第5話 ただで転ばない要求



 入学式が終わった後、ステラは校内探索をしている途中だった。

 二年の教室を歩いていると、何故かたんこぶをつくって倒れていたツェルトを発見。

 彼はこちらを見るなり、ほっとした表情になる。


「あ、本物だ」

「私の偽物でもいたの?」

「そうだよな。いくらステラでも、いきなり教室で木刀振ったりしないよな」

「するわけないでしょう。何言ってるのよ」


 ステラを見るなり意味不明なことを言うツェルト。

 おかしいのはいつもの事なのだが、いつもよりさらにおかしいのは頭を怪我した影響かもしれない。

 様子を見るに何かトラブルに巻き込まれた風ではないが、とりあえず手当はしておいた方がいいだろう。


「ほら、診てあげるから。頭」


 彼の鳶色の髪の毛をかきわけて、持ち歩いていた傷薬を患部に塗ってやる。


「ああ。うんうん、これがステラだよなぁ」

「私はいつだって私よ。もうツェルトったらどこ行ってたのよ。探しちゃったじゃない」

「探してくれてたのか」


 そんなの当たり前じゃない、約束があるんだから。


 校内を歩いている間に、在校生達からツェルトが彼らと楽しくお喋りしていたみたいな話を聞いていたから、ステラの事を忘れて遊んでいるのかと思って怒っていたのだが……。


「ツェルトなら一番に校舎を探検しだすと思って、先回りしてたのに」

「いや、ステラがいるのに放って行くわけないだろ。行くんなら、ステラと一緒。これ絶対だから」


 彼のそんな言葉を聞いて、心の内の感情が静まっていく。


「はいはい、ちゃんとついてってあげるから」

「保護者としてついて来ていてほしいって意味じゃないんだけどなぁ」


 怪我の原因に一体何があったのか分からないが。どうせツェルトの事だから、馬鹿みたいな事をして馬鹿みたいに怪我でもしたのだろう。

 構うと調子に乗るので予想のつくことは掘り返さないのが一番だ。


 そう思い深くは追及せずに校内探索を続行するために歩き出すのだが、その後ろでツェルトがひっそりとため息をついた事は気づかなかった。





 校内を歩いておおよその教室の位置を把握した後、ステラ達は再び入学式が行われた会場へと戻っていた。

 入学生と在校生が余裕で収まる広さの空間だ。遊ばせておくはずはない。飾りつけを取り払ったあとは立派な元の姿に。訓練場へと変わっていた。


 部屋の中央には広い空間があり、その周囲に観覧席として折り畳み式の椅子が並べられている。


 訓練場では、さっそく在校生達が集まり、使用の順番待ちをしたり、木剣片手に打ち合いを始めていた。


「熱心過ぎじゃね? 今日入学式だったんだぜ」


 過ぎじゃない。

 本気で強くなるつもりなら普通だろう。


 観覧席に座って順番待ちをしながらステラは、先輩達の打ち合いを眺めていた。

 それを見たステラの感想はこんな具合だ。


「殺気をまるで感じないわ」

「そりゃただの打ち合いだからな」


 横に座ったツェルトはステラの髪をつまんだり軽くひっぱったりしながら、返答する。


「でも、レットの剣はもっと凄かったわ。竜とか悪魔とかと戦う事になったらこんな風なんだろうなって思えるような感じで」

「あの人は特別なんだって、なんたって勇者の友人なんだぜ」


 そうだ、ステラの剣の指南役である壮年の男性レットは、勇者の知り合いでもあるのだ。


 ステラの家は別に特別なところは何もない普通の貴族の家だが、彼とはちょっとした縁で知り合う事が出来たのだ。

 彼のおかげで殺気の出し方や気づき方などいろいろな技術を身に着けることができた。

 尊敬できる師匠だ。


「俺達は恵まれてるんだよ。きっと」

「そうかもしれないわね」


 真面目そうな顔で言うツェルトだが、その手はステラの髪をいじくって、サイドで二つまとめ、ツインテールにして遊んでる。


「うーん、似合ってるけど、ステラとしては似合わないな」

「私の髪で遊ばないで」


 ステラとしてはって、どういう事よ。

 似合うのか似合わないのかどっち。

 似合うんだったら、今度ツェルトがわがまま言いだした時、彼を言いくるめるのに使えるかもしれないのに。もちろん話題に使うだけで、実際にはしないが(そこまでやったらツェルトが調子に乗る)。


 そんなやりとりをしながら、二人で「ああでもないこうでもないと」先輩たちの打ち合いを観察する。


 数にして三組、時間にして十数分。

 それくらいの時間が経過した後、ステラ達の番がやってきた。


 中央のスペースに行き、備え付けの木剣を手に取り、向かい合う。


「さっき入学式で、俺らたった今一年生になったばかりだぜ?」


 そうね、でもそれが何?


 襲い来る盗賊に止めろといったところで止めるわけなどない。

 甘い事を言っていてはこの世界では生きてはいけないのだ。


 だが、戦う気満々でいるステラを見て、在校生達は「どこの戦乱の世で生きてるんだ」とドン引きしている。


 なおも、ぶつぶつ呟くツェルトだが、最終的にはステラの意思を尊重してくれる。

 ただし、


「しょうがないなぁ。気がのらないけど付きあってやるよ。ただし、俺が勝ったらお触り一回な。いくぞ」

「上等! って、へ? 今なんて言ったのよ、こらっ! どさくさに紛れて!!」


 そんな余計な要求を入れるのも忘れない。






 ステラはツェルトと打ち合いをしながら彼の攻略方法を考える。

 

 普通は息つく暇もない攻防の最中に考え事なんてとんでもないのだが、彼相手には慣れてしまった。もう何百回、何千回としている事だ。


 次は右に来るかしら。その次は、フェイントね。


 次にツェルトがどんな動きを見せ。どんな風に打ち込んでくるのか、一瞬の時間の中で様々な予測が脳裏を巡っていく。

 だがそれでも、時々想像もつかない突拍子のない行動を挟んでくるから侮れない。


 剣を交わし、鍔迫り合いに持ち込んでいる最中。

 ツェルトが力を入れていた木剣が、急に引かれる。

 わざと腕の力を一瞬ぬいて、こちらの体勢を崩そうとしているのだ。

 そうはさせまいとステラは、踏ん張りを効かせる。


 来るわ。


 そして怒涛の攻撃の嵐。 

 ステラはそれらを焦らず冷静に見切っていく。

 だがそれでも徐々にこちらの形勢が不利になっていく。


 ツェルトは基本、攻めの姿勢でこちらへ打ち込んでくる。他の人間相手には攻めでいくステラも彼と相手をするときは守りで応対することが多い。

 それは彼の方が実力が上だからだ。


 小さい頃からの事だが、ステラは一度も彼に勝ったことがない。

 昔から暇さえあれば棒切れを振り回して走り回っていたらしいツェルト。

 そんな彼は、文句なしの基礎体力が備わっているし、才能の方も勇者の仲間であるレットからお墨付きをもらっている程。

 そんな彼に敗北という結果を突き付けるのは、難しい事だろう。


 剣筋を見て、どう回避し、どう攻撃を加えていくのか。

 ステラは余計な考えを捨ててつつも、行動予測を立てるのは止めないで頭を働かせて対処していく。


 考えずに自然に体が動くのが理想的だとレットが言っていたけど、まだステラの腕はそこまでではないのが残念だ。


 周囲で見守っている先輩達が、二人のやり取りに息を飲んで唖然としている様子だったが、当然ステラの視界には入ってこなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る