第1話 ご令嬢は勇者を目指す



 それは鮮烈な記憶だった。

 脳裏に焼きついて離れない、圧倒的な強さの記憶。


 ガラス細工で出来たようなそんな不思議な植物が生える場所に、十歳を少し過ぎた頃の少女と少年が立っていた。

 少女の名は、ステラ・ウティレシア。淡い金の髪に橙の瞳をした、身なりの良い貴族の子供だ。

 少年の名は、ツェルト・ライダー。鳶色の髪に紫の瞳をした、簡素な服を着た平民の子供。


 子供二人は、とある目的を果たすために、その宝石の海の様な景色の中へと訪れていた。






 服の袖が土に汚れるのに構っていられない。ステラは幼なじみのツェルトと共に、足元に生えているガラス細工の様な植物を摘み取って、それぞれが持つ鞄の中へ急いで収納している最中だった。


「これで村の人達が元気になると良いわね」

「良くなる良くなる。ステラがここまでしてくれたんだぜ。良くならないわけない。病気なんて明日には良くなってるよ」


 ステラ達がこうして植物を採取している理由は、疫病の蔓延した村の人々を救う為だった。

 鳶色の髪の少年ツェルトの住んでいる村で大勢の人間が衰弱して倒れていると聞いた少女ステラは、病気を治すために薬草を遠く離れた場所まで摂りに来ている最中なのだ。入ったら二度と出られないという迷信のある、迷いの森の奥深くへと訪れて。


「これだけあれば、十分よね……。ツェルト?」

「あ、ちょっと動かないでくれよ」


 鞄をぱんぱんにしながら立ち上がったステラは、ふいに近寄って来た少年に疑問の声を上げる。

 ややあって、少女の髪に差し込まれたのは小さな花だ。


「うん、似合ってる。可愛い可愛い。ステラの髪色と同じ黄色の花を選んだんだ」

「こら、薬草で遊んじゃだめでしょ」


 満足げに頷くツェルトに抗議の声を漏らしてステラは、己の髪に差し込まれたその花を抜くのだが、それは周囲に生えている宝石の様な植物ではなかった。


「普通の花?」

「おう、初めはここにある植物が似合うと思ったんだけどさ。さすがに薬だし悪いと思って。だから、ちょっと探してきた」

「そんな時間使う暇があるなら手伝ってくれても良かったじゃない、もう」

「う、だ、駄目だったか? ステラが喜ぶと思ったんだけどな」


 治療薬の採取をほったらかしにして何をしていたのかと怒るステラにツェルトは、肩を落として悄然とする。


 とにかく目的は達成したのだ、ステラ達は急いで元来た道を戻る。

 だが、その途中の事だった。


 ステラ達は、トレントという木の様な見た目をした魔物に囲まれてしまったのだ。


 非力な子供が魔物に敵うはずもなく、ステラはすぐに命の危険に脅かされた。


「ぁうっ……っ、く……うぅ……」


 木の枝が伸びてて、首を絞められて体が持ち上がる。

 喉を押しつぶさんばかりの力で締め付けられて、息がまったくできない。


「――っ」


 このままでは死んでしまう。


 苦痛と恐怖で頭が真っ白になった時だった。


「魔物め、その少女を離せ」


 その場に現れた勇者に、ステラは助けられたのだ。


 二十代くらいの、長身の男性。

 それは絵本で良く見た、物語の中の勇者の姿とそっくりだった。


 まるで敵わなかった恐ろしい魔物達を圧倒的な力で倒すその姿に、ステラは目を奪われてしまう。


 その力はただひたすら強大で、何者も敵わないと思えるほどの力だった。


 ステラは思った。


 その力がほしい。

 その力を手に入れたい、と。


 自分が目指すべき姿は、これなのだ。


 鮮烈に焼き付いたその記憶はステラへ語りかけた。

 強くなりたくて、けれどごっこ遊びの域をでないただの、ちゃんばらごっこに甘んじていたステラに。


 弱いままでいたくなかったら、最強の存在である勇者を目指せ……と。


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