第2話 始まりの日は共に
退魔騎士学校 前
「来ちゃったわね」
ステラ・ウティレシアは貴族の娘である。
ウティレシア領の領主の後を継ぐ役目を担った十五歳で、社交界に出たり屋敷で家庭教師を雇って勉強したりしなければならない身だ。
けれど、そのステラは今……どういう事か、剣を握って魔物と戦う騎士を養成するための学校、退魔騎士学校の前にいた。白を基調とした制服に、自前の代々のスカートを合わせて着込んで。その退魔騎士の学校の生徒である事を証明する校章……剣の意匠が施されているベルトを、スカートに通して腰に巻いてまでして。
何の為にステラは学生服を着てそこにいるのか。
もちろん入学する為だ。
理由は何故か。
それはもちろん、騎士になる……為ではなく、強くなって勇者と同じくらいの力を身に着ける為だった。
学校の校門の前で立つステラは、敷地内の方に視線を向け、そこに建つ学校の校舎を見つめる。
中々丈夫そうな作りの三階建ての校舎だった。離れた所には、おそらく運動するための屋内施設が隣り合って建っている。想像よりも立派だと思う。だが、間違っても貴族のお嬢様が通うような場所ではないだろう。
「ツェルト、遅いわね」
呟くステラは、校門をくぐることなくじっとその場所に立って待つ。
脇を新入生や在学生たちが通り過ぎていくのだが、それを見送り敷地内に入る事はしなかった。
待ち人が来ていないからだ。
「どうしたのかしら」
心配の声をもらし、不安を表情に浮かべるステラだが、ほどなくしてそこに声がかかった。
「ステラ、何やってるんだこんな所で」
「ツェルト……」
声の主のいるであろう方を見る。
そこにいたのは、鳶色の髪にいたずら好きそうな光を宿した紫の瞳の……幼馴染のツェルトだ。
ステラと同じ白を基調とした制服の上着に、青のズボンを履いている。
八年前の七歳の時に知り合って、長い付き合いをしている彼はステラの良い友達だ。
「あ、何か今すごく不本意なこと考えられてる気がするぜ」
「不本意? そんな事ないと思うけど。ツェルトは私の良い友達じゃない」
「ほらな!」
ステラの言葉を聞いたツェルトが、残念そうな表情になって頭を抱えている。
何が、「ほらな!」なのかは分からないが、ステラは気にしない事にした。
彼はたまによく分からないことを言いだすので、深くは考えない事にしているのだ。
「そこは、もうちょっと考えてほしいんだけどなぁ。で、話し戻るけど何やってるんだ? 中に入らないのか?」
「何言ってるのよ。ツェルトを待ってたに決まってるじゃない。最初の一歩はツェルトと一緒に歩きたかったのよ」
「えっ」
どうしてそこで驚くのだろう。
友達を待つのは別におかしな事ではないだろうし。
そんな事を考えていると、ツェルトが落胆してような表情になった。
「うん、分かった。何か大体分かった。そうだよな。ステラだもんな、俺友達、ステラ友達、二人一緒に頑張る……だもんな。良いんだ、良いんだ。俺は良いんだ」
そして勝手にいじけ始める。
何やら一人で納得して結論を出してしまっているようだが、そんな事言われたら少し気になるではないか。
「えっと、ツェルト……? 一人で行くのが嫌だったの? それならそうと言ってくれれば来る時も一緒に来たのに」
ステラは屋敷で、ツェルトは村の人間だ。
住んでいる場所が離れている以上、仕方のない事だと思っていたのだが、新しい場所に来る不安は誰にでもあるものだ。
どうしてもと言うなら、ステラは一緒に行ってもいいと思ったのだが……どうやら彼はそういう意味で言ったのではないようだった。
「俺、そんなに寂しがり屋じゃないぜ。むしろステラが寂しがってないか心配してたくらいだし」
「わ、私は別にツェルトがいなくて寂しいなんて思ってないわよ」
「ほらほら、ステラ。俺はここにいる、めっちゃいるから。退屈で寂しかったら俺で遊ぶといいぜ」
「私で遊んでいるのはいつもツェルトじゃない」
段々調子に乗って来たツェルトに、言い返す。
