勇者ご令嬢プラスナイトメア 乙女ゲームの世界で悪役令嬢に転生したけどとりあえず最強を目指します

仲仁へび(旧:離久)

学生騎士編

英雄の思い出



 王宮 空中庭園


 太陽が真上に上る昼の頃合い。

 庭園の一画、一本の木の下で敷物を広げ、のんびりしながら時間を過ごす女性がいた。

 淡い金髪に橙の瞳、上着は己が身分を示す騎士服に身を包み、下は自前の橙色のスカートを履いている。

 いつも腰にある騎士の証の剣は、今は彼女の近くに丁寧に置かれている。


 その人物の名はステラ・ウティレシア。

 勇者の名を継承し、国家の危機を救った英雄だ。






 ステラは、自分の周り……敷物に集まってきて座り込む仲間達の手元を見つめる。


 余分になくなっていたりしないわよね……?


 いただきますをして、手をつけ始めた昼食の品をこっそり窺ってチェックするが、どうやら想像以上におかずが無くなってはいないようだったので、ほっと胸を撫で下す。


 ついさっきまでこの場にいたレイダスが、ステラ達のご飯をつまみ食いしていたので、気になったのだ。


 呪術犯罪の手助けをしたり、暴政を敷く元王の手助けをしたりでしばらく牢に入れられていたレイダスだが、危険極まりない事に現在は特務騎士となって野に放たれている。

 ステラとしてはいつ背中を切られることになるか気が気ではない心境なのだが、現王であるエルランドが必要としているのだから、複雑で複雑でしょがないが仕方がないと割り切るしかない。


 けど、どうせ野に放つなら目に入らない所にしてくれればよかったのに。


 割り切るしか、ない……のだが実害を被った時ぐらいは心の中で愚痴る事だけは許してほしい。

 

 そんな事を考えていると、同じ様なことを考えていたらしいショートカットの茶髪の女性……のニオが食事中だというのに並行して言葉を話す。


「もぐもぐ……レイダスとかが、ああやって王宮を堂々うろついてると、あむあむ……ちょっと前までの事が嘘みたいだよね」


 先程つまみ食い犯の逃亡を目撃した人間の一人であるニオは、好物である小さな肉団子を口いっぱいに頬張りながら複雑そうな内容とは裏腹に、深刻そうには見えない声色で喋った。


 食べるか喋るかどっちかにした方がいいんじゃない?


 そんなステラと同じように、喉を詰まらせないかハラハラしながら見ていた桃色の髪の女性……アリアも同じ心境だったらしくニオの言葉に同意して頷いた。


「そうですね……。本当にちょっと前までは誰も彼もが苦しくて、悲しい思いをしてましたし」

「あの頃の僕達がこの光景を見たら驚くだろうね。いや、それとも喜ぶだろうか」


 アリアの隣に座った赤い髪の男性……クレウスは、感慨深げに同意しながらも食べ終えた食器を行儀よく重ねている最中だ。

 自分のだけでなく、アリアの分もまとめてやっているところを見ると、彼の事をよく知らない人間でも面倒見が良い人間なのだと分かるだろう。

 実際乙女ゲームのヒロインの彼氏を務める人間なのだから、当然といえば当然なのだろうが。


 ステラはクレウスの言う光景を脳裏に思い描きながら、言葉を返す。


「そうね、時々贅沢な夢を見てるんじゃないかと思えくらいよ」


 そうだ。こんな風に王宮の中庭でのんびりと、それも皆で集まって昼食を摂るなんて、あの時は考えられなかったし、ありえなかったのだ。ニオ達はそもそも王宮にいなかったし、ステラ達はそれぞれが忙しく動いていた、こんな日が来るとはいいなとは思っていたが、いざ来てみると中々信じられないと言うか……ちゃんと現実かどうか確かめたくなってくるのだ。


「安心しろよステラ、これは夢じゃないからさ」

「ツェルト……」


 居並んだ仲間達の声を受けてステラがそんなセリフを言えば、最後に鳶色の髪の男性……今はステラの恋人であるツェルトがこちらの髪に手を伸ばして、頭をなでてくる。


「ほら、こういう具合に……。今俺は猛烈にステラを感じて、ステラを堪能してるんだぜ。この感覚が夢だなんて、そっちの方が信じられないぜ。ステラだってそうだろ」

「そうね」

 

