第3話 予期せぬ出会い
敷地内に入り校舎の前に行くと、壁に張られた紙に教室の名前が書かれてあり、その下には生徒の名前がずらりと並んでいた。
とりあえずこれで自分の教室を確認してから中に入れ、という事らしい。
そこらへんの仕組みは世界が違っても変わらないようだ。
「よっしゃ、俺とステラ同じ教室だな」
「そうね、これで宿題を出されたツェルトの面倒が見やすくなるわね」
「俺もう、ステラ頼ること決定!? そりゃ、勉強は好きじゃないけどさ」
同じ教室なら出された宿題の内容も同じ。
同じ部屋にいるからどれぐらい彼が理解してるかも把握しやすくなるし、分からない宿題で突然泣きつかれて困るなんて事はなさそうだ。
教室の番号を確認した後は、その横に書かれている簡易の校内地図に従って、式が行われる会場へと移動する。
並ぶ教室を通り過ぎ、学校の校舎の中を通り抜けながらステラは、何とも言えない懐かしさを感じていた。
校舎の景色がもう一つの、別の校舎の景色と重なる。
それはこの世界の光景ではないものだ。
携帯電話を片手に持ってお喋りしている学生達や、昨日見たテレビの話題について話し合う者達、コンビニで買って来た弁当を友達と一緒に食べている者達など。
それは、ステラの記憶の中だけにある光景だった。
もう二度と、戻れない場所であり、戻る必要のない過去。
この世界の誰にも話した事のないステラの秘密に関する事だった。
「せっかく来たんだから、頑張って学生生活を満喫しなきゃいけないわね」
「それはそうだと思うけど、いきなりどうしたんだステラ?」
こちらの言動にツェルトが不思議そうにするので、何でもないと答えておく。
会場につくと、すでに半数の生徒がそろっていた。
先輩になる在校生達もその中にいる。
「レット程じゃないけれど、強い人がいるわね」
「そうだな。やっぱそういう学校だからな」
居並んだ先輩達を観察し、剣の師であるレットを引き合いにして、彼らの物腰や気迫からおおよその強さを測る。
強い人を見つけては、その顔を心の中にメモっておくのを忘れない。
機会があるならぜひ先輩達と剣の打ち合いをしたいからだ。
普段、レットやツェルトとしか打ち合いをしてないので、せっかく学校に通うのだから色々な人との経験を積んでおきたいし。
ステラはそんな事を思いながら新入生として、教室ごとに分けられた場所で整列し、式が始まるのを待つ。
ツェルトの姿は同じクラスなので当然近い。
ずっと見つめているとたまに彼と目があって、「どうしたどうした?」と目線が返って来るが、構ったら負けだ。ステラは同じように目線で何でもないとだけ伝えておく。
今更だけど、彼がよくこの学校に入れたと思う。
幼なじみだけあって、ツェルトの夢が剣を握り魔物を倒す騎士になるという事は、前々から知っていた事だ。だが同時に、並大抵の努力では成しえないだろう事も同じように分かっていたのだ。
専門の技術を身につける為には学び舎に入らなければならない。
そして、騎士になる為なら騎士を養成するための学校に入らなければならない。
だが、ツェルトの住む村は特に裕福な場所でもなく目立った産業などもないのでお金の巡りはあまりない。それに彼は平民で、家も普通の家だ。
普通に入学しようとすればお金を用意できるような環境ではなかった。
それでも彼がここに来て、制服に袖を通せたのは、この学校に特待生枠があったから。
入学試験の成績優秀者へ許可されるそれは、技術や素質ある者の負担を減らす為に、一定の資金を免除するというもの。
それがなかったらツェルトはここに限らず、他の学校に来ることができなかっただろう。
学校に入学するために、毎日たくさん練習してたものね……。
改めてステラは、同じこの建物の中に幼なじみの彼がいる現実に感謝した。
「何かステラが健気な弟を見守るお姉さんみたいな視線を送って来る。どうしたんだ。おーい」
こんなに人が集まってるところで呼びかけないで、恥ずかしいでしょ。
そんな風に考え事に時間を費やしていれば、いつのまにか会場の中に生徒達が揃っていた。
式の始まる時間になった。
