第6話 敗走
「殿下、逃げるぞ。」
俺は馬車まで逃げようと殿下の手を取り走り始める。
「はい、ありが・・・」
姫の言葉が切れた?
後ろを振り返ると、そこに姫の頭は無く少し上空を回転しながら飛んでいた。
体は血を吹き出し、すぐに力がなくなり倒れた。
「将軍!姫の、姫の身体を馬車に連れて行って下さい。僕は頭を持っていきます。」
俺は将軍に向かって叫んだ。
どうしても姫の身体を猿どもに食べさせるわけにはいかない。
しかし、頭は猿どもの前だ。
俺は躊躇することなく猿どもの前に飛び出した。
――――――――――――――――――――
「先輩、先輩、大変です、大変です。」
「煩いなぁ―、君は。一体どうしたんだ。」
「バラミール領でツインヘッドエイプが人を殺しています。」
「それは君のミスで全滅した領だろ?」
「そ、そうですけど・・、領地を取り戻しに来たようです。」
「どれどれ・・・って、データによればこの二人先日ギフトを授けたやつらだな?は?ふ、ふたりともギフトが定着しなかったのか!?可哀想に。」
「偶にありますよね。」
「そうなんだよな。100%じゃないんだよな。仕方がない。応急処置として戦えるように剣とキメラでも与えるか。能力が定着しなかったお詫びに良い剣を与えなきゃな。お前が強いキメラ用意して与えろ。俺が剣を用意するから。そうだな、無能力者でもこの剣なら大丈夫だろ。」
「先輩、その剣は分子切断刀、モールキュラーカッティングソードじゃないですか。」
「カタナの形で作られた剣だ。ナタの力強さと何でも切れる鋭利さを兼ね備えている。名前を何にするかな。ウーン、何がいい?」
「別に何でもいいんじゃないですか?面倒だし。」
「それじゃ有り難味が無いだろ。そうだ。『聖剣モールキュラー』にするか。もったいないけど、今これしかないからまた買うしかないね。勿論経費だろ?」
「落ちますかね?」
「ほら早く転送しろ。」
「はい。ポチッとな。完了です。」
「おい!もう女の子は首が無いぞ!キメラはどうした!早く猿どもを殺さないと。」
「え?」
「え”ぇー?」
「え?」
「何が『え?』だ?」
「だって僕が転送したキメラは卵だから直ぐに戦える訳ないじゃないですか。やだなぁー。」
「あー、そうか、そうだよな。失敬、失敬。卵なんだから直ぐに戦えるわけ無いよな・・って、おい!直ぐに必要だからキメラ送ったんだろ!どうして卵送るんだよ!お前、態とだろ?バラミール領の人々を全滅させたのも、今日の事も態とだろ?そう言えば、洗礼式のギフトの授与で間違えたのはどうなった?見つけたのか?あれも態とだろ?」
「やだなー、先輩。態とする訳ないじゃないですか。偶々ですよ。そんなに怒ると結婚できなくなりますよ。」
「俺は、お前の方がミスばかりして結婚できなくなるんじゃないのかと不安になるよ。」
「先輩、ドンマイ。気にしたら駄目ですよ。禿げますよ。」
「お前が言うな!」
もうこいつ転職してくれないかなぁ。
――――――――――――――――――――
頭が猿どもの前に落ちてる。でも逃げられない。
どうしても逃げられない。置いて逃げたら自分を許せない。
綺麗な顔を猿どもに齧らせるわけにはいかない。
猿どものおやつにはできない。
落ちている剣で戦おう。
戦って姫と一緒に馬車に乗る。
僕は剣を手に取った。
細く反っている片刃の剣だ。
カタナと言われる形だ。
剣ほど重くなく、にも拘らず強くしなやかで良く切れると言われている剣だ。
誰の剣だろう。
少しは剣を習った事がある。
領主の息子として、この化け物どもが闊歩する世界の住民として絶対必要である剣を習わされる。
だから無能力者だけど少しは使える。
僕は猿どもに切りかかる。
剣はまるで何も切っていないかのように何らの抵抗を感じもさせず猿どもを切り裂いていく。
猿の動きが見える。攻撃が通じる。戦える。
僕は歓喜に打ち震え猿どもを屠り続ける。
数十匹は殺しただろうか、周りにいる猿がいなくなった。
今がチャンス。
僕は姫の頭を抱えて馬車へと駆け出した。
馬車では将軍が猿から馬車を守るために戦っていた。
その猿に向かって僕はまた剣を振るう。
将軍と互角に戦っている猿を一刀両断し、馬車に乗り込んだ。
なぜ、無能力者で剣のギフトも貰っていない俺が戦えるのか不思議に思ったが、それは当然だ。俺だから例えギフトが無くても戦えるんだ。そうに決まっている。
この理論には一切根拠が無いように感じるが気にしない。
チャクル将軍は生きのこっている兵を集め、俺達は王都へと向けて敗走した。
100名の兵は既に半数を切っていた。
馬車の中で俺は剣を鞘に納める。
「その剣はどうしたんだ。」
「姫が殺されたところに落ちていたんです。どなたかの持ち物だったのでしょうか。」
「いや、そのカタナの形の剣は我が隊では使っていない。猿が持っていたのかもな。気に入ったのなら貰っておけ。まだ新しいな。綺麗な剣じゃないか。」
「将軍のギフトは手から火を出し攻撃するんですか。凄い効果ですね。」
「だが、限度があって使い続ける事は出来ないんだ。」
話していると忘れられる。姫が居なくなった現実を。だけど、その現実が重すぎて頭から消し去ることが出来ない。いつか忘れられるのだろうか。
姫の体には布が掛けられ顔も見えない。
もう姫はここにはいない。
ただその抜け殻だけがそこにある。
会いたい。
姫に会いたい、もう一度会いたい。
たった二日間一緒にいただけだけど、既に俺の心に住み着いていた。
照れたような顔も、怒ったような眼差しも、睨むような瞳も愛おしい。
ただ、会いたい。また。
涙が落ちる。
止まらない。
将軍は茶化す事もせず、何も言わずにただ外を見ている。
気を使ってくれている。
優しい。大人だな。
ん?
