第4話 行軍
「陛下、申し訳ございません。領地をバケモノ共に奪われてしまいました。領土を取り戻します。兵を貸して下さい。」
俺は玉座の前に跪き王に許しを請うている。
ここは王城の玉座の間、税を尽くして贅を尽くしているかの如く豪華絢爛に飾られている。
王の周りには将軍や見たことのない貴族が立ち並び俺を哀れみの目で見ている。が、俺は憐れみの目で見られるような漢ではない。俺は憐れみの目で見る立場の漢だ。今だけだ。取り返す。
「概略は聞いた。ジェマルは、お前の父は殺されたのか。」
「はい。頭が二つある猿に殺されていました。頭を潰されて・・」
「そうか・・・領土を取り戻すぞ。まずはお前が伯爵の地位を相続し、お前が兵を率いて領土を取り戻してこい。叙爵式は後日行う。」
王は一瞬愛惜を相貌に浮かべ、それを拭い去るように大声で命令を下した。
「はっ、必ずや取り戻します。ただ、陛下、私は兵を率いたことはありません。」
陛下はそれを察知していたのか言葉を続ける。
「大丈夫だ。お前はただ見ていれば良い。見て学べ。領土を取り戻す瞬間をな。」
「はい。」
「しかし、頭が二つある猿か。他に特徴はあったか?」
「我々の言葉を話し、人間の服を着て、人間は頭が一つだから頭が悪いと人間を馬鹿にしてました。」
「なるほど。別の大陸にいる国を造っているバケモノの仲間かもしれんな。エクレムは居るか。」
「はい、ここに。」
後方に控えていた金髪碧眼の高級そうな絹製の薄い茶色の貴族服に身を包んだ偉丈夫が王の前に進み出た。
この国の大将軍エクレム・チャクルだ。
将軍は体は少し大きい程度で大した膂力がなさそうに見える。
大将軍と呼ばれる程強そうには見えない。
しかし、その瞳には自信が溢れ出ている眼力がある。
その自信は彼のギフトから来るものらしい。
三十歳前で、まだ若い。
「エクレム将軍、兵を100名率いて先ずは偵察してこい。その人数で奪還可能と判断すれば取り戻してこい。」
「は。承知致しました。」
将軍は跪き右手を胸の上に斜めに置き承諾の言葉を返す。
「待ってたもれ。待って、陛下。」
そこに息も絶え絶えに大きな胸を揺らしながら走って来た女性が王に気軽に話しかけている。
その華美な服装は王族であることを示唆させる。
銀色の長い髪と大きな胸は先日洗礼式で会った王女レイラ・ギュリュセルだと僕に気づかせた。
「どうした、姫。」
「わ、妾もバラミール領の奪還作戦に連れて行っていただけませんか。」
「駄目に決まっているだろ。」
王は無下に突き放す。
「でも、唯の偵察ですよね?危険はないのではないでしょうか?後学の為にも同行させて頂けませんか。」
姫は尚も食い下がる。しかし、なぜそこまで偵察とはいえ戦に行きたがるのか。
不思議だ。
もしかしたら戦闘狂なのかもしれないな。
ならば姫のギフトは身体強化に剣のスキルかカラテのスキルあたりか。
「うーん。そうだな。どうだエクレム将軍、危険はないか?」
「100名の屈強な精鋭で向かいますので全く問題ないと思われます。戦の指揮は姫の側で行いましょう。私が姫を警護します。姫の安全は私が確保しますよ。お任せあれ。」
「まぁ、偵察だから危険はないか。よし。今日中に準備を整え早朝出発だ。アスラン、ここに部屋を用意する、今日はゆっくり休め。授爵式は後日行うが、伯爵の地位は今この時より相続するものとする。」
「はっ、有難き幸せ。」
翌朝、まだ朝靄が立ち込める中、既に100名の兵は王城の門の前に整列している。
その兵の列の中ほどに貴族の乗る馬車が三台、その後ろに輜重を運ぶ馬車が数台並んでいて、貴族用の馬車三台の真中の馬車に乗るように促される。
先頭の馬車には将軍や部隊長が乗り込み作戦を立てるとのことだ。
王城の景色を馬車の窓から見ながら出発を待っているとドアが開かれた。
この馬車に乗る人が他にもいたようだ。
挨拶をしようと入ってきた人を見ると派手な格好をした姫だった。まるで、舞踏会にでも行くような格好をしているが、姫だから戦うこともないだろう。