建物内に満ちていた生徒のざわめきが減っていき、静寂に包まれる。
校長らしい人物が前に立った。
だが一つも進行していないのに、視線の隅では早くも欠伸をし始めたツェルトだ。心配になるではないか。
居眠りして注されないようにしなければ。
とりあえずステラは殺気をぶつけて目を覚まさせておいた。
念願の学校の入学式なんだから初日にやらかさないでよね。
やがて、期待と不安の入り交じった空気の中、学校の校長らしき男性が口を開いた。
「私がこの学校の校長、ディラヌ・エインゲートだ。新入生の諸君、君達は本日を以ってこの学校の生徒となる。まずは祝いの言葉を送ろう、入学おめでとう……、そして……」
ステラはこれからの学校生活に思いをはせながら、校長の言葉へと耳を傾けた。
ステラは欠伸をかみしめた。
最初の頃は律儀に一言一句耳を傾けていたのだが、そのうち飽きてしまった。
これでは人の事言えないなと苦笑する。
そうやって眠気と戦いながら話半分に聞き流していた校長の言葉が途切れる。どうやら終わったようだ。
しかし、その後を引き継いだ人物に驚いた。
おかげで苦戦していた眠気との戦いに勝利する事はできたが、そんな事に喜んでいる場合ではない。
歓迎の言葉を話に新入生の前に現れた在校生の少女が、知り合いの顔だったのだ。
カルネ・コルレイト。
ツェルト以外の二人目の友達だ。
たまに家を訪れる
どうして彼女がこんなところにいるのか。
来賓かと思ったが、着ている服は制服だ。
まさか学生なのか。
ステラの知っている彼女は荒事など不得意なはずなのに。
「皆さん、私は二年のカルネ・コルレイトと申します。まずは、入学おめでとうございます」
式なのだから当然といえば当然なのだが、彼女……カルネはステラと関係を始めた当初からあまり変わらない様子で、大真面目な顔で固い言葉を述べていく。
「学生の本分は勉学にあります。たゆまぬ努力を続け、研鑽を積み、己の力を磨くために常に高みを目指してください。精進が結果に結び付けばよし、結び付く事がなくとも続けることにこそ意味があるのです」
ふと、言葉の途中でカルネと視線があった。
ステラを見つけて少しだけ驚いたけれど、彼女は得心したような表情になる。
彼女は目の前に居並んだ一人一人の生徒に語りかけるようにして、真摯に言葉を続けていく。
「視野を広く持ち、他人の在り方に寛容でいてください。己を強く持ち、貫くことも大事でしょう。けれど、当たり前のことですが人は成長する生き物なのです。未知とは可能性を閉塞させ、己の目を曇らせてしまします。だから、どうか認められないからと言って人とのつながりを否定する事だけはしないように、この貴重な学生生活を過ごして下さい」
カルネはそう言い終えて、優雅な所作で一礼する。
表面上の形式的な言葉を聞かされて退屈していた生徒達も、彼女のその真摯さが伝わったようで、これには耳を傾けていたようだった。
ステラはカルネとの出会いを思い返す。
最初に出会ったときは今よりもさらに頭の固い人間だった。
そのきっかけは貴族の社交場だ。
ステラは、そこで貴族らしからぬ言動をしてしまい初対面の彼女から反感を買ってしまったことがあったのだ、それがきっかけ。
それ以来彼女は、顔を出す度に、貴族であるなら貴族らしく己の身分に合った行動をしろ、とそう説教してくる。ステラとカルネはそんな関係だったのだ。
だった……というのは、今は違うからで、何やかんやいって一緒に行動する内にいつの間にか仲が良くなっていたのだ。はっきりとしたきっかけはなかったように思える。本当に何となくだ。いつの間にか、たまに家に遊びに来るような仲になっていて、友達と呼べるような関係になったのだが……。
だが、今ステラが驚いている事実が示すように、こんな所にいるとは一言も聞いていなかったのだ。
一体いかなる理由があってこんな場所に足を運んでいるのか、ステラは在校生の列に戻っていく彼女の背中を不思議そうに見送った。
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