 手の中で髪の毛を弄ばれる感覚、くすぐったさに身をよじりながらも、ステラは小さく首を縦に振った。

 手のひらを通して、ステラは今ツェルトの存在を感じている、彼の心が、優しさが伝わってくるようで、それはまぎれもなく他の何よりも鮮烈に現実を証明してくれる。


「あーあ、もう。少し前までのニオの心配返してほしいよ。恋人が恋人してるじゃん」


 ニオはそんなステラ達の姿をじとーっとしたような目で視界に映したのち、もうどうにでもなればいいよ、とばかりに敷物の上に仰向けに寝転がってふてくされた。

 彼女はそのままフォークに刺さった肉団子を口の中に入れてもぐもぐやっている。


 ステラ達の中が中々進展しないとか言ってきて、色々お節介を焼こうとしてくれる彼女なのだが、いざそういうシーンになると、なぜか面白くなさげな表情になるのだ。

 それは気を回した事に限って不発に終わる事とか、彼女の想い人であるエルランドとの仲が全く進展しない事にも関係があるのかもしれない。


「あむぅ……、こっちはエル様の婚約者追い払うのにいそがしいのにぃ」


「すねた!」と言わんばかりに頬を膨らませたあと、ニオは敷物に転がった姿勢のまま食器を引き寄せて、昼ご飯をやけ食いし始める。

 そんな風に食べたら、今度こそ喉に詰まるわよ。


「んっ、んーっ……」


 言ってるそばから……。


 アリアに水を渡され、一気飲みするはめになった彼女を横目に、ステラは遥かな高みにある空を見上げる。


 色々なものが変わってしまって、そして……変わったままだったり、元に戻ったりした。


 だけど、空はどんな時でも変わらない。

 いつも泰然とした様子でそこに在り続けている。


「空が羨ましいって思った時があったわ」

「空? 何でだ」


 ステラが上げた声に隣にいたツェルトが不思議そうな様子で反応する。


「誰にもどうする事ができないし、消えたりなくなったりしないもの」


 似たような感情はレイダスにも抱いている。

 そのちょっとやそっとじゃ揺るがない在り方が羨ましいと思うのだ。


「そうかもな、でも俺は羨ましいなんて一度も考えた事ないんだよなぁ。何か、見上げれば空があるな、って事ぐらいしか考えられない」


 ツェルトはそうよね。

 この長い付き合いで彼なりに色々考えてくれていることも知ってるけど、やっぱりツェルトの根っこは変わらないままなのだ。


「で、そう思ってたって事は今は違うんだろ?」

「ええ、変わらないものなんてないって分かったもの。悪い意味でも人は変わらずにはいられないし、良い意味でも人は変わっていくことができるから」


 空を見上げてもそんなに羨ましくは無くなったわね。

 悩んだり揺らいだりする事も人間にはきっと必要な事なのだ。


 それはステラが、未熟なりに生きてきたここまでの人生で学んできた事だ。


 変わろうと前ばかり向いていた時期があった。

 変わる事は悪なのかと悩んだ時期があった。

 そして、だからこそ肝心な所が変われなかった自分を変えてくれた、大切な人達に気づく事ができた。


 勇者を目指して剣を振り続けてきた事、

 家族を人質にとられて自分の力に悩んだ事、

 自分の価値を認める事に臆病だった自分に決別した事。


 それらはきっと全て必要なことで、今の自分を作るための大切な欠片だったのだ。


「今だったらきっと……ううん、今なら辛いことも少しだけ笑って話せると思うわ」


 ステラは今までにあった困難を一つ一つ脳裏に思い出していく。

 村を救うために迷いの森に行ったことや、魔法が使えるようになる薬の話を聞いて近隣の町に行ったこと、そして学生生活で起こった事件なども。


 学校を卒業してすぐクーデターが起こり、国がひっくり返った事。

 両親を人質にとられて、騎士として働く事になった事。

 絶対絶命の危機の中、勇者の後継者になってしまった事。

 それらを乗り越えて、暴政を敷いていた国王グレイアンやレイダスを倒した事などももちろん。


「あ、ステラちゃん思い出ばなししてるの? ニオも交ぜてよー。楽しい話? それとも面白い話?」


 いつの間にか、昼食を食べ終えたニオがこちらの話を聞きつけ話題に交ざってくる。


 むしろ楽しくもないし、面白くもない方を思い出してたわよ?


 でもいいか。ここには学生だった頃に関わったメンバーがそろい踏みしてるのだから。


「そうね、久々に皆で語り合うのも良いかもしれないわね」


 脳裏に思い起こしたそれらをステラ達は語っていく。


 騎士として王宮に来る前の話、退魔騎士学校に通っていた頃の……三年の期間を過ごした学生時代の話を。


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