7
フィオーレはギルドの仕事があるからと帰っていった。
トシキとフミカはまず、最低限の武装(ジュンヤに倣って、ナイフがいいだろうと思った)を買うと、
街の反対側にあるリュケイオンまで徒歩で移動した。
見慣れないが、どこか懐かしさのある町並みが、
【ムスペル】という名前であると初めて知った。
「見て、ホウキで移動してる」
フミカが指した先には、ホウキにまたがって飛行する集団があった。
「ああいうのも習うのかなあ」
「空を飛べるっていうのは戦いにおいて大きい気がするな。
ホウキがなくてもいけるのかな?」
魔法というものがどこまでできるのか、あまりにも知識が足りない。
見た魔法もホウキや照明を別にすれば、シュバルツの火球と、フィオーレのオッズだけだ。
「お嬢ちゃんたち、【選択の日々】の参加者かい?」
露店の店員が声をかけてきた。
「なんで分かったんですか?」
「魔法を見て興味深そうにしてるからさ。
どうだい、幸運のお守りでも?」
見ると、露店はアクセサリーを扱っているようだ。
値段もそれほど高くない。
「こういうのにも魔法がかかってたりするんですか?」
「うーん、ものに魔法をかけることは可能だけど、
値段が跳ね上がるぜ」
「なるほど、この世界にも縁起だけのものもあるわけか…」
店員と話しているうちに、フミカが細かいチェーンのネックレスを3つ選んでいた。
「これください」
「まいど!」
「こっちの世界に来て、
ゴジット使いが荒くなった気がする…」
「お土産も必要でしょ」
*
アパートが並んでいる住宅街の一室が、リュケイオンであるようだった。
「じゃあ、入ってみるか」
少し緊張気味に扉を叩いたトシキを、柔らかな声が迎えた。
「どうぞ。
あっ、【選択の日々】に参加される方ですか?」
水色の髪を長く伸ばした少女が、トシキとフミカに微笑みかけた。
「よっぽどバレバレなんだな」
「こっちの服装にしてるのにね」
少女は上品に笑って、
「この季節に新たに魔法学校を訪れる方は、進級が危なくなった学生か、【魔人】かですわ」
「なるほど」
「見学をされますね?
奥が講義室になっていますので、案内しましょう」
「教師のクセが強いって言ったけど、そんなでもないな?」
廊下を歩きながら、トシキが小声でフミカに話しかけた。
「トシキ兄ちゃんのタイプ?」
「いやタイプとかじゃないけど」
少女が笑い声を立てた。
「わたしは受付兼雑用で、授業は姉が受け持っていますの。
姉は、多少…、クセが強いかもしれませんわね」
ドーン、という音がして、窓ガラスが割れた。
中からは別の少女が覗いている。水色の髪は共通だが、両サイドにまとめている。
「聞こえたぞ、アリス。
わしに言わせればお主の余計な若作りのほうが、
クセが強いと思うがな」
案内人をアリスと呼んだこの少女が、今の爆発を起こしたらしい。
「テレサおねえさまも少女の姿を取られているではありませんか」
アリスが反論する。
「わしのは転生魔法、お主のは不老魔法じゃ。
転生は立派な研究対象じゃが、不老は若者をたぶらかすためのあがきにすぎん」
話によると、ここの教師であるテレサも、受付のアリスも、実際はかなりの高齢であるようだ。
「おお、その若者どもを放置しておったわ、
アリスよ、案内ご苦労であった。あとはわしが引き受ける」
アリスは会釈して帰っていった。
「さて、見学に来られたのじゃな。入られるが良い」
テレサに促され教室に入ると、中には年齢も性別もそれぞれな受講生たちがいた。
その中の一人に、見覚えがあった。
例のシュバルツによる城での説明会で、前列のほうに座っていた少年だ。
「おっ、見覚えがあるぞ」
少年のほうでも気づいたらしい。
「【選択の日々】に参加する魔人だな。
あんたらもリスクを取ることにしたってわけか。
それが正しいと俺も思うぜ。危険でもな」
「俺はトシキ、こっちはフミカ」
「俺はシロウだ。よろしくな。
まっ、短い間だけど」
シロウは人懐っこい笑顔を浮かべているが、たしかに一月後には彼と殺し合う可能性もあるのだ。
「再会の喜びはそのあたりにしてもらおうかの。
また、見学者のお二人はその椅子に座ってくれ。
そう、その椅子じゃ、それで…」
テレサは二人を座らせると、講義に戻ろうとした。
その時、ドアが慌ただしく開いて、
また別の(オレンジ色の髪をした)少女が頭から突っ込んできた。
そのまま流れるように土下座の体勢を取る。
「テレサ師匠! 今日こそは入学させていただきますよ!」
「前も言ったろう。魔法は危険なものゆえ、入学試験を経てからでないと教えることはできん」
テレサは呆れたようにオレンジ色の少女を見下ろした。
が、気が変わったように振り向いて、
「そうじゃな、そちらの見学者たちが、もし入学を希望であれば、
このライザの入学試験を手伝ってやることで、そなたらの入学試験に代えよう。
どうするかな?」
「ええと、まだ入学するって決めたわけじゃ…」
「お願いしますぅ…、絶対ここに入りたいんですぅ…」
土下座の体勢のまま、ライザがすがりつくように言った。
「…じゃ、それで」
「このお人好し!」
なぜかフミカが罵倒してきた。
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