息も絶え絶えに、乗り込んできたが、走って来たのだろう。
しかし、派手に巻かれた銀色の髪、空色の虹彩の大きな目、長い睫毛、白い肌、それに大きく柔らかそうな胸、俺の嫁には最適だ。しかし姫か。政略結婚で外国パターンだな。
既に婚約者も決まっているのだろう。
羨ましいものだ。
「おはようございます、殿下。殿下もこの馬車ですか?道中宜しくお願い致します。」
「おはよう。アスラン様。短い旅ですが宜しくお願いします。」
「少しは落ち着きましたか。まだ顔が赤いですよ。」
肌が白いから上気すれば顔が赤くなるようだ。い、色っぽい。くぅ〰
「だ、大丈夫です。お、お構いなく・・」
その後すぐに行列は出発しアスラン領へと進行し始めた。
すぐに王都の城壁を潜りバケモノの跋扈する森へ侵入する。
道は木を切り倒し整地されたもので、バケモノ共の影響でその後整備される頻度も少なくデコボコしているので馬車の乗り心地は良いものではない。
馬車の周りでは兵士が出没するバケモノを撃退しているので馬車には影響がないが、時折騒がしくなる。
殿下は偶に俺の方をチラ見するが、ほとんど窓の外を見ている。
俺と一緒の馬車に乗せられた事が嫌だったのか、俺を意識しているのかのどちらかだろう。しかし、惚れられていると思ったらいつも勘違いだ。今回もそのパターンだろう。相手は姫だし。全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に疑わしいことであっても、それが真実だ。つまり姫は俺が嫌いらしい。
「あのー・・」
姫が俺に話しかける。
「はい、なんでしょう。」
「実は、私、ギフトが発現しなかったんです。どうやら私は無能力者だったようです。」
姫も?あのときの三人が全員無能力者?何かが可怪しい。
そう思わずにはいられない。
「殿下、そんな大事な秘密を俺なんかに話しても良かったのか?」
「アスラン様だからこそ妾の悩みを聞いてほしかったのです。」
「俺だからこそというのは知っていたか、予想したか。」
「え?」
「実は俺もギフトが定着しなかったんだ。それどころか、殿下の妹もそうだ。あの時いた三人全員が無能力者だったんだ。」
「あの時の三人全員が?そんな事は今まで聞いたことがないわ。」
「ギフトを授けられなかったのか。」
「いえ、そうは思わないわ。今までそんな話は聞いたことがない。ただ、意図的に、偽薬を使って差別化を図っている可能性も否めません。それが重なった可能性もあるかもしれないわね。」
姫は腕を組み細くて長い指を顎に当て頭を少し左に傾けながら、右の上の方
を見ながら考えているようだ。頭を傾ける時に銀色の髪が美しく光を放ちながら揺れ、組まれた腕で寄せられた胸が強調されている。他国に嫁にやるのはもったいない。いや、もったいなさすぎる。国宝の損失だ。
ただ、王女は外国へと政略結婚のために嫁ぐものだ。
特に、外国の力を借りないと国を保つことさえ難しい状況では仕方がないことだ。
政治的には女性は交渉の手段だからな。
思案を終えた姫が僕の方に視線を向ける。
「ど、どうしたの?そんなに見つめられたら照れるでしょ。ね、どうして。」
少し顔を赤くして妖艶に微笑みながら問い詰めてくる
「すまん。綺麗だなと思って・・」
「えっ!?」
姫は顔を更に赤く染め俯いてしまった。
馴れ馴れしい態度が気に触ったのか怒りに震えてているようだ。
何度も謝った。
その度に姫は謝らなくていいと言う。
その後は馬車のガタガタ言う音だけが車内に響いていた。
数時間が経過した頃、周りが騒がしくなった。
扉が優しく開かれ兵士がここで昼食を取る事を告げる。
馬車を降りるとそこは森の中ではあるが木が切り倒され広場のようになっている、馬車で移動する者たちがよく利用する場所だった。
その一角に組み立て式のテーブルと椅子が置かれ、そこに座るように促される。