なんだ?
丸い物体?
「この大きな卵ですか?どうしたんです?」
「いや知らないぞ。馬車に乗ってたんじゃないのか。」
「何かの卵ですかね。姫の代わりってことですね。大切にしよう。」
馬車は既に日が暮れた森の中を行軍し、少し開けた場所で野宿となった。
皆食事中も言葉はなく、半数以上の兵を亡くしてしまった軍隊は、怒りとも焦燥ともつかない感情をどこにぶつければ良いのか模索している子供のようにただ押し黙っていた。
次の日の早朝、久しぶりに朝日が昇っている。
少しは気分が晴れた様な気がする。
「姫をむざむざと俺の隣で殺されてしまった事と領地を奪還できなかったことで、俺は爵位剥奪され平民になるのでしょうね。」
「姫の件は、俺に責任がある。お前がこの領地奪還作戦の将かもしれないが実質的には俺だ。お前は何とかなる。しかも、姫の側で守ると言っておきながら姫のそばを離れた。」
外が騒がしくなってきた。
バケモノが出てきたようだ。
「お前は乗っていろ。」
「嫌です。戦えます。戦わないのは逃げる事と一緒です。もう、ただ逃げるのは嫌です。俺が自分を許せそうにありません。それに溜まった鬱憤を晴らしたい。俺は戦えます。昨日分かりました。少しですけど、戦えます。」
「よし、じゃあ、俺がカバーするから俺の近くで戦え。」
「はい。」
俺と将軍は馬車を飛び出しバケモノどもの方へ走る。
バケモノは狼の化け物だ。
狼のバケモノがジャンプして兵士に飛び掛かる。
このバケモノは普通の狼とあまり変わらない。
飛び掛かった狼のバケモノは後ろ脚二本で立ち、前足を肩にかけ顔に噛みつこうとしていた。
この兵士のギフトは筋力強化なのか狼の巨体を片手で首を掴んで持ち上げ腹に打撃を加えている。
すると突如狼の腹が割れ肋骨が口の様に広がった。
兵士は間一髪狼を離し難を逃れた。
そこへ僕が首めがけて剣を振り下ろした。
まただ。
何の抵抗も感じる事もなく狼のバケモノの頭は胴体を離れ落ちた。
見ると狼のバケモノの大きな首の骨が切断されている。
にもかかわらず何ら抵抗を感じなかった。
凄い切れ味だ。
「伯爵、横からバケモノが来てますよ!」
あまりの切れ味に感動して剣を眺めていると怒られた。
横を見ると100kg以上ありそうな巨大な狼が大きな口を開け僕に飛びかかろうとしている。
既に胸の口も少し開いていた。
僕は振り向きざま狼のバケモノの頭をめがけ水平に剣を右から左へ振るう。
外れた?
次の瞬間、狼の頭頂部が頭部からずれて狼本体とともに僕の足元に落下した。
どうやら剣は当たっていたようだ。
抵抗がないから紙一重で避けられたのかと思ってしまう。
しかし、何という切れ味。
こんな剣見たことも聞いたこともない。
良く見れば剣の側面に『聖剣モールキュラ―』との銘がある。
聖剣の意味はよくわからないが聖剣とはこんなに切れるものなのか。
「伯爵、次が来ましたよ。」
促されるまま前方を見ると更に数匹の狼のバケモノが足早にやって来ているところだった。
この剣があれば戦える。
既に俺は慢心していた。
狼は二匹で俺に襲いかかってきた。
一匹を斬り殺す。その間隙を縫い俺の太腿にもう一匹が噛み付いた。
強烈な痛みが太腿を襲う。
千切られたのか。
痛みから怒りがこみ上げ、怒りのまま太腿を引き裂こうとする狼の頭に剣を振り下ろす。
狼の口は俺の足に噛み付いたままで、身体だけが地に落ちる。
俺は両手で口だけとなったかつて狼だったものの口を力任せに開き太腿から引き剥がす。
大量の血があふれる。
この儘では血が足りなくなり死んでしまうだろう。
俺は慢心していた自分を悔いた。
兵士の肩を借り馬車へと戻る。
馬車で血があふれる太腿を抑え痛みに耐える。
隣には既に無くなったレイラ姫の死体がある。
俺は姫に語りかける。
「どうやら、俺もここまでのようだな。またあなたの側へ行けそうですよ。」
外の喧騒が落ち着き狼のバケモノが退治されたことを伝える。
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