勉強しているノートにいたずら書きされたり、ステラが他の事やってるとすぐ構って構ってってうるさいし、ステラの髪を撫でるし勝手に結ぶし……。
「そんなこと言ってると置いていくわよ」
「しまった、どうしよう。ここはスカートでもめくってうやむやにするべきか……」
「この年でそんな事されたら、恥ずかしいじゃないっ!」
テンション高いまま、そーっとこちらの後ろに回り込もうとするツェルト。
ステラは背中を見せないように、慌てて体を反転させてガードする。
こうやって、ことあるごとにいたずらをしかけようとするのがツェルトという人間だ
ステラの幼なじみの彼はこういう人間なのだ。
ステラはスカートを軽く手で、抑えながらツェルトを警戒する。
小さい頃はいともたやすく引っかかったが、そうはいかない。ステラだって成長したのだ。
とにかく話題を変える為に、ステラは気になっていた事を尋ねる。
「それより遅かったわね、大丈夫だったの。忘れ物とかしてない? 必要な書類は持ってる?」
「持ってる持ってる、大丈夫大丈夫。ちょっと乗り合い馬車がぶっ壊れて代わり探すのに手間取っただけだけだし」
「ぶっ壊れたはちょっとどころじゃないわよ」
心配してみれば思った通りで、彼は入学式の前にとんだトラブルに遭遇してしまったらしい。
「大丈夫なの?」
「へーきへーき、他の人とかも手伝ってくれて大したことなかったし。怪我だって全然してないよ」
ツェルトはそう自己主張するのだが、生憎とそれで良かったと安心できる人間ではない。
ステラはツェルトに近づいて、よく目を凝らしてみる。
「俺、すっごい信用されてない! ……あの、ステラ、ちょっと近いんだけど」
首元に何か赤くなった後があると、思ったらそれは数日前にステラと剣の稽古をした際に、彼がずっこけてできた傷だった。ほっとする。
「まったくステラなー。そういう事されちゃうと、こっちもいたずらしちゃうぜ」
「あ、ちょっと」
何をされるのかと身構えるが、大したことない攻撃だった。
首元を覗き込んだステラの頭をツェルトの手が優しく撫でる。
小さい頃はもっと乱暴だったのに、ステラの抗議防止のためか今はすごく手付きが優しくなっている。
ぐしゃぐしゃになるまでかき回されるのは嫌だけど、こういうのは悪くないかなと最近思い始めてる。
だが、そうまでしてツェルトが撫でたくる自分の髪の毛には、そんなに魅力があるものなのだろうか。
ステラとしては不思議でしょうがないのだが。
と、まあ。こういう事をするのもツェルトなのだ。
実に嬉しそうに、ステラの髪を手のひらで堪能するのも。
ずっと一緒にいるけど、彼のこういうところが未だによく分からないのよね。
価値観が分からないというか、基準が人とはずれているというか。
何でも願いを聞いてあげるっていっても、手を握ってとしか言わないし。
いたずらして困る事ばっかするくせに、不意打ちで優しくなるんだから。
「ステラの髪はサラサラで気持ちいいよなー」
「もうっ、離してってば」
さすがに周囲の学生からの視線が気になって、ステラは頭の上の手を払いのける。
大抵の学生は式のために通り過ぎていくのだが、たまに野次馬根性を発揮して眺めてくる人もいたりして、居心地が悪くなってきたのだ。
そういえば今までは大勢いる前でこういう風にされたことなかったから、恥ずかしいとかあまり考えなかったのよね。
何はともあれ、ここでぼーっと立ちながら物思いをする理由はなくなった。
ステラはツェルトの方を見て、先へ促す。
「怪我とかしてないんだったらいいわ。さっさと中に入りましょう」
「おう、そうだな」
これから新しい生活を始める。
その一歩をツェルトと二人一緒に踏み出した。
そして二人は当然のように並んで歩き、校門をくぐって、これから三年間お世話になる学校へと歩いていった。
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