俺の隣にはエクレム・チャクル将軍が座り、前には王女レイラ・ギュリュセルが座っている。
「どうだアスラン、疲れただろ。だが安心しろ。化け物が出ても俺達が守る。それにすぐに領地も取り戻してやる。」
「ありがとうございます。将軍。俺もバケモノの一匹や二匹、退治しますよ。」
「アハハハは。そりゃ無理だ。成人したての子供には絶対倒せない。甘い考えは死を招くぞ。」
「将軍、俺はギフトが根付かなかったんです。つまり、無能力者なんです。」
「お前もか?」
「はい。俺もです。将軍は知ってるんですね。」
あえて姫のこととは言わなかった。
「そうだ。無能力者なら尚更バケモノには近づかないことだ。」
「だったら、剣を教えて下さい。剣は小さい頃から領主の息子として教育されてきました。少しはできます。」
「いや、どんなに剣が上手くても剣のギフトがある人間には絶対かなわない。そもそも剣が上手かったとしても戦えるのは弱いバケモノだけだ。しかし、無能力者はバケモノのレベルが分からず戦えるかどうかも分からないから死ぬ可能性が高い。」
チャクル将軍は俺と同じ伯爵であり、年齢もまだ二十代後半で気さくに話しかけてくる。
涙が出そうになるほど心強い。
この人がいれば領地はすぐにでも奪還できるだろう。
そう確信が持てる。
頼りになる兄貴と言ったところだ。
前を見ると姫が僕を愛おしそうに目を細めて俺を見つめていた。
目が合うと顔を赤らめ目を逸らす。うっ、可愛い・・・
まだ怒っているのだろうか、いや到頭俺に惚れたのか?まぁ、唯の自惚れだな。今まで女性関係で俺を好きに決まっていると思っても上手く言った試しがない。女性運は最悪というよりも無い。全く無い。もてた例がない。顔は悪くはないと思うのだけど・・・
「殿下。ごめんなさい。馴れ馴れしい態度をとってしまいました。今後、その様な態度は慎みますので、平にご容赦ください。」
「え?いえ、良いのですよ。もっと馴れ馴れしい態度でモゴモゴ・・・」
また顔を赤くして。それ以上されると惚れられていると誤解してしまう。妹も顔を真赤にして文句を言ってたからその類だろ。王女は文句を言うことが出来ないから怒りで文句を言いたくても堪えてるのかもな。
「ふぅ~、後は若い二人で仲良くしろよ。殿下、頑張ってください。」
「エクレム、煩い!!」
初めて王女が怒鳴った。
王女でも怒鳴ることがあるもんなんだな。
食事が済むと将軍は怒りの姫を俺に押し付けて警備に加わり、警備をしていた兵が昼食を取り始める。
結局、昼食の時はバケモノが出ることもなく平和裏に昼食タイムは終了し、また行軍が始まった。
時折、騒がしくなるのは出没したバケモノを兵士が撃退している時だけで後は静かなものだ。
辺りが少し薄暗くなり始めた頃、王都よりは小さいがそれなりに大きな街ドムズシティーに到着した。
このドムズシティーという街は城壁が石垣で頑丈に作られ高さも三メートルはありそうだ。
門を潜ると石造りの建物が並んでいて殆どは平屋で旅館など人が沢山入る予定がある建物は二階建てのようだ。
暫く街中を進み今日の宿に到着した。
しかし、貴族と上級兵は宿に宿泊するが下級兵は外でキャンプとのことだ。
理由は宿が少ないためだ。
「では、殿下は二階の角部屋五号室を、伯爵様は隣の四号室をお使いくださいませ。夕食は直ぐに御用意致しますが、それでよろしいでしょうか。」
「はい、ではすぐに降りてきます。殿下もそれで良い?」
「はい、妾も一緒の席に着いて良いの?」
「では、一緒に食堂へ行きましょう。」
四号室に荷物を置き、着替えた後ドアの前で待っていると程なくして姫が部屋から出てきたので一緒に食堂へ行き同じテーブルに着いた。
「何か怒らせたみたいで今日は本当にゴメンな。」
まだ笑顔が固く怒りが残っているような姫に謝罪した。
「いえ、妾は本当に怒ってませんよ。」
そんな~、怒ってないわけないじゃないか、あれほど将軍に怒鳴っていたのにとは言えない。怒っていたと言って欲しい、惚れられてると勘違いしてしまう。恋愛に関してはいつも勘違いして悔しい思いをしているから余計なことは止めてほしい。
