下はどこへ。はっ!!お、お前はやはり、バケモノだなぁ!」


 ぼかっ!


 アスランの頭を叩いた。


「少しは落ち着け!姫に対してバケモノと呼んだ不敬罪は見逃してやろう。」

「では、姫は姫なのですか?」

「そうだ、妾は妾じゃ。お淑やかも疲れた。」

「でも、姫は死んでましたよね。」

「そうだな。でも人の死とは何だ。そもそも人間の個性というのは脳細胞が経験に基づいて判断し選択した結果の表出ではないのか。だとすれば脳が死なない限り人間は死なない。」

「でも心臓が止まれば人間は死にますよね。」

「心臓など唯の器官だろ。本質ではない。妾を妾たらしめるのは脳だ。脳こそが本質だ。」

「だからといって脳だけでは人は生きていけないですよね。」

「だから、身体があるだろうが。」

「でも、どうやって身体と頭をくっつけたのですか。」

「さぁ。どうしてだろう。まぁ、世の中には想像もつかない不思議なこともあるからな。」

「そんな、お気楽な。でも、将軍にも姫が生きていたことを教えないと。僕と一緒に陛下に謝罪し罰を受けるつもりでいましたから。」

「そうか、エクレムにも悪いことをしたな。」


 私達は起き出し、一階の食堂へ行く。

 既にむくつけき漢達がむさ苦しく、臭そうな臭いを放ちながら、いや、実際に放っている訳ではないのだが、膝を突き合わせ朝食を食べている。


「はーい、グッモーニン!」


 私は皆に挨拶をする。

 皆一斉に立ち上がり驚愕の表情で私を見つめる。


「で、殿下。ど、どうして、生きておられたのですか。」

「将軍、吃り過ぎだ!妾は生きてるぞ。死んでたまるか。」

「でも、首がスパンと切れて、血がドクドクと流れ出て・・どうやって治ったのですか。」

「さぁ。気合だろ。気合で直したんだ。深く追求するな、妾も知らん、知らんことは知らんし、訊かれても言えん。分かったか。」

「でも、その人を人とも思わない、大きな態度はまさしく姫。生きておられたんですね。」

「え、殿下はお淑やかではなかったのですか。」

「殿下は外では猫を被っておられるんだ。」

 横でアスランがまだ私がお淑やかだとか言っているし。勘違いも甚だしい。私はただ猫をかぶっていただけだ。

 ここはスルーだな。スルーするんだ。


「よし、お前ら、今日は宴会だ。」


 将軍が皆に高らかに宣言する。


「「「おーーっ」」」

「将軍、妾は直ぐに帰って風呂に入りたいぞ。」

「大丈夫です殿下。この宿にも風呂はありますので。」

「そうか、そうだったな。では今日一日の行軍は中止だ。寛げ。」

「はっ、有難き幸せ。」


 ふと、馬車の中にあった変なものを思い出した。

 馬車に歩いていって変な卵?を持って食堂に戻ってきてアスランに見せる。


「これは何だ?アスラン。」

「それは殿下の代わりだな。」

「ほぉー、妾はこんな卵と一緒か?」

「いえ、滅相もございません。ただ、姫が殺された時にその玉子が馬車の中にあったので、殿下の身代わりで育てろとの神の啓示かと思ったんだ。」

「そうか、でも妾は死んではおらん。勝手に殺すな。」

「え〰、でも、普通はぁ〰。」

「『え〰』も『でも』もない。だが確かに普通は死んだと思うな。で、何の卵だ?」

「さぁ、何の卵だろうね。」

「どこかで拾ってきたんだろ?」

「違う、馬車の中にあったんだ。」

「兵士が拾っても馬車の中には置かないよな。ふ〰〰ん。まぁ、育ててみれば何の卵か分かるか。アスラン、頑張って育てろ。」

「おう、承知した。」

「よし、それじゃ一緒に風呂にでも入るか。」

「え〰〰〰〰ッ、本当か?いいのか?でも遠慮するぞ、殿下。」

「じょ、冗談だ、冗談。」


 はーっ、ため息を付いた。

 遠慮されてしまった。

 まぁ、結婚も婚約もしてないんだから当然だな。

 でも、これが神の奇跡だったなんて。本当に良かった。

 また会えて。

 また生まれ変わっても別の時代の別の世界に生まれ変わって、もう二度と会えないと思っていたから・・・


 わがままを聞いてもらって朝からお湯を溜めてもらう。

 入浴すると、外が見える。

 露天風呂だ。

 肩まで浸かっていると心まで温まるようだ。

 久しぶりの入浴のような気がする。

 昨日の夜も入浴したのだけど・・

 入浴すると肩が軽くなる。

 当然、胸の邪魔な肉が浮くのが原因だ。

 この肉が男を呼び寄せる呼び水だとしても、これほど大きくなくても呼び寄せられる。

 結局誰得?

 私には損でしかない。

 ただ肩が痛いだけだ。

 だけど、そう言えば肩の痛みが今日はない。

 良いことだ。


 露天風呂から見える景色を眺めていると落ち着く。

 落ち着く?

 何かが動いた。

 よく見ると兵士が覗いている。

 ウ~、将軍、お前もか。

 水でもかけてやればいいのに。


 バシャッ!


 そんな事を考えていると水を掛ける音がして、見ると兵士たちが水浸しになっていた。


「あーっ、はっはっはっは。阿呆どもが!」


 ザマミロ。

 覗くからだ。

 大笑いしてやった。

 でも、誰が水かけたんだろ。

 水かけたやつに座布団一枚。





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