そんな会話をしているとすぐに料理が供されたので会話は終了し無言で料理を食べ始めた。
偶に姫がこちらをチラ見するが、姫の大きな瞳は可愛いタレ目ではなく若干猫目であり、その目で上目遣いに目を大きく見開き見られると只でさえ凛々しい目が威圧するような目に変わる。少し怖い。怒っているように見える。
出された料理はトンカーツ。
養殖しているイノシシの肉を周りにパーンの粉をつけて油で揚げたものだ。
ソースはミーソを使ったソースらしく、ミーソカーツというこの街の名物料理らしい。
食後自分の部屋へ戻りベッドに寝転んだ。
緊張している所為か全く眠れない。
目を閉じればレイラ姫の顔が浮かんでくるだけだ。
これは、不味い。
姫は政略結婚する人なのに。
仕方なくベッドを起き出しベランダに出る。
空を見上げると月が真上近くにある。
「綺麗ですよね。」
「びっくりしたぁー。」
突然横から声がした。
横を見るとレイラ姫が隣で月を見ていた。
「綺麗ですよね。」と姫。
「まだ寝ないんですか。」
「眠れないの。」
「殿下も眠れないのか。俺のことを考えていたとか?」
「え?」
「冗談ですよ。冗談。」
「いえ、なぜ分かったのかなと思って。」
「またまたぁ。殿下も冗談言って。」
姫、なぜ俯く。暗くて顔色まではわからないが赤くなっているに違いない。もう勘違いはしたくないけど、勘違いしてしまいそうだ。いや、もう勘違いしてしまった。
「いえ、冗談では。ここに来たのは相談したいことがありまして・・」
「ギフトのことか?」
「はい。一時ギフトの授与が私達三人の前で中断しましたよね。その後の三人が全員、つまり100%ギフトが定着しないことはありえないと思うんの。だとすれば、私達にはギフトが授けられなかったと推測できると思うんです。なにかが起こったのかもしれないわ。」
「そうだな。許せないな。神様に文句が言いたい。教会で言えば届くかな?」
俺は姫の話している内容があまり理解できなかったので適当に相槌を打った。
そもそも『ぱーせんと』ってなんだ?
「ところで殿下、もうすぐご結婚だな。御相手はどちらの国の方ですか。」
「いえ、全く決まってません。陛下が仰っているだけですが、名前はボラ・ゼンギンという、ゼンギン伯爵の嫡男です。」
「あー、あの太った彼ですか。たしか二つくらい年上だったな。伯爵の息子ですが良いのか。てっきり外国へ嫁ぐものとばかり思ってたけど。」
俺も伯爵。だったら俺でも良いのでは?しかし、領地がないし、奪還できなければすぐに降格か廃爵か。俺は無理だな。
「はい、二つ年上ですね。確かに彼は少し太ってますが、最強のギフトを持っていると父が言ってました。」
え、擁護?未来の旦那の自慢?
あー、俺可哀そう。目がなくなった。
「そ、そうなんですね。良かったですね。これで殿下は能力がなくても平穏に暮らしていけますね。俺は、領土がなくなれば、爵位も能力もなくどうやって生きていけるのか分かりませんね。婚姻なんてとてもとても。」
「どうして、突然敬語になったの?そんなことはないと思う。その時は、妾がなんとかするから。」
「はい。その時はお願いします。」
姫痛い。心が痛いなぁ。職の斡旋でもしてくれるんだろうか。その優しさは凶器ですよ。
やはり勘違いだったか、ふぅ~、危うく敵の術中にはまる所だった。いや、嵌りかけたな。いや、既に嵌っていたな。抜け出せるかな。やはり、君子危うきに近寄らずだな。徹底しないと心が折れる。いや、折れた。
翌早朝、朝靄の中を俺達は旧バラミール領に向かって進軍を開始した。
朝日を浴びて輝くレイラ姫の青い瞳が綺麗でもうこれを手に入れられないのかとい思うと心が痛い。
この瞳を手に入れる太っちょ君への殺意がほんの少し芽生えた。
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